閑話 老大公と第二王子 その二
*おじいちゃん視点
白黒の盤上で、白と黒の駒が、互いの王へと向かって歩を進める。
遊戯盤の外でも繰り広げられる、熾烈な頭脳戦に、老大公は知らず、笑みを浮かべていた。
養女であるシャルロッティは、ひん曲がっているようで根は単純だが、ラザロスの方は、単純なようでいて、思考を読むのは難しい。
独特な思考回路に加え、野性の勘が神懸かっているので、真面目に分析しようとすると馬鹿を見るのである。
行動の予想がつかないからこそ、ラザロスとの対戦は、彼にとって中々に愉快なものだったが。
「ねえ、ラザロス」
「どうしましたか、先生」
ふと気になって、老大公は教え子に問いかける。
「――シルキーって、その格好で大丈夫なのかい?」
「リラックスしてこの状態ですから、大丈夫だと思いますよ」
遊戯盤を置いてあるテーブルは小さなもので、彼からは、背筋を伸ばして座っているラザロスの膝もよく見える。
当然、教え子の膝の上で、でろんと伸びきっているシルキーの姿も丸見えだ。
つぶらな瞳が何とも愛嬌を醸し出すふわもこワンコは、顎を撫でるラザロスの手がそんなに気持ちが良いのか、顔に至福の表情を浮かべ、腹を丸出しにしている。
また、シルキーは時折、あふ~、とか、はへ~、とかという、間の抜けた奇声を上げていた。
玄関では、野生丸出しで熊を食べていたらしいのに、その野性が行方不明である。
そして、奇形ワンコ集団の中では小柄なシルキーは、しかし、ラザロスの膝の上で寝そべるのは、見るからに無理があった。
彼女はふにゃふにゃになって、背を豪快に反らしているのだが、猫ならともかく、犬の骨格的に大丈夫そうには見えない。
まあ、シルキーの顔を見る限り、問題はないのであろうが。
「懐かれたね~」
「ええ」
老大公の感想に頷くラザロスの声は、万感が籠ったものだった。
ラザロスの動物遍歴は、女性と同じく普通に悲惨だ。
大概の動物に怯えられるラザロスの体質は、誰にもどうにもできない類のものだから、仕方がないと言うしかないのだが。
初めから怯えられていては、仲良くしようにもどうにもならないし、軽く心が折れそうになるらしい。
――それにしては、懲りずに犬猫を拾ってきては、しょんぼりしながらシャルロッティに飼い主を探してもらっていたけれど。
それが。
無駄に偉そうなアストゥラビの他に、初めて自発的に近寄ってくれ、モフらせてくれ、名前を付けさせてくれたのだ。
自分よりも身体が大きかろうが、傷跡のせいで強面だろうが、奇形だろうが、十匹もいようが、――有頂天になって拾ってくるのも仕方があるまい。
幸せそうにシルキーと戯れるラザロスを前に、老大公はしんみりした。
懐いてもらえて、本当に良かったね……。
隣国からやってきた、奇形ワンコ集団に対し、突っ込みたがる者は何かと存在するが、自分は優しく見守ってやろう。
妻の癒し担当のシルキーを筆頭に、どのワンコも役に立っていることだし。
……ラザロスは、動物とは絶望的に相性が悪いと思っていたが。
老大公は、顎に手を当て、思索を巡らす。
案外、神獣の原種に近い獣とは、仲良くなりやすいのかもしれない。
アストゥラビの方はビミョウだが、奇形ワンコ集団は、ラザロスを主と認識しているし。
二度あることは三度あると言うから、また、神獣の先祖返りか何かが、ラザロスの方に寄ってくる可能性もある。
丁度、ラザロスの親友が、巨鳥に攫われて行方不明になっているし。
老大公の記憶した知識が正しければ、彼が消息を絶った国の近隣の海洋国家に、海神に仕えた神鳥の末裔が住まう島があった筈だ。
当然禁足地なので、人探しの名目なんぞで、外国人がほいほいと分け入れる場所ではない。
因みに、この件に関して、ラザロスは親友を全く心配していない。
身分を超えて親友を得られることは難しいのだから、ちょっとは親友を大切にすればいいのにと彼は思うが、ラザロス曰く、死んでる気がしないらしい。
老大公は、余人には根拠がゼロにしか見えない、ラザロスの確信が外れたのを見たことが無いので、きっとまあ、彼の親友は無事であるのだろう。
ああ、動物と言えば。
「――ラザロス、この間の獣遣いから話が引き出せなかった原因は、結局分かったのかい」
老大公の問いに、騎士団長の顔から、すっと、笑みが消えた。




