閑話:少女占い師の受難
昼前の宿場町ゴッハー。
居住者は1000人ほどしか過ぎないが、昼から夜にかけては人口が3000人に膨れ上がる典型的な宿場町だ。
昼前とは言え、早朝から活動していた猟師や冒険者が少しずつ森獄から戻り始めて町は活気づいてきた。珍しい品はないかと、道行く人に露店から声を上げる商人に鑑定屋から笑顔で出てくる冒険者たち、肉屋の店頭で獲物の売却値を交渉する猟師…などなど。
串焼きの露店や、酒場そして懐が温まった男たちを狙う街娼たちで町は賑わいを増してきた。
魔法占いのラメルンの露店も、昼から夕方にかけてが書き入れ時だ。
ラメルンはまだ14歳の少女だが幼いころから魔術師の才能にめざめ、特に占いを得意としていた。娘の才能にほれ込んだ父親が冒険者をやめて占いの露店を開いたため、幼い要望とは裏腹にそのキャリアはもう7年と長い。
この世界では、商人や冒険者は意外と占いを大事にする。
特にラメルンは希少な魔法使いの中でも、さらに少ない受動系の魔法使いの一人だ。相手の波動やわずかな魔力の流れを見ることができ、そこから近い将来に起きる出来事を高確率でイメージする。占いというよりは、未来予知に似たアドバイスができるのがラメルンの能力だ。
顧客もしっかりついており、同業の占い師はゴッハーにあと数人いるがラメルンの占い飛びぬけて人気が高い。
「来週は大きな商隊が到着するので、塩の相場が下がるでしょう。逆に香辛料は買い付けられて上がりそうです。でも儲けたいなら、慎重に」
「明日は西の狩場が良さそうです。大物よりも草ウサギやエンテ鳥を狙うとよいでしょう。いつもより矢を多めに持っていくことをお勧めします」
今日の商売も滑り出しは順調だ。
ラメルンの父は本日4人目の客から礼金を受け取りながら、ホクホクした思いで売り上げの予測を立てていた。最近は景気も悪くない。人の往来も増えている。今日は15人は固いかな?娘はまだ色恋に疎いせいか、商売や狩りの占いしかできない。午前中に恋愛関係の占いができれば、一日20人の客も夢ではないのに…。
そんなことをラメルンの父親が考えていると、肝心の娘の様子が少しおかしい。
「…ね、ねえ、おとうさん。今日は魔法兵団の演習でもあるのかな?」
5人目の客を呼び込もうとした時、ラメルンの父はいつもとは違う娘の様子に気付いた。
目はうつろで、心なしか顔も青ざめている。
客に占いを告げる時に「もっともらしく聞こえるようにしろ」と演技は指導しているのだが、実の父親には必要ないのに…と訝しんだ。
だがどうやら演技ではなさそうだ。
ラメルンはガタガタと震えだし、目を通りの向こうに向けたまま父親の服をギュッと握ってきた。
「魔法兵団…?どうしたんだ、ラメルン?」
「そう、…魔法使いが1000人とか1万人とかゴッハーに来るって聞いてない?」
「父さんはそんな話、聞いたことがないなあ」
「そうなの。…じゃあ、アレはいったいなんなの?」
ラメルンが見ていたのは、通りの向こうに爆発するように生じた紅い魔力のカタマリだった。
通常、ラメルンが見る他人の魔力は明るい靄のようなイメージをしている。自分の父親のように、まったく魔力を使えない人は心臓のあたりにこぶし大の白い靄のカタマリがあり、そこそこの魔法使いなら身体の輪郭が魔力の靄でぼんやり輝いて見える。
またその靄の色は、魔法使いが得意なエレメンタルで異なる。例えばピンクなら火系、水色なら水系、そしてブラウンなら土系といった風に。
高位の司祭や有名な魔術師をラメルンは見たこともあるが、それでも身体を覆う靄がやや分厚くなった程度で本人に近づかないと魔力の正確なレベルも分からない。20メルトも離れると、人の姿は見えてもまとう魔力の靄は見えなくなってしまう。
ところが。
ラメルンが今見ている魔力の塊は見上げるほどの大きさ、例えるなら遠くから見た山ほどの大きさをしている。
しかも異常なことにそれは見慣れた靄ではなく、硬質な水晶を思わせるような鮮やかで美しく深い紅色をしていた。量も桁外れなら、密度も桁外れ。さながら直径10キルメほどある紅い魔核のようにも見えるそれは、ラメルンが初めて見る超絶の魔力量の象徴だった。
『人間の魔法使いの何百万倍…どころじゃない。消えた炭火と太陽を比べるようなものだ』
ラメルンは歯の根が合わないほどガタガタと震えながらも、その濃密で桁外れの魔力から目が離せなかった。なにしろそれは動いているのだ。しかもこちらに向かって。
『私は今日、死ぬのかな?』
ラメルンは今日のこの時ほど、自分自身を占うことができない能力の制限を悔しく思ったことはなかった。
そして父親にかすれる声で最後に『逃げて』と小さく叫ぶと、椅子の上で気を失ってしまった。
「ラ、ラメルンどうした??」
ラメルンが気を失った頃、ゴッハーの町にいた受動系の能力を持たない魔法使いたちもまた自らの異変に気付いた。
あるものは体調が悪くなり、あるものは魔力酔いのような症状を見せ、またあるものは火や水を出す生活魔法がうまく使えなくなった。魔力を使う魔道具もうまく作動しない。魔法使いたちが初めて経験するような不調に首をかしげていた頃、ゴッハーの町を歩く奇妙な人影があった。