次期大公、ワンコに名前を付けてもらう
テテテテッテッテ~ン
一つ目はユニにかいめいした!
テテテテッテッテ~ン
三つ脚は三華(サラーサ=バトラ)にかいめいした!
テテテテッテッテ~ン
縮れ耳はチシャにかいめいした!
テテテテッテッテ~ン
二つ尾は尾裂きにかいめいした!
テテテテッテッテ~ン
ベロ出しは吟遊詩人にかいめいした!
テテテテッテッテ~ン
チビは雀にかいめいした!
テテテテッテッテ~ン
六つ指は雪にかいめいした!
デロデロデロデロデロデロデンデロリンッ
毛玉は蒲公英にかいめい
する
しない←
デロデロデロデロデロデロデンデロリンッ
毛玉は玉にかいめい
する
しない←
毛玉はかいめいをきょひしている!
「……毛玉は、毛玉が良いのだ……」
「駄目です。
皆、改名したのだから、その子もやりましょう。
仲間はずれはいけません」
「スカーは改名していないだろう」
次兄の前で、腰に手を当てて仁王立ちしていたシャルロッティは、無作法にも舌打ちした。
脳筋の癖に、どうして肝心な時に言い包められないのだ。
後、大の男がワンコを抱きしめて拗ねても、全然可愛くないのだが。
次兄の手により、ほわほわ毛玉からワンコに戻った毛玉(仮)は、改名を断固拒否し、床の上に腰を下ろした次兄に、しがみついて離れようとしない。
騒ぐ長兄に辟易した次兄が、毛を長めに残した為、現在の毛玉(仮)は、実に触り心地の良さそうなふわもこ具合だ。
ふわもこワンコと熱い抱擁を交わしているなんて、羨ましくもなんともないが、次兄は抱擁してくれる彼女をそろそろ見つけたらよいと思う。
ふわもこワンコは、自分毛玉だもん、毛玉なんだもん、と言いたげに、クインクインと情けない鳴き声を上げていた。
改名がそんなに嫌なのが、ふさふさとした尻尾は哀れっぽく丸まっている。
ジト目で睨むシャルロティから、次兄はふいと目を逸らす。
反省の色が見られない次兄に、シャルロッティは、額に青筋を浮かべた。
そもそも、この脳筋のせいで、他のワンコ達の改名に苦労することになったのだ。
シャルロッティだって、前もって、ワンコ達の為の素敵な名前候補を色々と考えていた。
が、残念過ぎる名前を付けられたとは言え、次兄はワンコ達の中で高い地位に分類されているらしい。
その為、次兄が命名した名前に掠りでもしていないと、受け入れてくれなかったのである。
――自分が拾ってきたワンコ達の改名を受け入れようとしない、器の小さい次兄の顔色を窺うなんて、何て健気なワンコ達なのか。
新しく付けた、ユニ、三華(サラーサ=バトラ)、チシャ、尾裂き、吟遊詩人、雀、雪というワンコ達の名は、シャルロッティと長兄夫妻の、知識と頓智とこじ付けを駆使した産物だ。
因みに、オスフールは、雀の様に小さくてちょこまか動いているから、で押し通し、シャイルは
→ハチドリも、シャイルと同じで舌が長い。
→ハチドリは、食事の際、その長い舌を出して花の蜜を吸う。
→ハチドリ名称は、異国の言葉だと『Hummingbird』。
→『Humming』には、『鼻歌』の意味がある。
→歌うなら、吟遊詩人もそうだね。
→吟遊詩人は、義姉の故国の言葉だと『シャイル』。
の連想ゲームで言い包めた。
まあ、少しばかり単純な名前もあるが、脳筋が考えたものよりは、絶対ましである。
そして、脳筋が頑張って捻ったスカーは大目に見てやるとして、毛玉の方は当のワンコが気に入ってしまっているらしい。
毛玉などと言う名前を気に入るとか、ちょっとアホの子が入っているのかもしれないが、シャルロッティ達はここまで頑張ったのだ。
ふわもこワンコには、是が非でも改名を受け入れてもらわねば。
拳を握りしめるシャルロッティの耳に、お義姉様入室の知らせが届いた。
大変だ、お義姉様に機嫌の悪いところを見せて、心配なんかさせられない。
「殿下方、ご歓談中のところ失礼いたします」
顔を見せたお義姉様に、シャルロッティは、星や花を飛ばすようなキラキラ笑顔を向ける。
何故か、ワンコ達がビクッとなり、次兄が呆れと感心が入り混じった表情を浮かべた。
「お義姉様!
急にいらっしゃって、どうなさったのですか?」
対お義姉様仕様の無邪気な仕草で、シャルロッティは可愛らしく首を貸しける。
長兄が口元を押さえて、あらぬ方向を向いたが、どうしたことやら。
「旦那様に、珍しい犬をラザロス殿下が連れていらっしゃったから、代わりに見てほしいと頼まれたの」
ふんわりと微笑んだお義姉様は、少し戸惑ったように、音も無く寄って来たワンコ達を見回す。
「……本当に、個性的な子ばかりですね」
基本的に、王侯貴族が喜ぶのは見た目と血統を重視した個体の為、基準から外れる奇形ワンコばかりが集まるのは、確かに珍しい。
ワンコ達にも、お義姉様の素晴らしさが一目で分かるのか、珍しい犬筆頭のどデカワンコが、尻尾を揺らしながら、その鼻先をお義姉様の手に寄せた。
「ヨアナ殿、スカーは貴女に撫でてほしいらしい」
次兄の言葉に、お義姉様は顔を綻ばせる。
「人懐っこい子なのですね」
お義姉様が、蒼銀の輝きを帯びた白銀の被毛に指先を滑らせると、どデカワンコは快さげに紫色の瞳を細めた。
お義姉様がどデカワンコを撫でていると、他のワンコ達がお義姉様に近づいて、クンクンと薫りを嗅いでいた。
お義姉様はいい匂いがするので、それに惹かれたのだろう。
「……私、何か臭うのかしら……」
「お義姉様は、とってもいい匂いがしますっ!」
しきりに鼻をひくつかせるワンコ達を見下ろすお義姉様に、シャルロッティは満面の笑みで答えた。
と、シャルロッティの視界の端に、さっと白い影が飛び込んだと思ったら、彼女の体に衝撃が走った。
「うっ?!」
「えっ?」
「毛玉っ!」
いきなりお義姉様に抱きついた、ふわもこワンコに弾き飛ばされたシャルロッティは、大柄なオサキとサルジュに受け止められ、ことなきを得た。
無礼なワンコに抱きつかれ、バランスを崩したお義姉様は、撫でていた傷跡の獣に支えられている。
「危ないではないか、毛玉」
尻尾をふりふりしながら、お義姉様へ甘え声を出していたふわもこワンコを、怒った様子の次兄が抱え上げる。
……次兄よ、どうして、か弱い妹は片手で宙吊りにしていたのに、頑丈そうなふわもこワンコは両手で抱えているのですか?
次兄の行動に釈然としないものを感じるシャルロッティを余所に、困った様なお義姉様が首を傾げた。
「……毛玉……?」
「ああ、毛だ「その子に付けた、仮の渾名です」
次兄の言葉に被せて、シャルロッティは笑顔で言い切った。
「兄上達と、この子達の名前を考えていたところだったのです」
嘘は言っていない。
長兄夫妻とシャルロッティとで、次兄が付けた仮の渾名に基づき、ワンコ達の名前を考えていたのだ。
「ラザロス兄上が抱えている子が最後だったのですが、なかなかその子が気に入ってくれる名前が浮かんでこないのです」
しゅんとするシャルロッティに、次兄のもの言いたげな視線が突き刺さった。
「……だから、け「私が考えた、蒲公英は気に入ってくれなくてね」
「そうそう、私の玉も駄目だったの。
ヨアナ様は、何かいい案はあるかしら?」
「……」
次兄を無視してニコニコ微笑む長兄夫妻に、お義姉様は、なんとも言い難い笑顔で頬に手を当てる。
次兄が抱えたままの、ふわもこワンコをしばし眺めた後、お義姉様は、おずおずと口を開いた。
「――シルキー、は、どうでしょう?
以前読んだ小説に登場する犬に、そっくりですから」
「可愛い名前ですねっ!
それに、小説の登場人物からとるなんて、私とお揃いですっ!」
シャルロッティの名は、兄達と違い、彼女を産んだ女が考えたものだ。
女が愛読していた小説の、主人公の飼い猫のものである。
まあ、お義姉様が名付けたワンコとお揃いになると思えば、女への呆れも、多少薄れる。
ふわもこワンコは、ぱちくりと紫眼を瞬かせると、次兄の方を窺った。
――まさか、素晴らしく触り心地の良いワンコの分際で、お義姉様が考えて下さった名前を、拒否する気ではあるまいな?
笑顔のままワンコを威圧するシャルロッティの前で、次兄が口を開く。
「シルキーか。
良い名だな」
その言葉に、ぴんと耳を立てると、シルキー(確定)はぺぺぺっと、尻尾を振った。
「――シルキーか……。
気に入ったみたいで、何よりだよ」
「ええ、本当に」
「気に入ってくれて、良かったです」
しみじみ頷き合う長兄夫妻に、お義姉様はほっとしたように微笑んだ。
かくして、次兄が拾ってきた十匹ワンコの名が、決定したのである。
テテテテッテッテ~ン
毛玉は、シルキーにかいめいした!




