次期大公、お悩みをえぐられる
冬でもないのに、季節外れの木枯らしが吹いているのを、シャルロッティは感じた。
それもこれも、神剣を神器扱いしない、次兄のせいに違いない。
「――まあ、神剣に関しては、置いておくとして」
「兄上、置いておかないで下さい」
「大公殿や、ヨアナ殿をあまり待たせておくのも、どうかと思うのだ」
「そうですねっ!」
シャルロッティは、次兄の神器の扱いについて、すぐさま遠くの方へぶん投げた。
神官達の嘆きや、神剣の威信よりも、お義姉様の方が大事だ。
次兄は、ぺろりと熊を平らげた、ワンコ達を見やる。
「手間をかけさせるが、スカー達を水浴びさせて貰えないだろうか?
今の姿では、大公殿はともかく、ヨアナ殿には刺激が強すぎると思うのだ」
血みどろワンコ達は、刺激が強すぎるどころか、気の弱い者は、すぐさま回れ右して逃亡するような迫力である。
特に、スカーが。
「そうですね、――では、アレス、この子達を頼みますよ」
「えぇっ?!」
青い顔で大声を上げた護衛兼侍従見習いに、シャルロッティは、眉をひそめる。
まだまだ、人前に出すには研修が足りなかったらしい。
「ユニとシルキーを、いつも貴方が洗っているでしょう。
それに、スカーが付いてきたぐらいで、どうして取り乱す必要があるのですか?」
「いや、スカーは身体が大きいから、洗う時は時間がかかるのだ。
まだ半人前の自覚があるなら、仕方がないだろう」
半眼になるシャルロッティに、次兄がフォローを入れたが、――問題は、そこではない……。
王家の三兄妹は、かなり特殊な育ち方のせいで、感覚がヘンな方向に豪快にずれているのだが、残念な事に当人の自覚は希薄だ。
半分べそをかいているアレスの後ろに、血みどろワンコ達が付いていくのを見送り、シャルロッティは家令に貰った肉を預けた。
「兄上、これからは、玄関が汚れる様なおやつを持ってくるのは、控えてくださいね」
獲りたてほやほやなおやつのせいで、大公家の屋敷の玄関前は、何処の猟奇的殺人事件の現場だと、突っ込みたくなるような有様だ。
家令に、清掃を指示したものの、はて、次兄が帰るまでに、痕跡を消しきれるものなのか。
「何も知らないお義姉様が見たら、驚いてしまいますもの」
「……うむ、気をつけるのだ」
シャルロッティの言葉に、次兄も反省したらしく、頭を掻きながら目を泳がせた。
そして、二人の兄妹は、ようやく屋敷の中に入っていったのである。
◆◆◆
次兄が真顔で掲げた酒瓶の中に突っ込まれていたのは、――蛇だった。
所謂、蛇酒というやつだ。
酒に漬けられている蛇は、特徴から推測するに、砂礫混じりの土地に生息するという岩蛇だろう。
いや、その前に――
「……その岩蛇を捕まえるときに、神剣を使ったんだね……」
呆然と問いかけた養父に、次兄が頷く。
「ええ、転がって来た岩が斬れたので、地面も斬れるかと思いまして。
お陰で、岩蛇が楽に捕獲できました」
「えぇ~……」
次兄が、神剣で地面を掘り起こしたのは、養父へのお土産を獲る為だったらしい。
思いもよらぬ罰当りな産物に、養父は片手で顔を覆った。
それはそうだろう。
蛇酒は古くから医薬品として扱われており、特に岩蛇のそれは薬効が高いと珍重されているが、スコップの代わりに神剣で地面を掘ったと言われて、素直に喜べるはずがない。
岩蛇よりも、神剣は大事にされてしかるべきなのに。
神官達の心労が悪化するので、このことは秘密にしておこうと、シャルロッティは、壁際に待機する執事長にそっと目で合図を送った。
次兄が、養父とお義姉様にもお土産を持ってきたと言うので、二人が待っていた部屋に連れてきた訳だが、……どうして初っ端から、暴投まがいの変化球がくるのだろうか?
「――それと、ヨアナ殿のは、迷ってしまって増えたのだ」
そう言いながら、次兄は、テーブルの上にお土産を転がしはじめる。
植物の根っこ、鉱石、皮袋に入ったナニカetc.……
当然ながら、妙齢のご婦人への土産にするべき代物ではないと、一目で分かるラインナップだ。
何だか分からない品々に、お義姉様も反応に困り果てていた。
最後に、根の部分を麻布で覆った花を置いた次兄は、やり遂げた顔をしていたが、一体何をしたかったのか。
「義姉上と、スタマティア殿から、女性へのお土産は、菓子か花が定番だが、化粧品や小物も良いと聞いたのだ。
シャルロッティは、腕の良い薬師や染め物職人を支援していたから、これで作らせると良い。
それなりに品質の高い材料を、獲って来たつもりだから」
まさかの原材料。
我に返ったシャルロッティが、テーブルの上のお土産の数々と、頭の中の知識を照らし合わせれば、確かに、化粧品や染料の材料として使用されるものばかりだ。
因みに、スタマティア、というのは、次兄の文通友達の老婦人だ。
古き名門の侯爵夫人にして、女流作家でもある異色のご婦人は、その立場上、交友範囲が広く、流行にも詳しい。
文通友達から貰ったと、次兄が、懐から客を選ぶ類の服飾店や宝飾店の紹介状を取り出して、シャルロッティに渡してきたが、絶対夫人の意図とは違う。
「…………兄上…………」
シャルロッティは、次兄を見上げた。
「――成長、なさったのですね……」
次兄の思わぬ成長ぶりに、シャルロッティはそっと目頭を押さえた。
赤子が、初めて立ち上がった時の感動というのは、このようなものなのか。
次兄のポンコツ仕様は相変わらずだが、女性へのお土産を吟味しようと助言を仰ぐなんて。
結果的に、助言が残念な方向に吹っ飛んで行ったが、次兄だから仕方があるまい。
どうせ、肉か薬草系だろうと高を括っていて、申し訳ない。
――だが、言わなければいけない事がある。
「兄上、どうして私へのお土産を、お義姉様と一緒にして下さらなかったのですかっ?!
どうせなら、お義姉様と一緒が良いですっ!!」
頬を膨らませるシャルロッティに、次兄は首を傾げた。
「だから、肉をやっただろう」
「は?」
次兄は、優しさの籠った眼差しを、シャルロッティの胸に向けた。
どう言い繕ってもぺったんこのそこは、未だに成長の兆しが見えず、お義姉様と――義姉である王太子妃程ではないが――一緒になる道は遥かに遠い。
「肉を食べて、鍛えれば、ヨアナ殿と同じくらいに育つのだ」
「……私が欲しいのは、筋肉ではなくて、脂肪の方です……」
優しい笑顔で、ぐりぐりと頭を撫でてくる次兄に、シャルロッティは地を這うような声で訂正を入れた。
シャルロッティへの土産の中に、義姉上に聞いた、大きくなるぞ、とレタスも入っていたらしいが、大きなお世話だ。
肉との物々交換でレタスを手に入れた次兄に、貨幣の存在意義を問いたくなってくる。
――脳筋に、乙女の悩みが分かって堪るか。
ぷるぷると震えるシャルロッティに、次兄は笑顔で親指を立てる。
「知らないのか、シャルロッティ。
筋肉は、放っておくと、脂肪になるのだぞ」
「――何ですかその筋肉万能論はっ?!」
*次兄的お胸の成長法*
胸筋を鍛える
→胸筋を鍛える
→しばらく放置
→筋肉が脂肪に代わってあら、不思議っ!
*あくまで、次兄の考えです




