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次期大公、ご乱心する

*途中で視点が変わります

 入浴中のシャルロッティは、ふと、自分の胸に手を置いた。

 柑橘(かんきつ)の精油を垂らした湯船の湯は透明で、自分の身体を観察するのに支障はない。


 ――うん、絶壁だ。


 大人への階段を登り始めた(はず)なのに、未だに変化の(きざ)しが見えない部位に、シャルロッティは首を傾げる。


 はて、お義姉様とお(そろ)いになる予定なのに、成長が始まらないのは、何故だろう?


 主神の寵愛(ちょうあい)を受け、王家の鬼子と恐れられようとも、シャルロッティは人の子だ。

 如何(いか)に万巻の書に通じようが、自分の身体の成長過程やその結果など、分からないものは分からない。

 ただ、その事に何となくもやっときたシャルロッティは、成長促進に関する知識を探して、小さな頭に収めた記憶をひっくり返し始めた。


 ◆◆◆


「――え……?」


 侍従見習いのアレスは、思わず、間の抜けた声を()らした。

 耳にした言葉を理解できなかったのだ。

 ……正確には、理解するのを、無意識に拒否したと言うべきか――。


「アレス、おかしな顔をしていないで、早く胸を()みなさい」


 うん、空耳でも何でもなかった。


 理解不能の現実に、アレスの瞳から光が消えた。


 薄い寝間着を着た姫君は、不満気な顔で寝台に腰掛け、真珠の(はだ)の素足をプラプラさせている。

 広い寝室で、しかし、いるのはアレスと雇い主だけである。

 アレスは自分の胸を()む趣味は無いし、オヒメサマに、他人が自分の胸を揉むのを見る趣味は無いと信じたいので、彼が命じられているのは、――まあ、そいうことだ。


 だが、一つ言わせてほしい。


「――姫様、揉む胸無いだろっ?!!!」

「――これから育てるんですっっっ!!!」


 アレスの渾身(こんしん)の突っ込みに、次期大公は真っ赤になって立ち上がった。


「どうやってっ?!」

「だから、胸を揉めと命じているのですっ!

 ――元帥が、揉めば胸が大きくなるって、言っていましたからっ!!」


 オヒメサマが、助言を(あお)ぐ相手を間違えている件について……。


 元帥とは、アレだ。

 騎士団の皆さんがよく話している、戦闘狂の事だろう。

 団長がポンコツ仕様になった元凶で、戦うのが大好き過ぎて主神の寵児(ちょうじ)(つぶ)して回って、アレスも見つかったら終わりだからマジやべえすぐに逃げろその前に見つかるなと(むし)ろアレスの肩を(つか)む副団長さんの顔が怖かった――。


 と、悪寒を感じ、アレスは身を震わせる。

 あれ? これ以上戦闘狂の事を考えると、途轍(とてつ)もなく悪い事が起こる気が……。

 顔を青くしたアレスを余所(よそ)に、次期大公は地団駄(じたんだ)を踏んでいた。

「お胸もお義姉様とお揃いにするんですっ!

 成長を促す為に必要な事なのですから、早く胸を揉みなさいっ!」


 シスコンを(こじ)らせ過ぎな雇い主に、だが、アレスが言えるのは一つだけだ。




「――無理っっっ!!!」




「ええっ?!

 何を言っているのですか、別に難しいことは――」

「――姫様、無理だからぁぁぁぁぁぁっっっ――――――――!!!」


 迫るオヒメサマから、アレスはべそをかきながら逃走を選択した。

 末姫様の命令に従ったら、確実に色々と終わる。

 大公家の見習い生活とか、これからの安寧とかが。

 ……そして、ついでに命も終わりそうだ……。


「――ユニっ!

 アレスを確保しなさいっ!!」

 護身用の金属棒で行く手を(はば)む扉をぶち抜き、わき目も振らずに遁走(とんそう)するアレスを、団長から預かった一つ目ワンコが追いかけてくる。

 神の犬の血を引くだか何だか知らないが、ワンコ(ごと)きに人生を()まされてはたまらない。

 イロイロなモノが掛かっているアレスは、死に物狂いで足を動かす。


「だ、だんなさまぁ~~~~~~~~~~~~っっっっ!!!!」


 大公家の屋敷に、某侍従見習いの悲鳴が響き渡った。


 ◆◆◆


「――お義姉様とお揃いが良いんですっ!!

 どうしたらそこまで育つのですかぁっ?!!」

 泣きながら妻の胸をべたべた触る養女に、老大公は目頭を押さえた。

「……まあ、隣の芝生は青く見えるって言うよね……」

「隣ではありませんっ!!

 お義姉様のが良いのですっ!!!」

 叫ぶ養女に、妻は困り果てた表情で(ほお)に手を当てた。

 当然だ、この世には、個人差と言う徒人(ただびと)には決して超えられぬ壁があるのだ。


 ――(ちな)みに、この国の王族は、すらりとした体型を好む傾向が強く、現在の王太子妃の様な肉感的な女性は、王妃の中では少数派だ。

 そして、付け加えると、養女の実母も、瞳以外は養女に生き写しである彼の母親も、貧にゅ――華奢(きゃしゃ)な体付きをしていたのであった。


 ――まだ希望を見失っていない養女に、多くは語るまいと、老大公はそっと目を閉じる。


 子供とは、(すべか)らく夢を持つ権利があるのだ。


 老大公は、慈愛が(こも)った笑顔を養女に向けた。


「シャルロッティ、お肉を食べれば、きっと育つと思うよ」

「――お義父様、ラザロス兄上の様な事を言うのは、止めて(いただ)けませんかっ?!」



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