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次期大公、家族と触れ合う

 それは、王太子妃とのお茶会での出来事であった。

 他愛もない会話が、ひと段落した時だ。

 王太子妃が、真正面に座っていたシャルロッティを手招き、隣に移動させた。

 そして彼女は、秘密の会話でもするようにシャルロッティの耳元に唇を寄せ、夫から贈られた扇で口元を隠す。

「――大公妃様は、しつこい男性の茶会に招かれたそうね」

 兄嫁から囁かれた言葉に、シャルロッティの眉間には、盛大に皺が寄った。

 シャルロッティは、しつこい男性こと、大公妃の元婚約者が大嫌いである。

 婚約中はシャルロッティの大好きな義姉に見向きもしなかったくせに、彼女が大公妃となってからは、あの手この手で接触を図ろうとしているのだ。

 無論、義姉の手を煩わせるに値しないため、シャルロッティは全力で妨害しているが、全くもって諦めが悪い。

 ……大人しく、『陽輝姫』の世話でも続けていれば良かったものを。

「あらあら、駄目よ、シャルロッティ。 そんなに眉間に皺を寄せては、跡になってしまうわ」

 困った様に微笑む王太子妃に、シャルロッティは眉間を撫でられた。

「――お義姉様には、指一本触れさせる気はありません」

 無表情で断言するシャルロッティに、王太子妃はにっこりと笑顔を浮かべて、一冊の本を掲げた。


 ――『青薔薇の騎士姫に奉げる恋歌』。

 本来の性別を隠し、騎士として国に忠誠を誓う、少女の恋を題材とした物語である。

 主人公である少女は、悪漢から救い出した姫君に恋されたり、女装をしたら王に見初められたりと、物語は波乱万丈の展開をみせる。


「シャルも、騎士姫を見習って、大公妃様をエスコートしてはいかがかしら?」

「義姉上ったら天才ですか?」

 シャルロッティは、稲妻に打たれたような心持で兄嫁を見上げた。


 何ということだろう。

 シャルロッティは、今まで元婚約者を排除することばかり考えていて、自分が義姉をエスコートする事など、考えたこともなかったのだっ!


 ――ここで説明するなら、エスコートは男性が女性に対してするものであり、女性が女性に対してエスコートする場合の作法など、存在しない。

 他国に比べ女性の社会進出が進んでいるものの、この国もまた男性優位であるのには変わりはないからだ。

 それ故、もし、貴族の娘が騎士姫の様に男装し、男の様に振舞えば、結婚相手は著しく限定されることになる。

 尤も、現王直々に、結婚相手は優秀であること以外の条件が免除されているシャルロッティには、躊躇(ためら)う理由にならないのだが。


 目から鱗が落ちる思いのシャルロッティを眺め、王太子妃は蕩ける様な笑みを浮かべる。

「こういう事もあるかと思って、衣装を作らせておいたのよ」

 兄嫁が目を向ければ、王太子妃付きの女官達が、しずしずと用意していたという衣装を広げる。

 黒を基調とし、騎士服に似た意匠のそれは、誰がどう見ても男物である。

「――義姉上、義姉上が国の害にならない限り、ついていきますっ!!」

 シャルロッティは、王太子妃の手を握り、きらきらとした尊敬の眼差しを贈った。


 ……そこに、突っ込み役はいなかった。


 ◆◆◆


「――と言う訳で、義姉上から頂きました」

 晴れやかな笑顔で言い切ったシャルロッティは、王太子妃より賜った衣装を着用していた。

 頭頂部近くで括った髪の鮮やかな赤が、布地の黒に良く映える。

「シャル、とっても凛々しいわ」

 微笑まし気にシャルロッティを見る大公妃は、養女が恋愛小説に感化されたのだと、勘違いしていた。

「これなら、安心して、シャルロッティにヨアナのエスコートを任せられるね」

 体調を崩していた老大公は、病床で満足気な笑みを浮かべる。

 老いらくの恋に落ちた彼にとって、最愛の妻のエスコートを他の男に任せるぐらいなら、シスコンを拗らせ奇行に走った養女の方が、遥かにましだった。

 養父の言葉を受けて、シャルロッティは胸を張る。

「義父様、お義姉様のことは、私にお任せください」

「シャルったら、頼もしいわ」

 大公妃はそう言って、ころころと笑った。

 穏やかで柔らかな彼女の声は、耳に心地良いものである。

 その声に潜む疲労を、その目元に隠された隈を、シャルロッティは知っていた。

「――お義姉様、私は精一杯格好良くなりますから、お義姉様も目一杯自分を磨いて下さいね。 寝不足は、美容の大敵です」

 冗談めかして言ったシャルロッティに、義姉は困った様に微笑む。

「そうね。 気を付けようかしら」

「私の朝焼けの姫、気を付けるのではなく、きちんとお眠り」

 皺だらけの手で義姉の頬を撫でた養父の声には、咎める様な響きがあった。

「君は、頑張りすぎだ。 私も、君と共にいる時間は長い方が嬉しい。 けれど、その為に君が無理をして、身体を壊してしまうなら、私は自分が許せないよ」

 病床の老大公に代わり、多くの執務を大公妃たる義姉が行っていた。

 その傍ら、夫の見舞いも頻繁にするものだから、必然的に削れるのは、睡眠時間だ。

 嘗ての義姉を追い詰める一因となった、彼女の悪癖が、こんなところで顔を出している。

 不安気な義姉に、養父は微笑んだ。

「そんな顔をしないでおくれ、私の朝焼けの姫。 すぐに元気になって見せるから、君の飛び切り美しい姿を見せてくれないか?」

 老いた夫の手に、瑞々しい己の手を重ね、義姉はたどたどしく頷く。

 義姉が休んでくれるのは嬉しいが、養父への敗北感が凄まじく、シャルロッティは笑顔のまま落ち込んだ。


*王太子妃は、義妹の男装姿が見たかっただけだったりする。

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