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次期大公、見送る

 (かつ)て、半神の青年は、天上を駆けた己の愛馬と共に地上に降りたという。

 王城で飼育されている馬は、全て天馬の血を引く馬であった。


 ――ある時、愚かな一人の王族が考えた。

 薄くなった血を濃縮すれば、初代国王の愛馬と同等の馬が生まれるのではないかと。

 比較的天馬の血が濃く出た個体を用いて、近親交配を繰り返し。

 命を弄ぶ試みは、親から子へ引き継がれ。

 そうして、多くの奇形や薄弱な個体と引き換えに、天馬の先祖返りは生まれ落ちた。

 ……もう、百年近くも昔のことだ。


 唯の馬では在り得ぬ長命、知能の高さに、異様な身体能力。

 意図せず地上で産声を上げた天馬は、誇り高く、孤高であった。

 その背に誰も載せようとはせず、無理矢理にでも天馬を我が物にしようとした不届き者は、その力強い(ひづめ)に踏みつぶされたとか。

 唯一、アストゥラビと呼ばれる先祖返りの乗り手になった人間が、次兄である。


 ……正確には、次兄に怯えず、背に乗せることを許容できた馬が、アストゥラビだけなのだが。


 長兄と同じように、体質なのか、何なのか。

 少なくとも、乗馬の練習を試みた六歳辺りには、次兄が動物に好かれることがほぼないと発覚してしまった。

 兎にも角にも、怯えられるのである。

 アストゥラビ以外の馬を初め、普通の犬・猫の様な愛玩種はおろか、神の犬の血を引くという軍用犬まで全滅だった。

 一応、怯えられるだけで、逃げられることは無い為、伝書鳩は使用できるらしい。

 付け加えると、野生動物は、割と積極的に襲ってくる為、野営で食料に困った事はないそうな。


 それもどうなのだろうか。


 アストゥラビの場合、次兄が人参やら林檎(りんご)やらを抱え、三ヶ月ほど日参して乗せてもらうよう懇願(こんがん)し続けたとの事。

 その結果、次兄はようやく、アストゥラビから乗馬練習に付き合ってもらえるようになったのだ。

 恐らく、今までの挑戦者は、根性と暇、あと、アストゥラビへの敬意が足りなかったと思われる。


 次兄の手にある神剣を(おそ)れもせず、アストゥラビは緋色の刀身に鼻面を押し付けてきた。

「アストゥラビっ?!」

 愛馬の行動にぎょっとした次兄が声を上げるも、アストゥラビに何かが起きる様子はない。

 (しばら)く神剣の匂いを()いでいた天馬の末は、ふてぶてしい顔つきで鼻を鳴らした。

 神剣に何の匂いがしたのかは不明だが、アストゥラビを見れば、大したものではなかったようである。

 そして、アストゥラビは、興味を失った様に、ふいっと、神剣から顔を背けると、近くへ座り込んでいた銀髪の青年の元へ向かった。

 賢いが、気難しいことで有名な馬が、自ら進んで見知らぬ者に近づくことは珍しい。


「……アストゥラビ……」


 数々の無礼者共を()り倒してきた天馬の末裔は、女神の末裔にも容赦は無かった。

 銀髪の青年の襟首を(くわ)えると、そのままずりずりと引き()って行く。


 (くわ)えた青年を持ち上げて、宙に浮かせないのは、わざとか?

 ――わざとなのか?


 乗り手が乗り手なら、馬も馬だ。

 人の運び方が、てんでなっていない。

 下半身がすっかり砂埃で汚れた青年は、幸いにも自失した状態であったので、静かなまま馬車の前まで引き()られていった。

 従者の処分後、とっとと隣国の留学生を叩き返すため、馬車の扉は開いていた。

 金色に輝く白色の首をしならせ、アストゥラビは、ぽいっと青年を馬車の中に放り込む。

 文字通りに。

 アストゥラビが、鼻面を器用に使って、律儀に馬車の扉を閉めたのと同時、青年の悲鳴が聞こえたが、誰も聞かなかったことにしていた。


「……アストゥラビ、お前と言う奴は……」


 げっそりと溜息を吐く次兄に、素知らぬふりで天馬の先祖返りは歩み寄る。

 さあ、乗れ、と言わんばかりに、アストゥラビは次兄の背へ、鼻面をぐりぐりと押し付けてきた。

 アストゥラビのペースに逆らう気力を失くしたのか、次兄は促されるままに、愛馬の背へ(またが)った。

「神剣――」

 どすんと、アストゥラビが(ひづめ)石畳(いしだたみ)に叩きつけ、次兄を黙らせた。

 (ひび)が入った石畳の交換の経費は、後で次兄の給料から差し引いてもらわねば。

「――は、持っていかなければ、いけないのか?」

 次兄の問いに答えるように、アストゥラビが(いなな)く。

 眉を寄せて頭を()く次兄は、己の愛馬に人の様に話しかけることが多い。

 そして、不思議なことに、両者の意思疎通が成立しているようなのである。

 次兄は、他の動物に怯えられてばかりなのに、愛馬との交信だけは成り立つことが謎だ。

 (はや)る様に足踏みするアストゥラビの首を軽く叩き、次兄はシャルロッティ達の方へ向き直る。

「――それでは、行って参ります」

 軽く頭を下げた次兄は、隣国の国境まで、留学生の護衛を行う予定であった。

「ラザロス兄上、ご武運を」

 シャルロッティの言葉に、次兄は軽く(うなづ)く。

 次兄の剣の腕は有名であるし、そうそう死なない様なしぶとさを身に着けていることも知っているが、便乗暗殺が無いとは言えない。

「ラザロス」

 長兄が、次兄に呼び掛けた。

「女神を見かけたら、ちゃんと斬り捨てておいで」

「……善処します」

 冗談めかした長兄の言葉は、本気成分が非常に高かった。

 次兄は神剣を装備しているが、神殺しとは、どんな無茶ぶりだ。


 長兄よ、そんなに隣国の女神が嫌いだったのか。


 次兄は、最後に父王や叔父に黙礼すると、愛馬の腹を軽く()った。

「行くぞ」

 短い合図を皮切りに、待機していた次兄の部下達や、女神の末裔を乗せた馬車が動き出す。

 部下たちの乗騎も、馬車を()く馬も、アストゥラビ程ではないものの、天馬の血が濃く現れた個体だ。

 騎士達を乗せた白馬の群れは、中々に壮観であった。

 次兄を乗せたアストゥラビを先頭に、一行は速度を上げていく。


「あ~あ。 ラザロスったら、護衛と行軍演習を間違えてないかい?」

「そうですね」

 呆れた様な長兄の言葉に、シャルロッティは乾いた声で応じた。


 明らかに速度を優先した勢いで、遠ざかっていく一行の姿。

 よくよく考えたら、次兄がアストゥラビに(またが)るのは、行軍演習や緊急事態で即急に軍を動かす時ばかりだった。

 ……脳筋には、快適性とか、そういうものを重視する発想がそもそもなかったらしい。

 女神の末裔の旅路は、過酷なものになりそうだった。


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