■ 黒いシミ ■
起きて一番にする事は携帯のチェック。
着信も無い、メールも来ていない。
少しの・・僅かな希望を持ってPCのメールをチェック。
たった一通のメール。
でもそれは単なる広告だった。
この当たり前な作業をもうどれ位しているんだろうか。
あれ・・
いつからカーテンを開けなくなったんだっけ・・?
あれ・・
いつからこの四角い箱の中にいる様になったんだっけ・・?
それにしても暗いなぁ・・
いつだってこの部屋は暗いんだ。
平べったい布団の近くのライト以外は点けない。
あぁ・・そうか、日差しが嫌いでカーテンを閉めたんだ。
思い出したよ。
いつから この部屋に篭っているのか
もう忘れた。
時々ドアを開ける。
食べ物は気付いたら、いつでもドアの少し離れた場所に置いて有る。
誰が作ってるんだっけ・・
多分・・知っている誰かなんだろうけど・・分からないし知らなくても良いんだ。
階段を下りると無限に広い空間に入った様な不思議な気持ちになる。
ここはどこなんだろう・・と思う。
でも不思議とトイレの場所は分かる。
ここがどこかハッキリしないのに、何でトイレの場所が分かるんだろう。
でも・・それを知らなくても良いんだ。
真っ暗な部屋の中で
ずっと携帯を眺めている。
でもずっと変わらない画面のまま。
もしかして、壊れてる・・?
ううん、そんな事は無い。
だってホラ・・今日も110番に電話したら
おじさんが電話に出たんだ。
だから電話は壊れて無い。
おじさんが出たら、すぐに切る。
でもすぐに折り返し電話が来るんだ。
だけど電話には出ない。
静寂の部屋に着信音が鳴り響く・・
その音を聴いていたいんだ。
でもその音はどれ位かしたら
すぐ終わってしまう。
だから待つんだ。
また掛かってくるのを。
電話が来て着信音が鳴り響くと
まるで子守唄の様に心地良く
この四角い部屋の中に鳴り響くんだ。
早く掛かってこないかな・・
もう一度・・
・・もう一度・・・
また110番をしてみる。
・・あれ・・?
出ないよ・・?
何度もコールしてるのに、誰も出ない・・
これじゃ電話を切っても掛かって来ない。
あー・・そうか・・
無視されたんだ。
そうか・・
そうだった・・・
周りから無視をされる様になって
有るコト無いコト言われる様になって
居場所が無くなって
ここへ逃げ込んだんだ。
ここは自分だけの場所で
誰もいじめない。
誰も苦しめない。
誰にも傷付けられずに済む。
だからここへ逃げ込んで
ずっとここにいるんだ。
思い出した・・
カーテンを閉めたのは
もう何ヶ月も前・・
朝、外を見たら笑顔で話をしながら
どこかへ向かう人達を見て・・
憎い・・と思った。
不幸になれば良い・・と思った。
殺しタイと思った。
死ネば良イと思った。
でも・・同時に・・
羨ましいと思った・・
そっちに行きたいと思った・・
でも・・出来なかったんだ・・
カーテンを開けて・・
窓を開けて・・
外の綺麗な空気をこの汚れた部屋へ入れて
綺麗な服に着替えて
笑顔で、このドアを開ける事が・・
着信が有るはずが無い・・
メールが来るはずも無い・・
だって・・誰からも必要とされていないのだから・・
孤独だから・・
一人ぼっち・・
一人ぼっち・・
ねぇ・・生きている意味は有るの?
ねぇ・・生きていてシアワセになれるの?
ねぇ・・教えてよ・・
ねぇ・・助けてよ・・
・・・あぁ・・
もう・・疲れた・・
この四角い部屋に居続けるコトも
着信の無い携帯が鳴る瞬間を待つコトも
単なる広告なのに、それでも嬉しいと感じてしまう自分にも・・
もう・・疲れた・・
そうだ・・
オシャレをしよう・・
身なりを整えて・・
髪の毛も整えて・・
着替えを済ませて・・・
ドアノブに紐を掛けて・・
丸い輪っかに顔を入れる。
背中をドアに押し付け深く座ろう・・・
少しずつ・・
少しずつ・・
お尻をずらして行く・・
あれ・・何だか苦しい・・
呼吸がし難いなぁ・・
でも・・これで良い。
きっと間違っていない。
この行動はきっと正しいんだ。
だって生きていたって孤独なら
天使がいる世界へ飛び立てば良いんだから・・
天使なら誰でもきっと受け入れてくれる。
だから・・そこへ行くんだ・・。
呼吸がし難い・・
苦しいよ・・・
天使に会う為には・・
苦しい想いをしなくちゃならないの・・?
その瞬間、携帯が鳴った。
紐から顔を外して
急いで携帯を見る。
メール・・
『ご飯、食べてないの?』
声が出なかった。
心臓じゃない、でも胸の真ん中が何かに掴まれた気がした。
痛いんじゃなくて・・・
これは・・辛いんだ・・。
僕の目から沢山の涙が溢れた・・。
また着信音。
『生きてるのよね?音を立てるだけで良いから
返事をください。』
いつもはドアの近くで音がするから気になって少しだけ開けるんだ。
そこにはいつも湯気の出たご飯が置いてある。
今日は食べる気がしなくてそのままにしてたんだ・・。
だからメールを・・。
僕は・・
ドアを勢い良く開けた。
そこには・・・
・・・・
天使はきっと誰でも受け入れてくれる。
でも天使はきっと『誰か』を選んだりしない。
気付いたら置いてある温かい食事は
母親が作ってくれていたんだった。
どうして・・・それを忘れてたんだろう。
どうして・・・孤独だと思ったんだろう・・。
想ってくれている人がすぐ近くにいたのに・・。
あのメールが無ければ・・
きっと僕は死んで天使に会いに行っただろう。
必要とされていないのに・・自分から会いに行っただろう・・。
そして、この四角い部屋にいる事が当たり前になった僕の死に
気付く時・・もしかしたら黒いシミが出来ていたかもしれない。
人間・・死んでしまうと人間特有の油が皮膚から出るらしい・・。
その油は黒いシミになって・・
なかなか消えないんだって・・・。
僕は必要とされていない天使に会いに行くよりも・・
僕を必要としてくれているこの人の傍にいよう・・
そう思った。
閉め切ったカーテンを開けれる様になる日も
きっと近い・・。
そして・・外へ出よう・・
孤独じゃなくなったのなら
僕もミンナと同じ・・
あの太陽を浴びても良いんだ。
きっと・・笑える様になるには時間が掛かる。
でもそれで良いんだって
自分に言い聞かせた・・。
それでもいつか・・またいつか・・
四角い部屋に篭ってしまいたいと思う日が来るかもしれない。
生きている限り・・・
何度でも、あの四角い部屋から
誘い(いざない)が聞こえて来る。
でも・・僕はもう大丈夫・・。
必要としてくれる誰かが一人でもいる事に気付けたのだから・・。
黒いシミが出来るコトは無い。