虎轍骨董店
不思議な知り合い、というのは誰にでもいると思う。
私にも1人、不思議な知り合いがいる。
私が住むアパートの近くにある、オシャレに言えばアンティーク雑貨屋さん、実際はただのボロボロ骨董(+よくわからない雑貨)店。
そこの主人であるお兄さん。
私より少し年上であろうその人を私は「トラさん」と呼んでいる。
常に何かに取り憑かれているみたいな不気味な顔をした、でもどこか人を惹き付ける何かがある不思議な人。
そんなトラさんと私が体験した話を幾つか話していこうと思う。
とある年の二月。
私は一人暮らしを始めた。
アパートは壁の薄いコンクリート製。そして狭い。
でもそんなの気にならないくらい私は晴れやかな気持ちだった。
一人暮らしとはそれくらい胸踊るものだ。
近所への挨拶も兼ねて私は、散歩に出掛けた。
八百屋さんにパン屋さん。
楽器屋さんなんかもあって、どの店の人も笑顔で迎えてくれた。
さて、そろそろ帰るか、と思った時、その店を見つけた。
やたら黒ずんでいて、どんよりと重い空気がそこを漂っている。
雨風にさらされた看板には「虎轍骨董店」と書かれていた。なんと読むのだろうか?とらわだち?こわだち?
店の雰囲気に気圧されたのもあり、入るか入らぬか迷っていたらいきなり後ろから背中を押された。
「うわあ!」と、言って反射的に振り向く。
……誰もいない。
え?と、思っていたら今度は右腕を強く引かれた。
慌ててそちらに向き直るが、やはり誰もいない。
なんだ。何が起こってるんだ?
薄ら寒い何かを感じていたら、目の前の店の扉がガラガラガラと大袈裟なくらい大きな音を立てて開いた。
カランカランと来客を告げるためにつけられたのであろう古めかしい鐘が鳴る。横開きの扉にアンティーク調の鐘は、あまりにも不自然だった。
「あー、騒がしいと思ったらキミか」
「え、え?」
「あ、大丈夫大丈夫。騒がしかったのは君じゃないから」
なんだこの人は。意味がわからない。
私が騒がしいのに、騒がしかったのは私じゃない?矛盾しすぎだろう。
「ごめんな。怖かっただろ?引っ張られたりして」
「え、なんで…」
「"うちの"が君を気に入ったみたいでね。どうしても店に入れたかったみたいだ」
頭の中が混乱し出す。
なんでこの人は私が引っ張られたのを知っているんだ?
"うちの"ってなんのことだ?
「まあ入りなよ」
「あの、わ、私」
「自己紹介は後でいいよ。うちは虎轍骨董店。で、おれはここの主人」
そういうと彼は私を店に招き入れた。
その時の光景を私は一生忘れない。いや、忘れられないだろう。
古びた棚に並ぶ壺や皿、花瓶。
時計にアクセサリーに背表紙の焼けた本。
その真ん中にいるこの店の主人だという男性。
その隣にいた…いや、正確には"あった"青白い手。
手はふわふわと浮いていて、私がじっと見ていると煙みたいに空気中に溶けて消えてしまった。
見間違い、ではない。
それは先程まで確実にそこにあった。
「見えた?」
男性が聞いてくる。
ハッとして彼を見上げれば、どこか楽しそうに口元を綻ばせていて。
「おれも君が気に入ったよ」
彼はそう言って笑った。
それが私とトラさんの出会い。