第13話
フォノス村を発ってからほぼ半日。
「うぅわぁぁ。きもちわりぃ・・・。」
馬車が通れる程度に整備されているとは言え、道は隆起と陥没で凸凹。馬には大したことは無いであろうが、後ろの馬車に乗っている柳田や佐竹らは激しく身体を揺さぶられていたため、船酔いのような感覚が下車した後も残っていた。
「馬車でしたのど仕方ありません。私も若干・・・。」
近衛兵団でも、前任の騎兵隊でも、長年の乗馬訓練で馬による揺れには慣れているかに思われたルフトでも、自らが起こした揺れであればある程度予測して受け流せるが、馬車のような誰かが起こした揺れには予測が立てれないため揺れをモロに受けてしまう。
全員の酔いが醒めたところで一向は移動を開始。ユークノトス最大の町、『アーゼナルガルド』に入った。
元々ユークノトス一体はドラゴニュート(竜人)族の土地であったが、人間種が忘れ去られるほどの遥か昔に起きた種族間戦争に敗れた者や亜人狩りから逃れる為に土地を捨てた逃亡者を受けいてたことで、当初800人程度だった人口は一気に1万人に増加する事となった。
多数の種族を短期間の間に大量に受け入れた事で治安は急速に悪化。見かねた竜人達は自らの土地を切り分け難民となっていた亜人たちに提供した。そこで取れた作物や鉱物はすべて竜人族に納めることを条件に。しかし竜人たちはそれらを独占する事は無く、必要最小限を抽出したあと全種族に均等分配している。更にエルフの幻術をジュッシュ公国との国境であるサデウジュ地峡とその先のマングローブに付与する事で厳重な鎖国体制を構築。また竜人や各亜人たちには経済成長や国を発展させようといった考えは無い為、計らずもユークノトスは社会民主主義体制となった。
「ようこそ。貴方方がエドールの言っていた客人ですね。」
アーゼナルガルドの政治中枢、通称『巣窟』。フォノスを含めた数多の村々から治められた産物は一度ここに集められ再分配されてる。竜人族を除いてはそれだけ知っていれば良い。
その巣窟の門前で柳田たちは、若い竜人族の出迎えを受けた。
「そうですが、貴方は?」
「自分はドルヴェンと言います。族長の命を受け貴方方を議場にお招きするため、お待ちしておりました。」
見た目は人間とかけ離れているが、丁寧な挨拶に柳田たちはホッと一安心した。特に地峡を越えてから良い思いをしてこなかった佐竹ら自衛官の三人は、そのまま脱力し地面に崩れ落ちるほどであった。
「彼らは休憩室にお連れしておきます。」
「ありがとうございます。助かります。」
柳田とルフトはドルヴェンの案内で議場に案内された。
「自分はここまでです。後は族長との対談次第です。」
議場の奥には竜人族の族長、ハルディウスが座して待っていた。
「始めまして。柳田と申します。」
「個人詳細についてはエドールから聞いておる。なんでも黒い水を探しておるのであろう?」
エドールが事前に伝えていた分、話はスムーズに行われていった。
「はい。ここにくれば、その在りかが分かるとも。」
「確かに知ってますが、アレをどう使うおつもりか?
我々も何かに利用できないかと錯誤したが結局見出せずじまい。おまけにあの水のおかげで周囲の魚は死滅しあそこにあったマーメイルの漁村、リッツは全滅した。」
油田の流出における水質汚染は転移前の地球でも度々発生しており、その都度多くの人員と費用を要して来た。
だがこれは、油田地帯一体を譲渡してもらう理由付けになる。
「それは・・・、お悔やみ申し上げます。そこでなのですが、ハルディウス殿がよろしければなのですが、その地域の除染を日本に任せられてはいかがでしょうか?」
柳田が呈したのは、リッツ村周辺の水域を除染する。その為に黒い水(原油)の噴出口に蓋をする施設を持ち込む許可と、以降の黒い水の永久使用許可であった。
ハルディウスは黒い水をどの様に使うかは分からなかったが、マーメイルたちが再び住めるようになるなら黒い水がどうなろうと知ったことではないという思いでいるので、柳田の要求を了承した。
ジュッシュ公国 ゼーベルムート近郊の小丘・・・。
「姉さん達うまくいったかなぁ~?」
ルフト達をユークノトスに差し向けた張本人クローディアは、仰向けに寝転び空を仰ぎながらうわ言のように姉や柳田のことを口ずさんでいた。
クローディアはルフトからユークノトスのことを聞かされていた唯一の人物であった。ユークノトスのことに付いては全て秘密にするという約束付きで。
エルフの心眼を使って、ルフト達がサデウジュ地峡を越えたのを確認した後、ルフトが戻ってきたらどやされるかと思ったが自分はあくまで『公国の南』としか行っていないので、言い逃れは充分にできると開き直った。
「クローディアさんですか?」
夕暮れ時の時間帯。帰らないとルフトに怒られそうな時間帯であるが、当のルフトはいないうえ、日が陰ったことで涼しくなり寝転がっているだけで眠気が増す。このまま寝てしまおうと考えていた矢先、鎌田第1師団長の部下、神埼2佐が待ったをかけるように話しかけて来た。
「そうですが?」
「鎌田陸将より伝言です。『先日ことに付いて更に話を煮詰めたい』と。」
「分かりました。で、場所は?」
「車を用意してあります。こちらへ。」
神埼2佐の高機動車に乗り込み、目的地である『サンジェロワ野営地』に向かった。
サンジェロワはジュッシュ公国から死地の烙印を押されており誰も住みたがらなかった。よって防衛省がこの土地を安値で買い上げたとき公国の高官は皆口を揃えて「どうぞ。」と言うほどであった。
当初のジュッシュ公国に対する部隊派遣計画には、第1師団と第12旅団を8回に分け輸送する事になっており、既に5回が達成されている。その為、今ジュッシュ公国に展開する実戦部隊のうち地上部隊は・・・。
・普通科隊員 3000人
・74式戦車 52両
・203mm自走りゅう弾砲 21門
・99式自走155mmりゅう弾砲 24門
・多連装ロケットシステム 自走発射機 M270 MLRS 10両
・16式機動戦闘車 6両
・輸送トラック 280台
航空部隊は・・・。
・AH-1Sコブラ 16機
・AH-64Dアパッチ・ロングボウ 4機
・UH-1Jヒューイ 28機
・OH-1ニンジャ 2機
これだけの大部隊を収容するのにサンジェロワは適していた。そして、陸自の数々の災害支援で魅せてきた後方支援能力がここでも遺憾なく発揮される。
メラー湖の水質は人体に影響を与えるほど悪くは無かったが、それでも念を押し逆浸透型の浄水セットを使用し飲み水を確保。炊事場には200基近くの『野外炊具』が列をなし、施設科や通信科を含めたおよそ5000人の食事を提供している。
更に衛生環境を保つ為『野外支援車』4両に加え、万一に備え『野外手術システム』を中心とした野戦病院も設置。そして、日本人には欠かせないのは風呂。よって『野外入浴セット』も勿論のことながら野営地に持ち込まれている。
土質は劣悪であったことで地盤沈下の可能性が非常に高かった為、表面だけでも硬化させようと本国から大量のセメントを持ち込み地盤改良を行った。同時にヘリの駐機場には敷き鉄板を置いた。
これにより草木はほぼ生育されなくなるが、元々死地と放置されていたので草木が生えてこなくなろうがジュッシュ公国には関係なかった。
しかし野営地本部が置かれている『業務用天幕』で行われるブリーフィングは、日本やジュッシュ公国のみならず、ジュッシュに亡命する8カ国にも大いに関係あることであった。
「陸将。クローディア殿をお連れしました。」
「ご苦労。通し給え。」
「はっ。どうぞ。」
クローディアが入って来た業務用天幕の中には、既に亡命してきた各国軍の指揮官クラスが集まっており、その中にはかつてトロバー戦役でジュッシュ・トロバー同盟軍を破ったヴァルサルの姿もあった。
「では、始めます。」
クローディアの着席と進行役の挨拶と共に、出入り口の天幕が下ろされ照明が消される。
内部は真っ暗になったがそれは一瞬のこと。直ぐ後ろからプロジェクターの光が彼らの目線の先にあったホワイトボードの照射される。
そこに映し出されたのは・・・。
「『ボルドアス本土逆襲戦に関する各国軍との連携打ち合わせ』・・・。何時聞いても実感がわかない。」
日本を盟主とする『反ボルドアス連合』の兵力は14万。対するボルドアス帝国は24万。数の上では劣勢にあるにもかかわらず、自衛官たちはこの作戦の成功を信じて疑わなかった。
作戦の大まかな内容は、トロバー国の解放から始まる。
300kmある国境線を海岸からA軍団、B軍団、C軍団の3個軍団で突破。A軍団は港町『カーリッツ』、C軍団はトロバー国の首都『バンベルク』、B軍団はバンベルクとカーリッツを結ぶ幹線道路の確保を目的にしていた。
その後はどの軍団に、どこの軍勢が配置されるかとなった。
最も激しい抵抗に遇うと予想されるC軍団には陸自の普通科隊、補給路確保の観点からB軍団には機甲科が配置され、陸自の地上部隊がいないA軍団にはヘリ部隊と海自艦艇が沖合いから艦砲射撃で援護することになった。
打ち合わせが一段落し、クローディアやヴァルサル等は業務用天幕を後にした。その後内部では、トロバー開放戦の裏に隠された防衛省、日本政府の真の目的を担うX集団との作戦計画会議が静かに開かれていた。
「言うまでもないが念を押しておきますぞ鎌田陸将。我々は今回陸上総隊の指揮系統で大臣から直々に命令を受けている。」
「私もそのように聞いている。貴官らの部隊の存在を隠すためにも、バンベルク攻略には連合軍に疑りをかけられない程度に時間をかけろと言われています。
貴官ら、『特殊作戦群』の作戦行動に支障は出さない。」
ユークノトス南部 旧リッツ村・・・。
「うわぁぁ・・・。」
ドルヴェンに連れられマーメイルの漁村・リッツに到着した柳田たちは目の前に広がる光景に絶句した。
そこには確かに高さ2~3mに噴出す小さいながらも確かに油田が存在しており、その油田から溢れ出す原油は遅くも確実に周囲の海を黒く染め上げ、眼下にポツンと存在する廃村や目を凝らして見える魚の死骸と相まってさながらRPGのラスボスであるかのように柳田たちを待ち構えていた。
「改めてお聞きしますが、貴方方はコレをどうするおつもりか?」
「私もここまで深刻なものとは思っても見ませんでした。
佐竹1尉。流れ出た原油を処理するのにどれほどかかりそうですか?」
「ますはオイルフェンスを敷いてこれ以上の外海への流出を止める必要があります。
その後採掘施設を設置し油田に蓋をし除染を行う必要があります。
オイルフェンスと採掘施設の設置は早いでしょうが、除染完了まで掛かる時間は・・・、何とも。」
この問題の解決にあたっては海上自衛隊の全面協力が必要不可欠であった。
アーゼナルガルド・・・。
リッツ村の現状をスマフォのカメラに収めた柳田は、直ぐにアーゼナルガルドに引き返し、ハルディウスと先の口約を本人に確認を取った上で書面上に写し確定させた。
「直ぐにでも横須賀の護衛隊群に要請してください。」
「ゼーレフォンに地方隊が居ます。確か彼らがオイルフェンスを持っていたはず。」
ゼーレフォン地方隊には2隻の掃海艇と6隻の自衛艦籍の無い支援船が所属しており、日本籍の貨物船のほか多くの商船が行き交うサデウジュ湾の警備を任されている。
この部隊が行う『警備』とは、不審船の取り締まりはもちろんのこと、海難事故への対応も含まれている。なのでタンカーや貨物船から洩れ出た燃料の拡散を防ぐ為のオイルフェンスも所持していた。
「ではそのようにお願いします。
油田開発に付いては・・・、IHCに受注してもらおうか。」
1週間後、ハルディウスの計らいで海にまでかかっていた幻術の一部、油田に一帯のみ解呪してもらい、除染作業に従事する海自隊員達の前に突如として油田が出現した様に見せかけた。
「異世界だから・・・、こんな事もあるだろう。」
何時しか大体の事はこの一言で片付けられるようになっていた。