次期大公、肉を貰う
「おお、そうだ」
血みどろでおやつを食べている、ワイルドワンコ達をほっこり見守っていた次兄が、思い出したように手を打った。
「土産を色々と獲って来たのだ」
毎度のことながら、土産を『獲って来る』のはどうなのか。
王族なら、もう少し経済活動に参加すればいいのにと、シャルロッティは思う。
次兄は、野生丸出しで熊を食べているどデカワンコに、おもむろに歩み寄ると、彼女の背に括り付けてあった荷物を外しだした。
仮にも、女神の守護者の末を荷物持ち扱い。
それでいいのかと、シャルロッティは半眼になるが、次兄もスカーも気にしていないらしい。
因みに、神馬の末裔の方は、人以外は鞍ぐらいしか乗せたがらず、荷物を運ばせようとすれば、人参や林檎を要求してくるという。
頑丈そうな鞄や籠を地面に下すと、次兄はドヤ顔でシャルロッティに紙包みを差し出す。
「ホルホル鳥の肉だ。
食べ頃なのだ」
「ありがとうございます……」
次兄が持ってくる肉は、美味しい。
食いしん坊の親友が、美味しく頂かなければ肉に失礼だと、泣きながら力説したことがあったらしく、下処理も保存状態も完璧である。
が、ナニカがおかしいと感じつつ、シャルロッティは肉を受け取った。
「……兄上、解体はどうやっておこなったのですか?
神剣以外の刃物は、持てなくなったのでしょうに」
そう言えば、愛用の狩猟用の短刀もおじゃんになったというのに、どうして次兄は塊肉を持参できたのか?
次兄が狩猟に連れて行ったのは、愛馬と愛犬だけで、獲物の解体要員はいなかった筈だ。
そも、アストゥラビは次兄以外の人間を乗せる気になることは無いし(次兄が担ぐ分には問題無いようだが)、本気を出した天馬の先祖返りに追従できるのは、スカーぐらいだ。
油紙の上から触って確認してみたが、肉の表面は滑らかで、鏃でめった刺しして頑張った様には見受けられない。
……図体のでかい神剣で頑張ったのだろうか?
――それとも、どデカワンコの爪でやらせたのか……?
ワンコの爪は、流石に不衛生だろうと思いつつ、シャルロッティが見上げると、次兄はビミョウな表情になった。
困った様な、喜ぶべきか、判断しかねる様な。
「ああ……」
そして、次兄は、腰に佩いていた神剣を、鞘から抜き払う。
その存在感だけで、その場の空気を容易く塗り替える、緋色の刃。
どうしてこれで、火を付けたり、地面に穴を掘ったり、鍋をかき回す発想に至るのか、シャルロッティには意味が分からない。
次兄はそっと瞑目し、万感を一言に吐き出した。
「――意外に便利だったのだ、これは」
「は?」
ふっと。
変化は一瞬。
シャルロッティは、目を見開く。
――ちっちゃくなっちゃったっっっっっ?!!!
ここまで驚愕したことは、シャルロッティのあまり長いとは言えない人生の中でも、そうそうない。
次兄に残念極まりない扱いをされる神剣に、これっぽっちも期待をしていなかったせいもあるだろう。
子供のシャルロッティには、奉げながら持ち歩くのが大変だった、大振りな刀身は、次兄の中で、彼の掌程の長さまで縮んでしまっていたのだ。
しかも、両刃だったはずの剣は、次兄が愛用していた狩猟ナイフと同じ片刃となっている。
「便利なのだがなぁ……」
人の手で作られた器物にはあり得ぬ、形態変化機能。
思いもよらぬそれに、あっけにとられたシャルロッティを余所に、次兄はうんうんと唸る。
「――何かが違うと思うのだ」
「違うのは、ラザロス兄上の思考回路だと思います」
次兄のアホな発言に、シャルロッティは容赦なく突っ込みを入れた。
一体、ナニがドウ違うのだ。
「同じものは作れないのに、こう、便利でも意味がないだろう。
確かに、荷物が減るのは良い事だが、道具が複数あれば、事足りるものでもある。
祖神も、面倒な道具を遺してくれたものだな。
これ以外の道具が使えなくなるのも、どうかと思うのだ。
――剣どころか、火打石も、代わりに火を熾そうとした木の枝も燃えたのだぞ……」
未だに、神剣を先祖のお古扱いして憚らない次兄に、シャルロッティは眩暈を覚える。
神官達が心労で禿げそうなので、もっと自重してほしいのだが。
……何度元の場所に戻しても、次兄に憑りつく神剣の状態を、達観しきった目の神官長が、滂沱の涙の流しながら、誤作動とか言ってしまったのに。
後、シャルロッティは、神剣に次兄が呪われたとばかり思っていたが、何だか違う気がしてきた。
――貴方方さえいなくなれば、王太子殿下はもっと自分を頼ってくれるとか抜かしながら、シャルロッティと次兄に刃を向けたキチガイを思い出してしまう。
確か、こういうのをヤンデレとか言ったか。
……流石兄弟、と言って良いのだろうか?
吸引したのが、長兄とは違って、生物どころか無機物なあたり、やっぱり次兄としか評しようがないのだけれども。
*ホルホル鳥
ホルホルという鳴き声が特徴的な鳥。
森林に生息しており、王家所有の狩場でも目撃されている。
大型の鶏並みの体躯に似合わず、非常に俊敏。
恐ろしく美味だが、罠などで捕まえると、暴れて味が落ちてしまう。
次兄は、矢で即死させるため、美味しい肉を確保できる。




