表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/59

次期大公、毛玉に遭遇する

 毛玉。

 それを表現するのに、これ以上適切な言葉は無い。

 陽に(きら)めく処女雪の様な、白銀の被毛は、ほわほわとして、実に触り心地が良さそうだ。

 本来真ん丸な毛玉は、床の上に置かれたせいで、異国の饅頭(まんじゅう)とかいうお菓子を連想させる形状となっている。

「――それで、どうしてこうなったのでしょうか?」

「頑張って洗ったのだ」

 毛玉を見据えたまま、真顔で問いかけたシャルロッティに、次兄はどや顔で答えた。

「――ああ、ゴミとかが絡まって、もこもこになっていたんだね」

 長兄が納得したように、モコモコワンコからほわほわ毛玉に大変身した毛玉(次兄のネーミングが紛らわし過ぎだ)を見やる。

 真っ白い毛がわさわさ動く部分は、耳や口がある場所だろう。

 後、モコモコワンコ時より体積が三倍ぐらいに増えているのは、毛玉(仮)の本来の毛の長さのせいだ。

 羊と同じ様に、毛玉(仮)も毛が伸びっぱなしになった結果が、このほわほわ毛玉状態であると思われる。

 見るからに手触りが良さそうな被毛に心惹かれて、シャルロッティは毛玉(仮)に手を伸ばす。

「まあ……」

 それを、なんと言うべきか。

 羽毛の様でもあり、絹の様でもあるのに、信じられない程のほわほわ感。

 長い毛は身を守る為の刺し毛の筈なのだが、大公領にある少数民族の自治区より献上された、羊駱駝の綿毛の如き柔らかさだ。

 モコモコワンコ時の触り心地も勿論良かったが、ほわほわ毛玉のそれは、極上と言っても差し支えない。


 この毛は、なんとしても手に入れなければ。

 ――さぞかし、お義姉様を癒してくれることだろう。


 シャルロッティの不穏な心の声に気づいたのか、ビクッとなった毛玉が、彼女の魔の手を逃れようと長兄の方へ飛び退いた。

 明らかに動くには不便そうな状態なのに、毛玉(仮)の動きは予想外に素早い。

 見たことも無い不思議生物具合に魔が差したのだろう、長兄が伸ばした手に、毛玉(仮)のほわほわとした被毛が触れた。

「……こ、これは……」

 驚愕(きょうがく)に目を見開いた長兄は、次の瞬間、恍惚(こうこつ)の表情で毛玉(仮)に抱きつく。

「――すごく、きもちがいいね……」

 嫌がるように、わさわさと毛を動かしている毛玉に、(ほお)()りしながら、うっとりと長兄は(つぶや)く。

 こんな時までヘンな色気は駄々(だだ)()れで、実兄ながら、シャルロッティは軽く引いてしまった。

 と言うか、長兄をつけ狙う変態共に毛皮を奪われそうなので、早く毛玉(仮)を放して欲しいのだが。


 因みに、義姉はそんな長兄の姿を見て、頬を染めている。

 ――シャルロッティは良くない気がするのだが、良いのだろうか?

 成人すらしていないシャルロッティにはまだ理解しかねるが、夫婦関係とは、中々に奥が深いものらしい。


 ツッコミ役不在な王家の三兄妹の会話中、ひっそりと次兄の(かたわ)らに伏せていたわんこ集団の耳が、一斉に動いた。

 ――毛玉(仮)の大変身のインパクトの大きさで、存在を忘れかけていたが、彼等も次兄の後について入室していたのだ。

 蒼銀の輝きを帯びた被毛を(きらめ)かせる、どデカワンコを筆頭とした奇形ワンコ集団は、その特異な見た目とは裏腹に、影の様に密やかに振舞っている。

「うむ、きたのか」

 ご乱心中の長兄を普通に流して、次兄は出入口の方へ歩いていった。

 直ぐに次兄は戻ってきたが、彼の手には麻袋と、シャルロッティには見慣れぬものがあった。

「ラザロス兄上、少し変わった(はさみ)ですが、何に使うのですか?」

「毛を刈るのだ」

 次兄が指差したのは、壊れ気味の長兄に抱きつかれた、毛玉であった。

 シャルロッティは、次兄に可愛らしく作った笑顔を向ける。

「ラザロス兄上、その子の毛は、出来るだけ長めに刈って下さいね。

 お義姉様の膝掛けを作りますから」

「うむ、良いぞ」

「――ええっ?!」

 あっさりと(うなづ)く次兄を余所(よそ)に、長兄が絶望の声を上げた。

「……ら、ラザロス、毛を刈るって、どうして、そんな事を……」

「邪魔ではないですか」

 今にも世界が終わりそうな表情の長兄へ、次兄は(いぶか)しそうに答えた。

 まあ、毛玉(仮)のあの被毛の長さでは、確かに生活へ諸々の支障が発生するだろう。

 実際、毛玉(仮)が長兄の腕から逃れられないのは、その長すぎる被毛のせいで、暴れることすら阻害されているせいだ。

「邪魔だって、いいじゃないかっ!

 こんなにも素晴らしい触り心地なんだからっ!!!」

 そう叫んで、長兄は毛玉(仮)を抱きしめる腕に力をこめる。

 魔性の毛皮の魅了効果に屈したらしい長兄に対し、次兄は残念なものを見る目であった。

 基本、脳筋の次兄は、性格のひん曲がった長兄に言い包められてばかりなので、こういう場面は珍しい。

「……兄上、走れぬ獣は死ぬだけです」

 次兄のいやに重々しい言葉は、師との修行の中での実感に基づいたものか。

「そんな。

 ここはお前が思っている様な大自然ではないのだから、このままだって問題無いよ」

 毛玉(仮)にとっては、大有りだろう。

 駄々っ子状態の長兄に、シャルロッティは内心で突っ込む。

 こんなに長兄に接触されていては、毛玉(仮)の毛皮を狙う変態はさぞかし多かろう。

 義姉も、微笑まし気に見守っていないで、何とか言ってほしい。

 困った様に頭を()く次兄を見かねてか、静かに身を伏せていたわんこ集団が、すっと立ち上がる。

「――え、ちょっと、ええっ?!」

「うむ、感謝するぞ、お前達」

 見事な連携を以て、抱きつく長兄をひっぺはがし、毛玉(仮)を次兄に差し出したワンコ集団に、次兄は笑みを浮かべる。

 ワンコ達が一斉に尻尾を振ったのを見ると、次兄に()められるのが嬉しいようだ。

 そのまま、わしっと毛玉(仮)の毛を(つか)んだ次兄の横で、切った後の毛を(もら)うべく、シャルロッティは麻袋を広げる。

「……ひどい。

 何時も頑張っているお兄様のお願いを聞いてくれないなんて、酷いよ、弟よ……」

 ワンコ達に邪魔をされ、毛玉(仮)に近づけない長兄が、今度は目の無いワンコに抱きついて嘆いていたが、まあ、それはどうでもいい。

 後で、義姉に(なぐさ)めてもらえばいいと思う。

 労わる様にぺろぺろと顔を()める目無しのワンコに、長兄は頬を緩める。

「お前は、優しい子だね。

 ――ああ、お前の名前は(アヴギ)でいいかな。

 闇の中でこそ、光がよく見えると言うしね」

「あら、素敵な名前。

 良かったわね、アヴギ」


「――ぬっ?!」

 自分が名付けたワンコを勝手に改名され、次兄は愕然(がくぜん)と長兄達の方を見やる。


 長兄にアヴギと命名された、目の無い獣は、次兄に褒められた時よりも、大きく尻尾を振っていた。


テテテテッテッテ~ン

目無しはアヴギにかいめいした


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ