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番外編 あにうえといっしょ~さばいばるにゅうもん~

*ゲテモノ食の描写があります。苦手な方・王族に夢を持ちたい方は、ご注意ください。

 その日、珍しいことに、シャルロッティはドレス姿ではなかった。

 騎士団見習いが身に着ける、粗末な白いシャツと、黒い下履き。

 鮮やかに赤い髪は、後頭部の高い位置で、一つに括られている。

 まともな王侯貴族の姫君なら断固拒否するような格好で、シャルロッティは、真面目な顔で自分を見下ろす次兄を見上げていた。

「――シャルロッティ、お前も分かっているだろうが、お前が従軍する機会があるとするなら、それは厳しい戦いの時になると思う。 だからこそ、お前にも、事前の準備は必要になるのだ」

「はい。 ご指導のほどよろしくお願いします、ラザロス兄上」

 シャルロッティとて、己に課された責務をよく理解していた為、次兄の言葉に真剣に頷いた。


 当代の王家の三兄妹において、長兄が司るのが政なら、次兄が司るのは軍事だ。

 そして、シャルロッティは、次期大公として長兄を補佐しつつ、いざという時には戦場に立つことも求められている。

 やはり、直系王族が指揮する軍は、戦いへの意気込みが違ってくるのだ。

 自軍の士気高揚も、王族の重要な役割の一つである。

 戦場に絶対はない。

 未だ、戦場を彩るのは人と馬であるから、戦う者達の心が何よりも重要になってくる。

 流石に、計略無しに寡兵が大軍を打ち破ることはできないが、士気がどん底に落ちたばかりに、敵の計略に引っかかり、物量の差をひっくり返された例はいくらでもある。

 しかしながら、戦場に赴く王族の最大の義務は、生き残ることだ。

 死んだら、士気高揚もへったくれもない。

 寧ろ、王族の首が獲られたら、士気が大暴落して自軍の危機である。


「戦場で食わず嫌いはいけないぞ、シャルロッティ。 腹が減っては、戦などとてもできないからな」


 次兄がシャルロッティに求めているのは、武力を高めることではない。

 生憎と、シャルロッティには次期大公としての役割があり、日がな一日鍛錬を行う暇などないのだ。

 必要なのは、生存率を上げる為の知識と振る舞い。

 武力よりも、そちらの方が大切である。

 次兄は、シャルロッティは護身術を身に着けているので、指揮官としては十分だと思っているようだ。

 指揮官は、軍を指揮することが仕事であるから、戦うのは別の者にやらせればいいのである。

 シャルロッティは、地面に落ちている木の実をせっせと拾いながら、次兄の言葉に耳を傾けていた。

 彼女が集めているのは、今日の夕食である。

 王城には見栄の為の花卉の他に、いざという時の備えとして、至る所に食用になる木や植物が植えられている。

 見習い兵士などは、これらを用い、身をもって食べても良い植物を学んでいるのである。

 華々しく散るより、しぶとく生き延びられる者の方が、兵士としては優秀だ。

 シャルロッティもまた、次兄の配慮により、戦場で生き残るための技術を学ぶ為の機会を得ていた。

 しかしながら、王族の箱入り娘に、いきなり行軍演習やら、野宿やらは難しい。

 入門編ということで、シャルロッティは、王城内にある演習場の一角にて、次兄と野営をすることになったのだ。

 因みに、次兄もシャルロッティも忙しいので、野営は一泊のみである。

 まだ過ごしやすい季節とは言え、熱を孕みだした風は、あまり快適とは言えず、入念に虫よけを塗ったとは言え、草むらを飛び回る虫の音は不快だ。

 ――だが、いちいちそんな事を気にしていたら、とても戦場などには立てるまい。

 王族の責務というお題目の元、シャルロッティは普段とは無縁な環境に適応しつつあった。

 何かに気付いたらしく、シャルロッティと共に、木の実を拾い集めていた次兄が立ち上がる。

「シャルロッティ、一度、休憩しようか」

 そう言って、次兄は近くにあった木にするすると登り、オレンジ色に色づいた実をもいで、危な気なく降りてきた。

 騎士が習う剣術だけではなく、暗殺者が用いる体術も習っているそうで、次兄は、鍛えた見た目を裏切る程身が軽い。

 感心するシャルロッティに小さく笑って、次兄は彼女の手に熟した杏を乗せた。

 最低限の手入れしかされていない木に生っていた杏は、形は悪いものの、次兄の真似をして(かじ)ってみれば、口の中にみずみずしい甘さが広がった。

 普段、シャルロッティの口に入るものよりも、遥かに品質は劣るはずなのに、次兄がもいだ杏子は妙に美味しく感じる。

「ラザロス兄上、ありがとうございます」

 杏を食べ終えたシャルロッティが礼を言うと、次兄は軽く笑って、シャルロッティの頭に手を置いた。

 次兄も、もう少しぐらい、家族以外にも笑えばいいと、シャルロッティは思う。

 基本的に次兄は、家族以外に素っ気ない態度を取るため、誤解をされていることが多いのだ。

 兄妹の中で一番面倒見のいい次兄が、冷たい男の様な噂をされると、シャルロッティはもやもやする。

 ……流石に、小動物好きの令嬢に、食べる的な意味で自分も好きとか言うのは、シャルロッティでもどうかと思うが。

 次兄の師である元騎士団長と、元隠密の長が頑張りすぎたせいで、次兄は野営の達人になれたものの、女性の扱いの方はからっきしのようである。

 美麗な顔面とは裏腹に、中身は面倒臭いだけの長兄とは違い、次兄は、養父の次くらいにはいい男になれそうなので、もっと頑張ってほしいものだ。

 他愛もないことをシャルロッティが考えていると、次兄の(まと)う空気が変わった。

 より、鋭く。


 風切り音。

 何かが地面に刺さる音。


 そうして、空気が緩む。

 訓練を受けていないシャルロッティが、何も把握できないうちに、起こった何かは終わってしまった。

「兄上?」

「シャルロッティ、食材が増えたぞ」

 頭に疑問符を浮かべるシャルロッティに、次兄は満足気な笑みを浮かべながら宣言した。


 ◆◆◆


 ぱちり、と。

 明々と燃える炎の中で、薪が音をたてた。

 次兄と一緒に用意した焚火の前で、シャルロッティは次兄から渡された串焼きを、もぐもぐと咀嚼(そしゃく)していた。

 小骨が多い為、慣れないシャルロッティには、少々食べ辛い。

 鱗ごと皮を()いだ後の肉は淡白で、次兄と一緒に採取した香草がなければ、少し物足りなく感じたかもしれない。

 次兄がナイフの投擲(とうてき)によって仕留めた蛇は、次兄の手によって串焼きに変身した。

 因みに、シャルロッティが手伝ったのは焚火の準備だけで、蛇を(さば)くのは手伝わせてもらえなかった。

 次兄曰く、刃物を使い慣れていないから、まだ早いとのこと。

 確かに、シャルロッティは人の刺殺し方は知っていても、肉の斬り方は知らない。

 だから仕方なく、シャルロッティは次兄が蛇を(さば)くのを観察していたのである。

 蛇と言うのは、野外では比較的見つけやすい食材であるから、その扱い方を知っておくに越したことはない。

「シャルロッティ、蛇を食べるときは、寄生虫に気をつけろ。 体調を崩しては、元も子もないからな」

 ナイフ一本だけで、雪山でも単独で生存できる次兄の言葉に、シャルロッティは頷く。

 経験者の言葉は、重いのだ。

 串焼きを食べ終えると、シャルロッティは木の実を煮込んだスープに口をつける。

 塩を振っただけのスープは、はっきり言って、美味しい訳ではない。

 だが、日が暮れ、少し肌寒くさえある屋外では、スープの温かさが身に染みる。

 慣れないことをして、シャルロッティはすっかりくたびれていた。

 別に何もかもを自力でどうにかした訳ではなく、薪は前もって用意されていたし、鍋やら天幕やらと言った必要な道具は完備されている。

 軍の行軍演習に比べれば、シャルロッティの野営など、お遊びの様なものだろう。

 シャルロッティが行ったことと言えば、食材集めと、焚火の準備の手伝いくらいだ。

 火打石で火をつけるのには、酷く難儀したけれど。

 自分よりも色々とやっていて、それでも疲れた様子もない次兄を見れば、日々の積み重ねは大事だと、シャルロッティはしみじみ感じてしまう。

 ……正直、降雪のある冬に大規模な軍事行動を起こす国は無いので、次兄には、雪山で生存する為の訓練は必要なかったのではないかと思うが。

 腹が満たされてきた途端、シャルロッティに、猛烈な眠気が襲いかかった。

 次兄に火の始末の仕方を教えてもらわねば、と思うのに、(まぶた)がシャルロッティの言うことを聞かない。

 気を抜けば、がっくんと、頭が落ちてしまう。

 次兄の柔らかな苦笑が、その夜の記憶の最後。


 気が付けば次の日の朝になっており、寝袋越しとは言え、固い地面の上に寝そべっていたシャルロッティは、身体の節々の痛みに悩まされることになった。




 ――予算の関係で執務室に缶詰になっていた長兄は、兄妹の中で一人だけ仲間はずれにされたことを根に持ち、しばらく面倒くさかった。

 蛇足であるが、シャルロッティのなんちゃって野営について、次兄に苦言を呈した貴族は、直近の行軍演習に強制参加することになったようである。

 ……そこで、次兄に、虫を片手に迫られたり迫られなかったりで、泣いて逃げ帰った者もいたらしいが、シャルロッティには関係ないことだ。


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