罰を受けるのは…。 ≪魔女と使い魔ブルー・2≫
魔女と使い魔ブルー・1を読んでいなくてもまずまず大丈夫です。
2はジャンルを童話にしたので、少し書き方を変えてみました。
むかしむかし、緑溢れ豊かな水源を持つ美しい国の端っこ、深い山間にある小さな小さな村には20人程の人々が暮らしていました。
村は大人と老人ばかりで子供はただ一人、7歳になる女の子ローレルが皆に可愛がられお母さんと二人で暮らしていました。
「お母さん、ただいま! お薬買ってきたわよ」
「ありがとう、ローレル」
ローレルのお母さんは生れつき体が弱く、ローレルのお父さんが仕事中の事故で亡くなってからは心労も重なり長く寝込む日々が続いていました。
「はい、お薬とお水よ」
「いつも本当にありがとう。ごめんねローレル、お母さんが働けないばかりに苦労させてしまって…」
「気にしないで、私はお母さんが笑ってくれさえすればそれでいいのよ! それに、今日は八百屋のおじさんがたくさんオマケをしてくれたのよ」
「あぁ、ありがたいわね」
ローレルはお父さんが残してくれた貯金と森に木の実を取りに行き村の人に売ることでお母さんの薬を買っていましたが、薬は高くて次第に貯金は少なくなっていきました。
ある日、このままお金がなくなって薬が買えなくなってしまったらどうしようと不安になり泣きながら森で木の実を取っていると一羽の青い鳥がローレルに声をかけてきました。
『よぉ! 俺はブルーって言うんだ。どうしたんだ? お前みたいな子供が泣いてるなんて、もしかして迷子か?』
「私はローレルよ。迷子じゃないの、実はね……」
ローレルは鳥がしゃべる事に驚きましたが、まだ疑いを知らない子供です。泣きながら大好きなお母さんのこと、病気のこと、お金のことをブルーに全て話しました。
『よーし分かった、ローレル着いてきな!』
ブルーに励まされあとを着いて行き、いばらのトンネルを抜けると真っ白な可愛らしい家にたどり着きました。
ブルーが窓から呼び掛けると家の中からは綺麗だけれど何となく怖い雰囲気の女の人が出てきました。そして、ブルーがローレルの事を全て話すと女の人はしゃがみこみ、じっとローレルを見つめました。
「うちのソフィアとたいして歳の変わらない子がそんなに苦労してるのかい。仕方ない、手を貸してやるよ。これから週に一度カゴいっぱいの木の実を持っておいで。最高の薬と交換してやるよ」
『よかったなローレル、うちの魔女の薬は天下一品だぞ!』
「魔女さん…?」
真っ赤な口紅を塗った魔女はローレルの頭を優しく撫でると小指を出し、約束だとゆびきりをしました。
それからのローレルは週に一度、ブルーの案内で魔女の家に通う日々が続きました。
ローレルは魔女からお母さんに薬代は?と聞かれたら「お医者さんがお母さんの体調が良くなるまでは心配しないでって言ってくれたの」と言うように言われていたのでお母さんは新しい薬に疑問を抱きませんでした。
次第にお母さんの体調は良くなり、家でベッドから起き上がってレース編みの内職ができるまでに回復しました。
「お母さん、ただいま! 今週のお薬よ!」
「お帰りなさいローレル、夕食はあなたの好きなシチューよ」
「やったぁー!」
しかし、村の大人達は遠い町にある医者にも通えず高価な薬を買えないであろうローレルのお母さんが急に元気になった事に疑問を抱きました。
そしてある日、カゴいっぱいの木の実を抱えて森へ出掛けるローレルにこっそり着いて行ったのでした。
肩に青い鳥を乗せ歩くローレルはいばらのトンネルに入ると忽然と姿を消してしまいました!
そこで、村の大人達はローレルが消えたのは魔女の魔法のせいに違いない。ローレルは魔女の家に通って薬を手に入れているんだ!と、気付いてしまったのでした。
魔女との取引は国から禁止を言い渡されています。また、魔女を見つけ次第役場に報告せよとのお触れも出ているのです。
魔女はとても危険で関わってはいけない存在と言われています。しかし、昔から魔女の薬は大変効果があり国の法を破ってでも手に入れたいと考える人が多かったのです。
村の大人達は考えました…。
◇◇◇◇◇
ローレルはそれからも家まで迎えに来てくれるブルーの案内でカゴいっぱいの木の実を持って魔女の家に通い、お母さんの薬と交換していました。
「はいよ、ローレル今週分の薬だ。それと昨日焼いたマフィンもおまけしてやるよ」
「木いちごのマフィンだ! いい匂い、ありがとうっ」
ローレルは大きなマフィンをふたつカゴに入れると幸せそうに笑いました。そのあと魔女から目線をそらしてお願い事をしました。
「あの……ね、頭が痛いときに飲むお薬も……もらえますか?」
「どうした、頭が痛いのか? 先週は腹痛の薬も持って帰ってたけど良くなったのかい? どれ、見てやろうかね」
魔女がローレルの頭を触り診察しようとするとローレルは慌てたように後ろに下がりました。
「今じゃないの! あのね、最近ね、よく頭が痛いときがあって!」
「……。ふぅん、そうかい。じゃあ頭痛を治す薬も持っておいき」
ローレルは魔女から薬をもらうとぺこりとおじぎをし、ブルーと一緒に村へ帰っていきました。
ローレルが森から出てブルーと別れ、村の広場へ到着するとすぐに八百屋のおじさんがローレルに声を掛けてきました。
「おかえり、ローレル。頼んでいた物はどうだった?」
「ただいま! もらってきたわよ。はい、頭が痛いのを治すお薬」
「おぉ、ありがとう。その……魔女には俺達から頼まれたって事は言っていないだろうな?」
「うん。おじさんが"頭がいたいのが我慢できなくて恥ずかしいから内緒にしてくれ"って言っていたから内緒にしておいたよ」
八百屋のおじさんはローレルの頭を撫でると帰っていきました。すると今度は村一番の物知りなおばあさんがやって来ました。
「ローレル、私のお願いしていた分はあるかい?」
「はい、おばあさんの分のお薬よ」
「ありがとう、ローレルはいいこだねぇ。魔女には私達が欲しがってたって言ってないだろうね?」
「言ってないわよ。大人になると頭やお腹が痛いのを我慢できないと恥ずかしくなっちゃうのね?不思議だわ」
なんと、村の大人達はローレルに頼んでこっそりと魔女の薬を手に入れる事にしたのです。
先週は犬を飼っているのおばさんにも、木こりのおじいさんにも。ローレルのお母さん以外の大人は皆ローレルが魔女の薬を貰ってきてくれると知っていました。
いつも優しくしてくれている村の人々を疑うことなんてローレルにはできません。学校にも行っていないので魔女と関わってはいけないと習ったこともありませんし、ローレルは魔女の事を優しいお姉さんだと思っていました。
そして何より、いつも可愛がってくれている村の大人達の役にたて嬉しいな。そう思っていたのです。
◇◇◇◇◇
数日後、ローレルの住む小さな小さな村に立派な赤毛の馬に乗った役人がやってきて広場でこう言いました。
「この村で魔女と取引をしている者がいるとの密告を受けた!隠さずその者の居場所を教えろ!さもなくば、全員拷問してでも吐かせるぞ!」
役人の言葉に大人達は驚き、顔を見合わせました。いつの間にか広場には人が集り、大人達はざわつき小声で相談するように話しはじめました。
役人に捕まり魔女と取引していたと分かると厳しく罰されてしまいます。大人達はそれを恐れていました。
「ちびっこのローレルが怪しいぞ!」
何処からともなくこんな声があがりました。すると、大人達は次々と口にします。
「そうよ、ローレルのお母さんが急に良くなったのはきっと魔女と取引をしたからよ!」
「ローレルはきっと魔女の魔法を習っているんだ」
「ローレルは村を呪う気か!?」
「あの子は皆で可愛がっていたのに恩を仇で反しやがって!」
役人がそれを聞きローレルの家へ向かうと大人達はほっとしたのか、各々帰っていきました。
◇◇◇◇◇
ローレルがお母さんと編み物をしていると家の扉がノックされました。扉をあけると見知らぬ大人の男の人が立っていました。
「どちら様ですか?」
「国の役人です。このお宅のローレルという子供が魔女と取引をしているとの密告を聞きやって来ました」
役人が家の中に入るとその言葉を聞いたローレルのお母さんは顔を青ざめローレルを胸に抱き締めました。
「ま……魔女と取引!? ローレルどういう事!?」
「? 魔女さんがね、カゴいっぱいの木の実を持っていくとお薬と交換してくれるのよ。お母さんの病気は良くなっているからとっても素晴らしいお薬よね!」
「あぁ……ローレル、何て事を!」
お母さんは役人の前まで行くと泣きながら深く頭を下げて何度も、何度も謝りました。
「私がきちんと教えなかったばかりに……申し訳ありません! 全て私のせいです! お願いですから、罰するならこの子ではなく私を罰して下さい!!」
ローレルはその様子を見て魔女に薬を貰うことはいけないことだったのだと気づきました。そして、謝るお母さんの側に駆け寄りました。
「役人さんごめんなさい! お母さんの病気を治したくて……いけないことだなんて知りませんでした。ごめんなさい!……でも、魔女さんは綺麗で、優しくて、お母さんの体調を良くしてくれて……!悪い人には見えません!」
目に大粒の涙をいっぱいにためて役人にこう告げると役人はやれやれ、と言った顔をして羽織っていたマントを脱ぎました。
役人がマントを脱ぐと一瞬にしてその姿は紫色の髪の毛をひざ元まで伸ばし、真っ黒なマーメイドドレスを着た魔女の姿になりました。
「まったく、ローレルの様子がおかしいと思ってカマかけてみたら……」
ローレルも、ローレルのお母さんも魔女が役人に化けていたことに驚きました。
すると、窓からブルーも入ってきました。
『この村の大人はひでぇもんだ! 善良なローレルに全部押し付けやがった!』
「まったくだね。ローレル、人を信用するのは悪い事じゃない。でも、自分で善か悪かを判断できるようにならなきゃいけないよ?」
「ぜんかあくか……?」
『魔女、ローレルはこんな小さな村で生活してて学校にも行けないんだ。そんな簡単には無理だぜ』
ローレルのお母さんは魔女とブルーがローレルの事を心配している事に驚きました。
魔女といえば悪質で陰険な者だと教わっていましたが、目の前にいる本物の魔女はそうは見えなかったからです。
「よしっ、それじゃあお前達に家をやるよ。ここから東に馬車で二日、綺麗な湖があってその畔には大きな街があるんだ。もちろん学校もある、そこに住むといいさ」
魔女は表情を変えぬまま淡々とこう切り出しました。すると、二人の返事を聞かず魔法で家にあるものをあっという間にまとめてしまいました。
「思い立ったが吉日、善は急げって言うだろう? さぁ、黙って馬車に乗りな!」
あっという間に家の中は片付き家の前にはいつの間にか大きな馬車がとまっていました。
「えっ……あの……」
驚きぽかんとする二人を魔法で馬車に乗せると、魔女はローレルのお母さんにひとつの袋を渡しました。
「これが最後の薬だよ。あと一ヶ月もすればすっかり良くなり仕事にも出られるだろうさ」
「あのっ、何故私達親子にこんなに良くしてくださるのですか!?」
「なぁに、ただの気紛れさ」
「魔女さん! たくさん、たくさんありが……」
馬車は動きだし、ローレルが体を乗り出してお礼を言おうとすると魔女はどこから出したのかローレルの口におおきなマフィンを押し付けました。
それはローレルが大好きな木いちごのマフィンでした。甘酸っぱくてふわふわでおいしいマフィンなのに今日はいつもよりしょっぱいな、ローレルはそう思いながらお母さんと一緒に魔女とブルーに大きく手を振りました。
ブルーが手を振り返すように美しい羽を羽ばたかせると大きな風がおこり、風は木に咲く花びらを巻き上げ美しく舞いました。
「さぁて、最後の仕上げをするかね」
魔女は再び役人となり町の広場へ出ていくと、様子を伺っていた大人達が次々と外へ出てきました。
「お役人、その……ローレルは?」
「君たちの話し通り親子の家へ行ってきた。あの子供も母親も、もうこの村へは戻ってこない」
フードを目深にかぶった役人がこう言うと大人達はほっとため息をついて笑い、好き放題に呟きはじめました。
「良かった、安心した」「子供ってのは信用できないね」「あの子は前から怪しいと思ってたんだよ」「魔女と取引だなんて恐ろしい子」「親も親だよね」
すると、雲ひとつなく晴れ渡っていた空が急に暗くなりぽつりと雨が降り始めました。
「まったくこの村の大人達ときたら。自分達がどれだけ大馬鹿で恥ずかしい事をしたのか分かってるのかい!?」
「何だとっ!?」
役人が大きな声で大人達に向かって叫ぶと体の大きな八百屋のおじさんは前に出て役人の胸ぐらを掴もうとしました。……が、あと数センチで役人のマントに手が届くところで体が金縛りにあったように動かなくなってしまいました。
他の大人達も同じようで、ただ冷たい雨に打たれて立ち尽くしました。
「お前達がローレルに嘘をついて私の薬を手に入れたことは分かってるんだよ! それなのに自分達の保身ばかりでローレルに全て押し付けて、誰一人自分のやった事を反省もしていないね!? あぁ、嫌だね。無駄に年数生きてるだけで子供の手本にもなれない大人ってのは」
辛うじて目だけは動かせた大人達はフードの下からのぞく美しくも恐ろしい魔女の顔に大きな叫び声を上げました。
しかし、声は声にならず村には雨が打ち付ける音だけが響き、黒くうごめく何かが足もとから這い上がってくる恐怖にも動けず、叫べず、ただひたすらに涙を流していました。
「罰を受けるのは……お前達だよ」
数日後、町から村へ荷物を運びにきた配達員は村の入り口で驚き足を止めました。
数日前まで確かにここにあった村も人々も、土砂崩れで何もかも綺麗さっぱり無くなっていたのでした。
◇◇◇◇◇
綺麗な湖の畔にある学校は下校時刻になっています。校舎のまわりでは沢山の子供達が笑顔であいさつをし、家路を急いでいました。
「ねぇ、ローレル今日の宿題の算数なんだけど……私とっても苦手なのよね。だからお願い! 答えを写させて?」
ローレルと手を繋ぎ帰るお友達は困ったような、そして申し訳ないといった顔でローレルにお願いしました。ローレルはにこりとしたまま少し考えました。
「うーんと、今日はもうひとつ作文の宿題もあったわよね?私、作文って苦手なの……。だから一緒に教えっこをして私の家で宿題をしない?」
「いいわね! そのアイデア最高よローレル! じゃあ家に帰ってからまたローレルのお家に行くわね?」
二人が手を振り別れると、ローレルはお母さんが待つ家へ急ぎました。
「お母さんただいま!」
「お帰りなさい、ローレル。今日はお仕事が休みだったから今からマフィンを焼こうと思うの」
「やったぁ! 私、木いちごのマフィンが大好き!」
「あら? 木いちごのマフィン……って作ったことないけどどこかで買って食べたの?」
「え? そうだっけ……。何でだっけなぁ」
ローレルとローレルのお母さんは湖の畔にある街で幸せに暮らしました。
◇◇◇◇◇
そんな親子の住む家を見下ろせる一番大きな時計台の屋根に人影がありました。
『いやぁ、ローレルはいい子だったなぁ。あんなに別れに泣いてくれるなんて俺も記憶を消すのが辛かったぜ。そういやそろそろソフィアも学校に入れるのか?』
「魔女の娘が学校へだなんて聞いたことないだろ?勉強もマナーも家事も、全て私が教えるからいいんだよ!」
『はぁーん、可愛いソフィアが学校に行きはじめたら気になって仕事どころじゃないからか? ローレルの事といい魔女は子供に弱いんだな?』
「何を言ってるんだい! お馬鹿だね! そういやブルー、お前ソフィアに間違った文法を教えたね!? 一体何百年生きてるんだい!」
『すまないっ! あ、頭を揺さぶるのはやめてくれよっ』
魔女と使い魔ブルーは、今日も小さな白い家へと家路を急ぎます。
作中に出てきたソフィアはシリーズ1に出てくる魔女の娘です。ソフィアは魔女の仕事中、家の中でお利口に勉強なりお昼寝なりしているんだと思います。
お読みいただきましてありがとうございました。