表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/59

次期大公、お悩みをえぐられる

 冬でもないのに、季節外れの木枯らしが吹いているのを、シャルロッティは感じた。

 それもこれも、神剣を神器扱いしない、次兄のせいに違いない。

「――まあ、神剣に関しては、置いておくとして」

「兄上、置いておかないで下さい」

「大公殿や、ヨアナ殿をあまり待たせておくのも、どうかと思うのだ」

「そうですねっ!」

 シャルロッティは、次兄の神器の扱いについて、すぐさま遠くの方へぶん投げた。

 神官達の嘆きや、神剣の威信よりも、お義姉様の方が大事だ。

 次兄は、ぺろりと熊を平らげた、ワンコ達を見やる。

「手間をかけさせるが、スカー達を水浴びさせて貰えないだろうか?

 今の姿では、大公殿はともかく、ヨアナ殿には刺激が強すぎると思うのだ」

 血みどろワンコ達は、刺激が強すぎるどころか、気の弱い者は、すぐさま回れ右して逃亡するような迫力である。

 特に、スカーが。

「そうですね、――では、アレス、この子達を頼みますよ」

「えぇっ?!」

 青い顔で大声を上げた護衛兼侍従見習いに、シャルロッティは、眉をひそめる。

 まだまだ、人前に出すには研修が足りなかったらしい。

「ユニとシルキーを、いつも貴方が洗っているでしょう。

 それに、スカーが付いてきたぐらいで、どうして取り乱す必要があるのですか?」

「いや、スカーは身体が大きいから、洗う時は時間がかかるのだ。

 まだ半人前の自覚があるなら、仕方がないだろう」

 半眼になるシャルロッティに、次兄がフォローを入れたが、――問題は、そこではない……。

 王家の三兄妹は、かなり特殊な育ち方のせいで、感覚がヘンな方向に豪快にずれているのだが、残念な事に当人の自覚は希薄だ。

 半分べそをかいているアレスの後ろに、血みどろワンコ達が付いていくのを見送り、シャルロッティは家令に貰った肉を預けた。

「兄上、これからは、玄関が汚れる様なおやつを持ってくるのは、控えてくださいね」

 獲りたてほやほやなおやつのせいで、大公家の屋敷の玄関前は、何処の猟奇的殺人事件の現場だと、突っ込みたくなるような有様だ。

 家令に、清掃を指示したものの、はて、次兄が帰るまでに、痕跡を消しきれるものなのか。

「何も知らないお義姉様が見たら、驚いてしまいますもの」

「……うむ、気をつけるのだ」

 シャルロッティの言葉に、次兄も反省したらしく、頭を()きながら目を泳がせた。

 そして、二人の兄妹は、ようやく屋敷の中に入っていったのである。


 ◆◆◆


 次兄が真顔で掲げた酒瓶の中に突っ込まれていたのは、――蛇だった。

 所謂(いわゆる)、蛇酒というやつだ。

 酒に漬けられている蛇は、特徴から推測するに、砂礫(されき)混じりの土地に生息するという岩蛇だろう。

 いや、その前に――

「……その岩蛇を捕まえるときに、神剣を使ったんだね……」

 呆然と問いかけた養父に、次兄が(うなづ)く。

「ええ、転がって来た岩が斬れたので、地面も斬れるかと思いまして。

 お陰で、岩蛇が楽に捕獲できました」

「えぇ~……」

 次兄が、神剣で地面を掘り起こしたのは、養父へのお土産を獲る為だったらしい。

 思いもよらぬ罰当りな産物に、養父は片手で顔を覆った。

 それはそうだろう。

 蛇酒は古くから医薬品として扱われており、特に岩蛇のそれは薬効が高いと珍重されているが、スコップの代わりに神剣で地面を掘ったと言われて、素直に喜べるはずがない。

 岩蛇よりも、神剣は大事にされてしかるべきなのに。

 神官達の心労が悪化するので、このことは秘密にしておこうと、シャルロッティは、壁際に待機する執事長にそっと目で合図を送った。

 次兄が、養父とお義姉様にもお土産を持ってきたと言うので、二人が待っていた部屋に連れてきた訳だが、……どうして(しょ)(ぱな)から、暴投まがいの変化球がくるのだろうか?

「――それと、ヨアナ殿のは、迷ってしまって増えたのだ」

 そう言いながら、次兄は、テーブルの上にお土産を転がしはじめる。

 植物の根っこ、鉱石、皮袋に入ったナニカetc.……

 当然ながら、妙齢のご婦人への土産にするべき代物ではないと、一目で分かるラインナップだ。

 何だか分からない品々に、お義姉様も反応に困り果てていた。

 最後に、根の部分を麻布で覆った花を置いた次兄は、やり遂げた顔をしていたが、一体何をしたかったのか。

「義姉上と、スタマティア殿から、女性へのお土産は、菓子か花が定番だが、化粧品や小物も良いと聞いたのだ。

 シャルロッティは、腕の良い薬師や染め物職人を支援していたから、これで作らせると良い。

 それなりに品質の高い材料を、獲って来たつもりだから」


 まさかの原材料。


 我に返ったシャルロッティが、テーブルの上のお土産の数々と、頭の中の知識を照らし合わせれば、確かに、化粧品や染料の材料として使用されるものばかりだ。

 (ちな)みに、スタマティア、というのは、次兄の文通友達の老婦人だ。

 古き名門の侯爵夫人にして、女流作家でもある異色のご婦人は、その立場上、交友範囲が広く、流行にも詳しい。

 文通友達から貰ったと、次兄が、懐から客を選ぶ類の服飾店や宝飾店の紹介状を取り出して、シャルロッティに渡してきたが、絶対夫人の意図とは違う。

「…………兄上…………」


 シャルロッティは、次兄を見上げた。


「――成長、なさったのですね……」


 次兄の思わぬ成長ぶりに、シャルロッティはそっと目頭を押さえた。

 赤子が、初めて立ち上がった時の感動というのは、このようなものなのか。

 次兄のポンコツ仕様は相変わらずだが、女性へのお土産を吟味しようと助言を仰ぐなんて。

 結果的に、助言が残念な方向に吹っ飛んで行ったが、次兄だから仕方があるまい。

 どうせ、肉か薬草系だろうと(たか)(くく)っていて、申し訳ない。


 ――だが、言わなければいけない事がある。


「兄上、どうして私へのお土産を、お義姉様と一緒にして下さらなかったのですかっ?!

 どうせなら、お義姉様と一緒が良いですっ!!」

 頬を膨らませるシャルロッティに、次兄は首を傾げた。

「だから、肉をやっただろう」

「は?」

 次兄は、優しさの(こも)った眼差しを、シャルロッティの胸に向けた。

 どう言い(つくろ)ってもぺったんこのそこは、(いま)だに成長の兆しが見えず、お義姉様と――義姉である王太子妃程ではないが――一緒になる道は(はる)かに遠い。

「肉を食べて、鍛えれば、ヨアナ殿と同じくらいに育つのだ」

「……私が欲しいのは、筋肉ではなくて、脂肪の方です……」

 優しい笑顔で、ぐりぐりと頭を撫でてくる次兄に、シャルロッティは地を()うような声で訂正を入れた。

 シャルロッティへの土産の中に、義姉上に聞いた、大きくなるぞ、とレタスも入っていたらしいが、大きなお世話だ。

 肉との物々交換でレタスを手に入れた次兄に、貨幣の存在意義を問いたくなってくる。


 ――脳筋に、乙女の悩みが分かって(たま)るか。


 ぷるぷると震えるシャルロッティに、次兄は笑顔で親指を立てる。

「知らないのか、シャルロッティ。

 筋肉は、放っておくと、脂肪になるのだぞ」

「――何ですかその筋肉万能論はっ?!」



*次兄的お胸の成長法*

胸筋を鍛える

→胸筋を鍛える

→しばらく放置

→筋肉が脂肪に代わってあら、不思議っ!


*あくまで、次兄の考えです



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ