第二王子の私信の行間、或いは、某騎士による報告書より その四
「こんな醜い生き物なんて、要らないわ。
どこか遠くへ、捨ててきて」
小鳥の囀りと評される声が、彼女達を否定した。
棄てられた彼女達に、だが、自由は無い。
――神の血筋に仕え、守り続ける。
彼女達の祖が、主より賜った存在意義は、主と仰ぐべき者達に、尽く拒絶され。
……けれど、彼女達は、古い古い盟約に、縛られたままだったから。
◆◆◆
触れる前に砕け散って消え去った笛の残骸に、ラザロスは少々拍子抜けした。
アストゥラビに散々踏まれても、原型を留めていた笛であったから、破壊するには梃子摺るだろうと思い込んでいたのだ。
結果的に、苦労することなく、破壊できたわけだが。
――ぶちり。
何かが断裂する不穏な音に、ラザロスは咄嗟に周囲を見回した。
「……丈夫な歯なのだな……」
ラザロスの目に映ったのは、己を戒める鎖を食い千切った傷の獣の姿。
平和ボケした隣国の製鉄技術は、周辺国より質が劣るとは言え、金属に打ち勝つその咬筋力と牙の強度は尋常ではない。
奇形の獣達の方を確認すれば、彼等もまた、自分達を繋ぐ鎖を、食い千切ったり、引き千切っていたりした。
アストゥラビも、嘗て捕獲に使用された鋼鉄製の鎖を破壊したらしいので、目の前の薄汚れた獣達が、神の眷属の原種に近いことは明白だ。
本来、敬われるべき神の眷属達の、みすぼらしい姿が、ラザロスには哀しい。
「お前達は、優しいのだな。
人間達を怖がらせない為に、鎖に繋がれるままになっていたのか?」
ラザロスの言葉に、とことこと近づいてきた獣達を見て、彼は不覚にも目頭が熱くなった。
――モフモフ達(複数っ!!!)が、自発的にこっちに寄って来たっっっ!!!!
何もしていないのに動物には怯えられ、近付けば服従の態勢を取られたり、ぷるぷる震えられたりするのに、相手からは決して寄ってきてもらえなかったラザロスだ。
アストゥラビはと言うと、近付いたり、騎乗したりするのを許容してもらえただけで、初めの内は、ラザロスから歩み寄るばかりだったというのに。
――人生初の、自発的なモフモフ達の接近に、ラザロスが感極まるのも、仕方があるまい……。
ポンコツモードに入ってしまった上官を尻目に、部下達はテキパキと帰還の準備を始めていた。
彼らは、予め指示された通りに、馬車を牽引してきた馬達を軛から解き放つ。
何とも気前の良い事に、馬車は中身ごと放棄である。
迅速な移動の為には、荷物は少ないに限る。
また、部下達は、上官の危機察知能力を信頼していた為、上官がモフモフ達に囲まれ目頭を押さえていても、優しく見守るに留めていた。
奇形だろうと、鎖を食い千切ろうと、野生の勘の方はずば抜けている上官が安全だと判断したのだ。
わざわざ、上官とモフモフ達との触れ合いを、邪魔することはない。
――部下達は、拾ってきたワンコにゃんこを前に、しょんぼりしている上官を度々目撃している為、優しい気持ちは平素の十割増しである。
尚、拾ってきた犬猫達は、上官が責任を持って飼い主を探して引き取ってもらっている。
と、機嫌が更に悪化した上官の愛馬が、乗り手に寄って来るモフモフ達を咥えては、豪快に投げ飛ばし始めた。
が、投げ飛ばされたモフモフは、華麗に着地しては、再び上官に近寄っていく。
如何な天馬の先祖返りであろうと、十対一ではキリがない(しかも、十の内の一頭は、どう見ても投げ飛ばせない巨体である)。
不毛な愛馬の奮闘を、上官は異形の獣達にモフられながら、幸せそうに眺めていた。
恐らく、殺気立った愛馬の行動を、ツンデレと脳内変換しているのだろう。
彼らの上官は、愛馬と心を通わせつつ、たまに訳の分からない方向にすれ違っている。
愛馬でこれなのだ。
……上官が女性とまともに心を通じ合わせられる光景など、部下達はまともに想像できやしない。
最近、新婚生活を全力で謳歌している王太子に殺意が沸きつつあった為、独身ばかりの部下達は、上官のポンコツ具合にほのぼのを感じた。




