第14話
3月20日・・・。
休戦条約執行から約半年。ユークノトスに設置した固定式の石油プラットフォームの御蔭で燃料供給は安定した。おまけに『ユークノトス油田』の原油推定埋蔵量は70億バレルと北海油田の半分ほどであるとのこと。
採掘した原油は直接タンカーに載せられ本土に輸送。精製した後ジュッシュ公国のゼーレフォン地方隊やサンジェロワ野営地にも送られている。
またサンジェロワ野営地では、来るボルドアスへの反攻作戦のため、自衛隊主導による連合軍兵士の訓練が行われていた。ジュッシュ軍含め各軍の質は確実上がっており、中でもヴァルサルはボルドアス帝国の精鋭である第4陸戦隊を率いていただけのことはある。彼が指揮するアストラン軍の成長振りには自衛隊も舌を巻いていた。その実力も一部は銃剣道において自衛隊員を圧倒するまでに至り、ジュッシュに展開する第1師団は九十九里で相対していただけに、10式戦車や16式機動戦闘車の砲撃で戦意を奪っておらず万一白兵戦になったと考えると・・・。想像するだけで恐ろしい。
だが、戦術における価値観の差は埋めることができないでいた。
「敵前で地に伏せるなどこの上ない屈辱!貴様らにそんなの強要されたくない!」
「うつ伏せになることで被弾面積と手振れを抑える効果がある!弾幕の中棒立ちするなど自殺行為だ!」
敵陣地の至近距離まで匍匐前進し、そこから支援射撃のもと突撃にて陣地を奪取するという自衛隊の野戦における基本戦術であるが、連合軍は生死に関わらず敵前で地に伏せるは恥と言う認識で居るため、この戦術だけはどうしても嫌がった。
しかし自衛隊もこの戦術が(理論上では)効果的であるとし一歩も譲らないで居た。
「連合軍の皆様には、言葉ではなく結果で示す必要があるようです。
明日、我が自衛隊と連合軍とで、敵陣地攻略を想定する模擬戦を行いましょう。」
敵の銃弾が当たらないというのは、マスケット銃の特徴が大きく関係してくる。
と言うのもマスケット銃は滑空銃であり銃身の中にライフリングは彫られていない。ライフリングにより生み出される弾丸の回転は射程距離に比例するうえ安定した軌道で弾丸が飛翔する。それがないマスケット銃は射程距離が短く集弾性も極めて悪い。唯一先込め式ライフル銃に勝っているのはリロードの速さぐらいである。そのためマスケット銃を用いた戦法は数任せの戦列射撃のみで、一番低い姿勢でも片膝立ちであり腹這いの姿勢は無い。最も弾丸がどこに飛んでいくか分からないので、銃口が地面すれすれになる腹這い状態では発射した直後に地面に当たることも考えられる。このこともあって地球でもマスケット銃の射撃姿勢に伏せ撃ちは無い。
だがこれはあくまで『射撃』の時のことであり、自衛隊が言っているのはあくまで射撃までの『移動』方法であった。
それも自衛隊は言ってはいたが、それでも連合軍の面々は生死に関わらず敵前で地に伏せるは恥、と言う考えを曲げる事はなかった。
「望む所だ!神のご加護を受けた我等には一発の弾丸も当たらぬということを教えてやる!」
しかしその考えのままでいられると、いざ戦闘になったとき無用な損害が出てしまう。初期の撃ち合いで数を減らされたらその後の白兵戦で押し負けてしまう。そうならないためにも被害を最小限に留めさせたいのが自衛隊の考えであった。その考えを連合軍の将兵に理解させる為に模擬戦を申し入れたのだ。
翌朝・・・。
自衛隊幹部や連合軍の将軍が見守る中模擬戦が開始された。
方式は自衛隊と連合軍による攻防戦。場所は『サンジェロワ野営地』から南に10km行った所に広がる東西23km、南北11kmの平野。
西側には10m小高い丘があり守り手側の想定陣地Aとなっている。そこから東に15㎞の地点が攻め手側の出発地点となる。
まずは自衛隊が守り手、連合軍が攻め手となった。
今回の模擬戦での決まりごとは、自前の装備(小銃のみ)と戦術を使う事と、相手を射殺するわけにはいかないので塗料弾を使用する事。
よって開始早々連合軍は出発地点から戦列歩兵を組み徒歩でAに向かった。
連合軍の出発から3分後、自衛隊が配置につき始めたが、連合軍の兵士たちは赤や青など戦場に似つかわしくないド派手な軍服を着用していつ為すぐに肉眼で確認できた。
「戦闘用ーー意ッ!」
参加した150名の隊員は稜線の影に身を伏せ89式小銃標準搭載のバイポットを立て、連合軍を有効射程距離に捉えるまで待ち構えた。
その動きは連合軍も捉えてはいたが、マスケット銃の有効射程距離(約80ⅿ)に入るまでただひたすらに歩き続けた。
ドローンのカメラ越しに戦場を覗く自衛隊幹部や連合軍の将軍たちも双方の動きを把握していた。
もっとも記録として残しておかなければならないため完全に把握していないほうがおかしいのだが。
「・・・日本軍の勝ちだ。」
幹部集団の一歩後ろに立っていたアストラン軍司令官、ヴァルサルは記録台場を離れ野営地に戻ろうとしていた。
「待てヴァルサル。せっかく初戦を手にしたと言うのに何処に行くというのだ?まだ戦闘は始まってないだろ?」
そんな彼をアストラン外海和親担当官のサパラグが呼び止めた。
一度ボルドアスに協力したという時点で、本来なら反逆罪で死刑になってもおかしくなかったが、此度の解放戦争の結果次第では無罪放免にすると言う事で、一軍5700人を預けていた。
サパラグは軍事に疎かったが、自衛隊の戦法が見れるいい機会であるはずなのにそれをどういう訳か見ようとしないヴァルサルに疑問を抱いた。
「見ないでも分かる。日本の勝ちだ。彼らの戦術は我々の100年以上先をいくものだ。従来の戦術にとらわれていてはいつまで経っても勝つ事はできないだろう。」
一度自衛隊と真っ向から戦ったヴァルサルだからこそこの模擬戦の勝敗は目に見えていた。彼も自衛隊に近い考えを持ってはいたが、兵士達に自衛隊戦術の有効性を説いて納得させるまでには苦労していた。
だからこそアストラン軍と自衛隊を戦わせて、自分が説明して来たことを身体でわからせるつもりであった。
模擬戦場では、自衛隊が89式小銃の有効射程内にアストラン軍を捉えていた。
対するアストラン軍は、稜線に隠れ僅かに頭部だけを覗かせる自衛隊を所々に補足してはいたが、完全に位置を把握する事はできないでいた。しかし、こちらが戦列射撃すれば怖気づいて簡単に浮き足立つと考えていた。その考えが有ったからこそ、自衛隊、そして指揮官であるヴァルサルの言っていたことを理解しようともしてなかった。
しかし彼らはそれが大きな間違いであった事を実感させられる事になる。
「撃ち方はじめー!」
中隊長の号令の下、150人が一斉に89式小銃を発砲。自衛隊は射線が十字に重なるように配置しており、塗料弾は次々にアストラン軍に降り注ぎ、射撃体勢もとれず2分と経たずに全員に戦死判定が出た。
今度は攻守を換えて行われたが・・・。
「畜生!コケにされたままで終われっかよ!」
「は良いんだけどよ、あいつ等どこだ?」
「もう陣を出てるとは思おうが・・・。」
「俺たちに怖気づいたんじゃねぇのぉ。はっはっは!」
アストラン兵の会話は全て聞こえていた。
距離50mまで迫った自衛隊に・・・。
「2度死ぬとはこういう事か・・・、撃ち方用意。」
自衛隊はアストラン軍の防衛拠点まで匍匐前進を第1法から第5法まで行い接近した。
射撃についてはバイポットを立てず肘をその代わりにした。最前列の30名ほどは模擬銃剣を装着もしていた。
「撃て!」
再び中隊長の号令により一斉に射撃が開始された。
直立していた者、屈んで居た者と被弾面積が大きかった者から順繰りに塗料弾が命中し戦死判定がとられた。
アストラン軍の兵士達も、守備側についていた自衛隊がとっていた行動、つまり稜線の陰に隠れて敵の銃弾からの被弾を避けるというものを見よう見まねで行った事で、90人ほどは生存判定が出ていた。
それらは直ぐに反撃射撃に出る事はなかった。どうせ撃った所で当たる確立なんて目に見えて悪いのだから。それならいっその事、相手が近付くまでジッと耐えて発砲しながら突撃する。まだそのほうが勝算があった。
待った。記録上ではものの数分。しかし現地の兵士には途方も無い時間であった。それでも待った。銃撃戦にならず確実に白兵戦に持ち込める距離に自衛隊が来るのを。
そして誰かが呟いた。
「100歩。」
遮蔽物に身を隠せば、相手から視認される可能性は低くなるが、それは自分にも言えることである。だかが遮蔽物の先を見るため小さな手鏡を携行している。無ければ銃剣でも何でも良いので光を反射するものさえあれば良い。それが有れば遮蔽物に身を隠した状態から外界を覗うことができるのだ。
そしてこの兵士も無意識のうちにこれを実行。更におおよその距離を歩数で示した。
「突撃ーー!!」
それと同時に稜線の陰からアストラン軍は身を起こし自衛隊の隊列目掛け突撃。
自衛隊も警戒していなかったことは無く、すぐさま突撃粉砕射撃を実行。だが討ち取れたのは20人ほど。残りの70人には隊列への突入を許し白兵戦となった。
結果は攻守ともに自衛隊の勝利に終わった。しかしアストラン軍に隊列への突入を許し白兵戦に持ち込まれた際30人ほどが討ち取られてしまい、自衛隊はアストラン軍の白兵戦時の強さを再確認し、対するアストラン軍は自衛隊、そして指揮官ヴァルサルの提唱した戦術の有効性を実感した。
その後の模擬戦も白兵戦に度々持ち込まれることもあったが、自衛隊の完勝に終わった。
連合軍はこの模擬戦を受け自衛隊の戦術を積極的に取り入れ、緩やかに軍の近代化を勧める。