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ミトスター・ユベリーン (リメイク)  作者: カズナダ
日本国の章 タンタルス編
12/24

第12話

 9月26日 ジュッシュ公国 ゼフェット・・・。

「まさか、本当に勝手にやるとはな・・・。」


 オームゼンに呆れ顔の先にいるのは、別れ話を楽しむ柳田とレッソンの姿であった。


「失礼ながらオームゼン殿、かの者等に『勝手にしろ』と言ったのは、貴方ですぞ。」


「マルセロ殿、それはわかっておる。

 だが柳田殿は、日本のみならず我が公国まで休戦国リストに載せおったのだ。われわれの意志を無視してな。」


 柳田とレッソンの間で取り決められた休戦条約の内容は、

1、休戦期間は3年。

2、ボルドアス帝国は日本の要請に答え、九十九里浜襲撃事件の首謀者を特定し、日本に報告すること。

3、日本国はボルドアスの要請に答え、ジュッシュ以下8各国を監督し、帝国領内への侵攻を抑制すること。


 レッソンは戦争を発端が女王、日本目線で見れば首謀者である事を知っているためこの要請に忠実に応えようとは端っから思っていない。

 柳田は、休戦期間中はジュッシュを含めた各国の政府高官から嫌われ者になる必要が出て来たが、そのあたりは重々承知していた。


「では柳田殿。また3年後。」


「えぇ。お互い3年の間に死なないようにしましょうな。」


 レッソンを乗せた馬車は軽快に走り出しゼフェットを後にした。

 柳田にはまだ、嫌われ者になる以上にやらなければならない事があった。


 レッソンと別れた柳田は分屯地程度に縮小した旧連合軍司令部に足を運んだ。

 まだ後片付けが残っているようで、まだ数10人が残って作業していた。


「佐竹1尉。油田の場所は分かりましたか?」


「いえ。ジュッシュの言う不毛の土地である『サンジェロワ地区』とその周辺を重点的に調査しましたが、油の一滴とて見つかりませんでした。」


 ゼフェットの西南西、約750kmに位置する公国最大の湖『メラー湖』がある。水源がすぐそばにあるが、土質は極めて劣悪で農業には適しておらず、『死地サンジェロワ』として放置されていた。それからメラー湖の西、約102km2はサンジェロワ地区と呼ばれ誰も寄り付かなくなっていた。


「地盤改良して、下水や浄水もキチンと整備すれば、水源は近くにありますから、さぞ立派な基地が造れますよ。」


「それを作るのに必要な重機の燃料は?」


「・・・。」


 航空基地を建てる候補地は判明したが、肝心の油田に付いては振り出しに戻った。


「お困りですか?」


 当面解決の兆しが見えない問題を前に気が沈む柳田と佐竹1尉に、片付けを手伝いに来ていたクローディアが声をかけた。


「クローディアさん、でしたか?困っていると言えば非常に困っています。」


「石油・・・、加工次第で燃焼する黒い水の在りかを知りたい。」


「黒い水・・・?それって場合によって海から噴き出していたりしません?」


 クローディアは海底油田の存在を知っているみたいだ。

 海底油田は、浅瀬や大陸棚にあることが多く、日本でも地球世界初の海底油田として新潟県三島郡出雲崎町に尼瀬油田(あませゆでん)が存在していた。


「その場所は一体どこにあるのですか?」


「公国の南、とだけしか今は言えません。」


 とだけしか言えない。回りくどい言い方であったが、二人からすれば油田の有力な手掛かりが手に入った事が何よりも喜ばしい事であった。


 9月30日・・・。

 であるにも関わらず4日間何の成果も得られないでいた。

 ジュッシュ公国南部の『サデウジュ地方』は西に『サデウジュ湾』、東に『ルワバン洋』を望む面積は1.000km2ほどであるが、方都ゼーレフォンはジュッシュ公国随一の経済都市であり日本の支援もあって公都であるゼーベルムートを追い越す勢いで成長している。

 サデウジュ湾も開発すれば海底油田が出てきてもおかしくないが、クローディアの言っていた事から察するに、既に石油は視認できるほど噴出しているということなのは分かっている。なので、柳田たちは東海岸から沖合いを重点的に捜索していた。


「ガセネタでも掴まされたか?」」


 しかし探せど探せど油田の『ゆ』の字も無かった。

 海上自衛隊も、護衛艦や艦載ヘリで捜索するわけにもいかないのでゴムボートで沖合いに繰り出し捜索していたが、それでも見つからないでいた。


「どうかされたか?柳田殿。」


 欺瞞情報の踊らされたかと、自分自身やクローディアに対し小さくない憎しみが沸いていた柳田に、何故か公都を守備しているはずの近衛、さらにその団長ルフトが現れた。


「ルフトさん!?公都を守備している近衛が何故ここに?」


「今日は休養日なもので。

 それにクローディアからここに困っている人が居て、その人の困りごとは私にしか解決できないと。まさか困っている人って・・・?」


「多分それ私達です。」


 柳田はルフトに困りごとの内容を伝えた。

1、自分たちは加工する事で燃料になる黒い水を探している。

2、サデウミス地方を中心に捜索していたが見つからず、クローディアの「黒い水は、公国の南部にある」との助言のもとサデウジュ地方に捜索範囲を拡大した。

3、クローディアの助言は、黒い水は海から噴出していおり、それは公国の南にあるというものであった。


「助言のもと捜索を続けていますが未だ見つけられず、何かご存知なのですか?」


 ルフトは頭を抱え俯いていた。

 まさか愛する妹が公国の機密事項をこうもあっさりと他人に言いふらすとは思わなかった。おまけに言い逃れが出来るように、公国の南部と言っている。


「はぁぁ・・・、アイツ・・・。」


 クローディアを公国の秘密をばらした罪人として処罰するか、かつての様に地面に頭をこすりつけて助命を懇願するか。

 複雑な感情が入り混じり今にも泣き出しそうな声が口からこぼれる。だが幸いな事に柳田たちの耳には入らなかった。


「結論から申し上げますに、私は貴方方が探している黒い水の在りかを知っていますし、貴方方をそこに案内しようとも思っております。」


「では-」


「ですが条件として、その場所まで案内しますが私の指示には絶対に従っていただく事と、見つけた後もそのことに付いては他言無用にしていただくこと。

 以上二つを受諾していただけるのでしたら、私は協力を惜しみません。」


 たったそれだけかと思い柳田は快く了承した。


 ギル=キピャーチペンデ王国 軍需省 統合情報局・・・。

 日本国の調査を始めてから一週間。多くの情報が寄せられた。

 だがそのせいで、情報を検査のふるいにかけるミランダは・・・。


「また日本国に関する・・・、ミランダさん?」


「あぁぁ・・・。うぅ・・・。」


 連日作業で髪はボサボサに跳ね上がり、目の下の隈は頬にまで達するほど黒くなっていた。


「あのぉ・・・、お休みを取られては?ジグソー様もきっとそう仰せられると思うのですが。」


「あぁ、そうだナ。じゃ代わりにコレをジグソー様にわたしておいてくレ。」


 『統合情報局特例事項 日本国に関する中間報告書』

1、日本国の使用する飛行機械は、ヨル聖皇国の飛行機械に類似するものではない。ヨル聖皇国の飛行機械は機体全長に達する巨大な1枚の翼を3枚プロペラ1つが鼻先に付いているが、日本国の飛行機械には巨大と呼べるほどの翼は無く、プロペラも2つであった。この事により、この飛行機械はヨルの新兵器、もしくは日本国独自のものであると推察できる。

2、日本国はボルドアス侵攻の準備として、上記の飛行機械10数機、歩兵8000、機甲馬1000、軍艦数10隻を用意している。いずれもボルドアス程度の国の軍隊は足元に及ばないほど強力な武器を持っている。


 一週間もの缶詰状態からようやく開放された。


「(まずは湯浴みだな。それから行きつけの床屋に、それからそれから・・・)」


 飛行機械のことに関して懸賞金をかけたことを後悔した。

 そのせいで述べ20万通の内およそ7割が飛行機械の、更にその内訳で9割以上が懸賞金目当ての何の根拠も無い捏造ばかりであった。

 無論大半はミランダの下に届く前に選別から弾き飛ばされたが、それでも一人で捌くには多すぎた。実際信憑性が高かったのは20万分の2しかなかった。


「お大事に~。」


 ミランダは後悔と仕事のストレスを発散するのに自分の月収の9ヶ月分を消費する事になる。


 10月1日・・・。

 ルフトは約束通り柳田たちを油田の場所まで案内することにしたが、たどり着いた場所は『未開の地 ユークノトス』との境界である『サデウジュ地峡』であった。

 ユークノトスは、タンタルス南部の離れ小島であったが、潮の満ち引きによってサデウジュ地峡が出現し陸続きとなる。地峡の通過は可能であるのだが、対岸のマングローブ林に入るとどの方向に進んでも絶対に地峡に出てくるため、ユークノトスは発見されてから1200年もの間未開の地とされてきた。


「ルフトさんはマングローブを抜ける手段を持っているのですか?」


「まずは入るための資格を提示しなければなりません。」


 そう言うと、ルフトは懐から小さなペンダントを取り出した。銀の細い鎖でつながれ、金の型枠に乱反射するエメラルドが埋め込まれ、一目で見て1億は下らない様なペンダント。

 ルフトはそれの鎖を右の中指を挟むように通し、金の型枠に埋め込まれたエメラルドが丁度手のひらの真ん中に来るように微調整し、腕を真っ直ぐ前に突き出し、手の平をマングローブに向けた。


「ハテオ、マイウ、バコス。」


 そしてルフトは、柳田や佐竹1尉の理解できない呪文のような言葉をマングローブへ向けていいなった。

 その呪文に呼応するように、翠玉色のエメラルドは輝き、黄色、青、オレンジ、赤と色を目まぐるしく次々と変化させ、辺りを虹色に染め上げた。

 この現象はたった数秒、それこそ一瞬であったが、柳田たちには10分以上もの時間が経過した感覚に囚われていた。


「さ、さっきのは一体?」


「喋ってる時間はありません。進みましょう。

 それともう一つ。マングローブの木々には絶対傷をつけないで下さい。」


 ルフトは柳田たちを見ることなくマングローブに入って行った。放心状態であった佐竹たちも足早にルフトの後を追った。


 マングローブ林の中に入った途端、熱帯地方ならではの体全体を包み込む高温多湿の気候に襲われた。

 日頃からの訓練で鍛えられている佐竹以下3名の自衛官やルフトは、傍から見れば平然としているが、デスクワークがメインの柳田にとっては地獄のような暑さであった。


「見っとも無いですよぉ。」


 その為すぐに体力の限界に達し、佐竹に背負われ、それを他二人に支えられることになってしまった。


「目的地までは、この方向で間違いないのでしょうね?」


 マングローブ林は方向感覚を著しく損なわせる。それこそ何の対策も施していなければ、前に進んでいたのに出発地点に戻るなど容易い位に。そのため、ジュッシュの民衆はサデウジュ地峡が出現しても、その先のマングローブ林を抜けられないということで、ユークノトス島への関心は無いに等しかった。

 佐竹は最初マングローブと聞いたときに、帰路確保の方法として、古典的ではあるが木の幹に矢印を彫る方法を採ろうとしたが、ルフトに木を傷つけるなと言われ、更に油田まで案内する条件に自分の指示に絶対従う事があった為この方法は使用不可能になった。よって全てルフトに頼らざるを得ない状況になった。


「安心して下さい佐竹1尉。それに向こうから迎えも来ます。」


 ルフトは不気味なぐらいの真顔で佐竹たちに言った。


「迎え?・・・ッ!?」


 佐竹たちは、突如林の奥深くから近付いてくる殺気を感じ取った。殺気は7、12、28、33と増え続け、遂に50を数え、感覚では10m圏内で包囲された。だがまだ殺気の正体は視認できていない。


「随分と手荒ですね。歓迎されてない?」


 冗談を言える余裕を見せ付けてる佐竹であったが、内心すっかり脅えきっており、額や背中を嫌な汗が流れていた。


「ここの連中は縄張り意識がとても高くて、下手打つと射殺されますよ?」


「ならどうしてれば良い?」


 佐竹は極限状態から無理矢理作り上げた偽りの笑顔で、顔を青ざめながら平常心を保っているルフトに対応の指示を請う。


「その場で大人しくしていて下さい。」


 そう言うとルフトは振り返り、進行方向のマングローブ林に向かって叫んだ。


「居るのは分かってんだから、矢なんて納めて出て来いよ!」


 すると木の影から矢を番えた弓を持った戦士が現れ、佐竹たちは包囲されていた雰囲気での感覚を実感へと変え、固唾を飲み込んだ。

 そしてルフトは、戦士たちの長と思わしき人物と会話を始めた。だがその言語は海洋界統一言語(日本語)とはかけ離れていて、柳田や佐竹、二人の部下の自衛官には理解できなかった。


「人間が5人も、我がエルフの神域に土足で-」


「私を人間と決め付けるのは些か尚早ではないか?」


 ルフトは再び懐から例のペンダントを取り出し、隊長格の人物や、彼女の部下達に見せた。

 それで全員が戸惑っている。隊長格含め、50人の戦士達全員がそのペンダントのことを知っていたようで、皆顔を合わせる。

 アイコンタクトであったが、「何故?」と言う言葉が聞こえてきそうな雰囲気が駄々洩れであった。


「お前・・・。もしかして、ルフトか?」


「・・・10年ぶりか?エフィセット。久しぶりだな。」


 エルフの戦士たちの隊長格、エフィセットとルフトは互いに面識があるようで、名前を呼ばれて安堵したか、険しかった表情が和らぎ笑談を交わし始めた。

 エルフ語が分からない柳田や佐竹をそっちのけにして。


 数分と話し、ようやく一段落したようで、ルフトは本心からの笑顔で柳田たちに振り返った。


「彼女たちが案内してくれます。最初の目的地、フォノス村に。」


 それから再び歩き始めて45分程度。

 周囲の風景はマングローブ林から熱帯雨林となった。

 調査団の周りは50人のエルフの戦士達に囲まれている為、柳田や佐竹からすれば護衛とは言い難く、ルフトは『案内』と言ったがこれでは・・・。


「(コレはまるで、連行・・・、だな。)」


 佐竹や部下の自衛官たちは望まぬうちに犯罪者扱いをされている気分を味合わされていた。


「隊長格のひ・・・エルフと早々に打ち解けていたようですが、ルフトさん、貴女何者なのですか?」


「ジュッシュ公国近衛兵団の団長ですが?」


「いえそういうことでは・・・。」


 柳田は決して役職を聞きたかったわけではない。

 人間嫌いに見えたエルフたち、中でもリーダークラスの者と人間であるはずのルフトがたった二言会話を交わしただけで心を開きあった。近衛の団長と言うだけでそこまで信頼されるのか。だが相手がそれを知っているとは限らない。だから余計にたった二言で打ち解けあった事に大きな疑問を持ったのだ。その答えはルフトがエルフ達から見てどのような立場にあるかにあると考え、何者と問いかけたが、返って来たのは聞き返すのが難しい『近衛兵団の団長』であった。


「着いたようですよ。」


 更に間の悪いことに、追加で質問を投げかける直前に目的地に着いてしまった。


 フォノス村・・・。

 300人のエルフが暮らしており、地表には商店が立ち並び他の村々の荷馬車が出入りしており交易の場となっている。

 村の住人たちは集合住宅のようにツリーハウスを木々ごとに重ね建てしており、それぞれをつり橋や滑り棒で連絡し自由に行き来している。

 村の最奥にはご親睦が聳え、根元には村長の社が建立されている。


 柳田たちを取り囲んでいた戦士たちは、村の門をくぐるなり散り散りになりエフィセットだけが残った。エフィセットは引き続き柳田たちを村の奥、村長の社まで案内する。


「(やっと案内になったな。)」


 佐竹や部下の自衛官達はようやく犯罪者気分から解放された。

 柳田は商店に立ち寄ってどの様な商品がどの様に取引されているかが知りたかったが、寄り道させて貰えるほどエフィセットは優しくなかった。


「離れたら矢が飛んでくるぞ。死にたくなかったら黙ってついてきな。」


 エフィセットの警告を実現するかのように、ツリーの上には矢を番えた戦士が待ち構えていた。


「エルフは人間を心底嫌います。本当に死にたくなければ彼女の言う通りにする事です。」


「(犯罪者の次は、囚人か・・・。)」


 しかもその刑務所のレベル的に言えばアメリカのそれに匹敵する。地峡を越えてからと言うもの、佐竹たちはこんな思いしかしていない。

 連れて行かされるのは所長室(村長の社)。そこで所長(村長)に挨拶する。なんとも囚人として簡単な流れだ。


 そう思っているうちに、予想通り御神木の根元、村長の社に到着した。

 社の中は非常に質素であった。広さも八畳ほどしかなかったが、一番奥の床から2m近くのところに立てかけてある神棚には多くのお供え物が祭られいた。そしてその下には、縁の陰で顔は視認できないが、確かに一人鎮座していた。


「エドール様。客人をお連れしました。」


「・・・。座るがよい。」


 フォノス村の村長こと、老エルフのエドールは静かな立ち振る舞いと声量で、エフィセットを自身の右手に座らせ、正面にはルフト、柳田、佐竹を座らせた。

 佐竹の部下二人は社の外で待機することとなった。


「ルフトよ・・・。元気そうだな。」


「エドール様も、ご機嫌麗しゅう存じます。」


 フォノス村のエルフ達から崇められる御神木。そこに一番近い存在である村長は、いわば半分神様のような存在である。

 そんな村長のお役目は御神木から賜るお言葉を村民に伝える事。その中には侵入者の存在を報せるものも含まれる。

 いつ何時に知らされるか分からない為、村長に襲名されたものはそれ以来社から出る事を許されない。エドールもまた、襲名されて800年一歩も外に出ておらず、足は退化し遂にその場から動けなくなっていた。


「して、その方らは初見であるな。」


 ルフトとエルフ語で挨拶を交わした後、やはり話題を柳田と佐竹に振った。二人にはエルフ語が分からないので、ルフトが通訳を買って出る。


「初めましてと言っておられる。」


「あぁ。初めまして、日本国駐ジュッシュ大使の柳田と申します。お会いできて光栄です。」


「同じく、日本国陸上自衛隊、東部方面情報処理隊の佐竹1等陸尉です。」


 ルフトは一言一句間違えることなく、エルフ語で柳田たちの自己紹介を伝えた。


「ルフトよ。無理に訳さんでよい。」


 だがエドールはそれに海洋界統一言語(日本語)で返した。

 呆気に取られる三人とエフィセットであったが、エドールは構わず続ける。


「ワシも若いころはジュッシュに居たのじゃ。その時そこで覚えた言葉ぐらい、老いても忘れんわ。」


「で、でしたら会話も手短になるものかと。」


 通訳が必要なくなったことで会話はスムーズに進み、柳田は油田の在りかを聞きに掛かった。


「ルフトさんから、海から黒い水が噴出している場所があるとお聞きしました。つきましては、是非ともその所在をお聞かせ願いたいのです。」


「うぅむ。噂は聞いた事があるが、ワシはこの有様ゆえ直に見たことは無い。」


「そうですか・・・。」


「じゃがハルディウスなら在りかを知っておるであろう。

 ルフトよ、ワシの書簡と共にこの者らをアーゼナルガルドに連れて行くがよい。」


「・・・はっ。仰せのままに。」


 ルフトは少し残念そうな表情を少し浮かべたが、直ぐに深々と頭を下げたためエドールには見えなかった。

 そこにエフィセットが話しかける。


「そとに馬車が止まってるはずだぜ。そいつを使いなよ。」


「あぁ。助かる。」


 エフィセットが言ったとおり、社の外には馬車が用意されており、ルフトを除く4人は警戒しつつ乗り込み、引馬は村中に響き渡る猛り声を上げながら優々とフォノス村を後にした。


 社に残ったエフィセットはエドールと先ほどのやり取りと昔の出来事を重ね合わせて話をしていた。


「よろしいのですか、あんな追い出すような事を言って?ルフトの奴なんだか悲しそうな顔してましたよ?」


「仕方ないであろう。ワシの頭は堅物じゃ。如何に娘の形見を持っていようと、未だに人間の血が混じったあの者を認めることが出来んのだ。

 お前こそ、10年ぶりに姪っ子に会えたというのに、付いていかんで良かったのか?」


「孫娘を追い出すような父親に言われましても、心に響くものはありません。」


「抜かしおって。が、それもそうじゃ。お前の姉を村八分にして追放したのはこのワシなのじゃからな。」


 足が退化したのは、一種の贖罪とも言うべき仕打ちであると思っていたが、いざ自分があの世に逝ったとき、足二本でルフトの母に許しを得られるか分からない。許しを得るに手っ取り早いのは、娘の忘れ形見でもあるルフト達を可愛がってやることであるが、外見上エルフであるクローディアはともかく、外見上人間であるルフトをそうする事は、同胞に対する裏切りと捉えられてしまいかねない。


 だから、今のエドールにできる事は、自分の見えないほうへ見えないほうへと行ってしまうルフトを見守る事しかできない。


「じゃぁ父さん。私は帰るよ。」


 ルフトだけでなくエフィセットもまたルフトと同じように離れて行くかもしれない。

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