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第二王子の私信の行間、或いは、某騎士による報告書より その二

「――神器は、現人神と共に在るべきでしょう」


 ラザロスは、この世の真理とばかりに言い切った神官をしげしげと眺めた。

 でっぷりと肥えた体躯は、実は下に筋肉の鎧があるんです、というのでは全くなく、ただただ詰まった脂肪に(たる)んでいる。

 ついでに、目の前の神官が現人神と称える女神の末裔達の姿を思い返すものの、留学生にしろ末の姫君にしろ、武芸のぶの字にすら(たしな)んでいる気配はない。

 例えば、彼らにラザロスの愛剣を持たせたところで、使いこなすどころか、持ち上げる時点で不安になる状態だ。

 うっかりで、自分に突き刺したり、周りの人間に怪我を負わせたりしてしまいそうな意味で、剣を持たせてはいけない人種であることは、確かであった。


 そして、神官が神器の対価だという、神の犬の末裔達に視線を転じる。

 未だに彼の愛馬とじゃれ合っている、傷跡の残る獣とは違い、ただの犬と変わらない大きさの、――しかし、奇形を抱える獣達。


 一番目を惹いたのは、何年も毛を刈り忘れた羊の如く、もこもこの毛玉の様な状態になった個体だ。

 長すぎる被毛のお陰で、瞳が確認できないどころか、耳や鼻も薄汚れた被毛に埋もれかけている。

 その獣は、それはそれはもふり甲斐(がい)のある、もとい、行動に支障が出るに違いない姿で放置されたままであった。

 他には。

 本来あるべき双眸(そうぼう)の代わりに、眉間の部分に、一つきりの瞳があるだけの個体。

 前脚が、一本欠けている個体。

 眼球という器官が、そもそも存在していない個体。

 ぴんと(とが)った耳を有する他の獣達とは異なり、耳が縮れている個体。

 尾が、二つある個体。

 下顎が未発達な割に、舌が長く、常に舌を出している個体。

 仔犬の様な大きさの、矮躯(わいく)の個体。

 よく見ると、五本あるはずの指が、六本存在している個体。


 一応、灰色に薄汚れた被毛と、紫色の瞳という共通点があるものの、鎖に繋がれた獣達は、とても同一の品種であるようには見受けられない。

 恐らくは、近親交配の繰り返しによる、濃縮された血の弊害であろう。

 アストゥラビが生まれ落ちる過程でも、目の前の獣達と同じような奇形が生み出されたという記録が残っている。

 ――近年の女神の末裔が好む、淡雪の様に美しく薄弱な血統よりも、目の前の奇形の獣達の方が、或いは、神の犬の原種に近いかもしれない。

 己に怯えを見せない獣達に、ラザロスはときめきを感じたが、だからと言って、神剣と引き換えにしたいとは思わない。


 言葉が通じるのにもかかわらず、会話が成立しない相手に、ラザロスは言い聞かせるように話してやった。

「――寝言は、寝てから言っていただきたい。

 神剣は、幼子に持たせるには過ぎた玩具だろうに。

 そもそも、これは地上にあるべきではない、危険物なのだ」

 ラザロスだって、アストゥラビに押し付けられなければ、神剣などという危険物は置いてきたかった。

 神剣自体の威力もさることながら、己を神と勘違いする馬鹿を生産する意味で、中々に厄介な代物なのである。

 道中で、十回ほど矢が飛んできたが、そのうちのいくつかは神剣狙いのものであったのだ。

 神剣など持ち歩かなければ、もっと早く移動できたに違いない。


 顔を怒気で染める神官を、ラザロスは呆れながら見ていた。

 現人神だの女神の末裔だのと(たた)えたところで、人の血が混じっているのならば、最早神ではありえない。

 神ならざる者に、神の器物など、手に余るものでしかないのに、それが理解できないことが、ラザロスには謎である。

 加減が出来ない武器なぞ、下手な(なまく)らよりも性質(たち)が悪い。

 別に鈍らでも人は殺せるが、人を殺すだけの神剣では、無用な恨みを量産するだけなのだ。

 と言うか、万年脳内花畑の人間に、危険物を持たせるなど愚の骨頂であろう。

 自滅するだけならまだしも、とばっちりの余波がこちらにまで波及したら、(たま)ったものではない。

 ラザロスの考えは、やはり神官には通じなかった。

 隣国の上層部にとって、自分の思い通りならないものが悪なのだ。


「――神罰を受けよっ!」


 仰々しい台詞と仕草で、神官が取り出したのは、小さな笛だ。

 吹いても、音は聞こえない。


 ラザロスには。


 恐らく、相当不快な音色であったのだろう。

 それは止めろとばかりに、アストゥラビに蹴り飛ばされ、神官は景気良く転がっていった。


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