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次期大公、文句を言う

 一通りの打ち合わせを終えた後、シャルロッティは、次兄の前に仁王立ちした。

「ラザロス兄上、どうして学生時代のお義姉様の事を教えて下さらなかったのですかっ?!」

「……お前に教えられる程、ヨアナ殿と交流は無かったのだが……」

 見当違いの事を言い出す次兄に、シャルロッティは、地団駄を踏む。

「あるでしょうっ! 遠目から見た、お義姉様のご様子とかっ! 

 すれ違った時の、お義姉様のご様子とかっ!! 

 話題の中でのお義姉様のご様子とかがっ!!!」

 長兄が盛大に噴き出したのが聞こえたが、シャルロッティは無視した。


 次兄よ、その残念なものを見る目は何なのだ。


「シャルロッティ、学年が異なる私とヨアナ殿とで、行動範囲がどれ程重なると思っているのだ。

 それに、キリルとの話題は減量関係が多かったし、私に近づいてくる令嬢たちは、兄上の話しかしなかったぞ」

 キリル、と言うのは、次兄の親友を継続してやっている大変珍しい御仁の事だ。

 次兄の親友は、複雑な家庭環境に在ったが故のストレスから過食に走り、学園に入学した当初は豚扱いされていた。

 シャルロッティも観察に行ったことがあるが、当時の彼は、丸々と太った少年であった。

 そして、肥満体型の少年は、ひょんなことから次兄と一緒に減量に励み、見事、爽やか好青年に変身したのである。

 ついでに、減量中に狩猟に目覚めたらしく、今は外交官として各国を飛び回る傍ら、ご当地の名物を求めて自然や猛獣相手に激闘を繰り広げているらしい。

 趣味の中で、食料流通に関わる人間や、現地住民の有力者等、何気に交友関係も広げているので、次兄の親友は地味に外交官としても有能であった。


 ――人は、そんな彼をこう呼ぶ。

 類友、と。


「……私がヨアナ殿とまともに会話をしたのは、キリルが水仙の葉をニラと間違えた時ぐらいだな」

「!! そこを詳しくっ!!!」

 お義姉様の話題に食いついたシャルロッティに、次兄が()()る。

「……大したことでも、無いのだがな」

 そして、記憶を探るように瞳を宙に向け、次兄は語り始めた。


 それは、麗らかな春の日差しが降り注ぐ日の事であった。


 その二日前、学園生活の傍ら、師である騎士団長からの引継ぎの準備に忙しかった次兄は、気晴らしに同行した行軍演習で珍味扱いされる山鳥を射落とした。

(行軍演習と言うのは、気晴らしになるのか?)

 それは、捕獲の困難さから珍重される山鳥で、次兄は食い意地が張った親友の減量の励みにしようと思ったらしい。

(減量中の人間に、食べ物でやる気を出させようとは、斬新な)

 丁度、軍属の伝書鳥がいたので、次兄は二日後に山鳥の燻製を食べようと、親友に誘いの手紙を出した。


 ――二日後、自作の山鳥の燻製を持って学園を訪れた次兄が目撃したのは、水仙の葉をニラと間違えて収穫している親友と、それを止めるお義姉様の姿であった。

 その原因は、貴族でも滅多に食せない珍味を美味しく頂こうとした次兄の親友が、丸々二日間の絶食の末、空腹に耐えられなくなった為とのこと。

 次兄が専門に採取を行っていたせいで、当時の親友には、野草の知識が乏しく、有毒の水仙の葉を食用のニラと間違えたらしい。

(そもそも、何故花壇の水仙を食べようという発想に至るのだ)

 次兄がお土産の燻製を親友の口に突っ込むことで、彼は正気に返ったとか。

 絶食後は胃が縮んで、寧ろ食べられなくなると次兄が指摘した時の、親友の絶望の表情は、中々に見ものだったそうな。

 それから、次兄は、お義姉様に謝罪と感謝の言葉を述べたとのこと。

 その時は、少しばかり話をして、別れたという。


 次兄が在学中にお義姉様と会話をしたのは、本当にそれぐらいだった。


「――どうして、そこから先に進まなかったのですかっ?!

 ラザロス兄上のヘタレ~っ!!

 もっと押してくだされば、兄上の在学中にお義姉様とお近づきになれたじゃありませんかっ!!!」

 ぽかぽかと次兄を叩くシャルロッティをよそに、長兄が勝手に呼吸困難に陥っていた。

「……ちょっとシャルロッティ、止めてくれないかい……。

 ……お腹が痛い……ぶふっ……ほんとうに、おなかがいたいから……」

 兄妹達の様子を半眼で見ていた次兄は、真顔で言った。

「シャルロッティ、私にそんな事を求めるな。

 ――女性とまともに会話が出来なかったというのに、どうしろと」

「ラザロス兄上は、今でも女性とまともな会話ができないと思います」

 容赦の無い妹の指摘に、次兄は疲れた顔で頭を()いた。

「シャルロッティ、兄上は、女性にとって魅力的な方だろう?」

 いきなり長兄へと移行した話題に、首を傾げつつも、シャルロティは(うなづ)く。

 女性どころか、老若男女にとって魅力的なのか、長兄に粘着する人間は、昔から年齢も性別も問わなかったりする。

 次兄は、遠い目をしながら続けた。

「学園にいた時は、私に近寄ってくるご令嬢は全て兄上が目的だったのだ。

 しかも、知らない内に、兄上目的のご令嬢同士で、潰し合いまで発生する始末でな……。

 ――もし、私がヨアナ殿に不用意に話しかければ、逆に深刻な迷惑をかけてしまっていたと思う」


 ――次兄が長兄のとばっちりを受けていた件について。


「……いやあ、済まなかったね、弟よ……」

「別に、兄上が悪いのではなく、ご令嬢方の側の問題でしたよ」

 震える声で謝罪する長兄に、次兄があっさりと返す。

 長兄が生きてきた環境は、よくぞ発狂せずに成長できたと賞賛すべき状態だったが、次兄も次兄で、よくぞグレずに育ったと養父が褒めていた状態であった。

 長兄が胸を抑えているところから察するに、次兄が自分に対し特に思うところが無いこと自体が、逆に罪悪感を刺激されるのであろう。

 ……だが、わざわざ義姉の膝に倒れ込んで、彼女に頭を()でてもらう必要はないのではなかろうか?

 長兄は義姉を見つけたが、次兄の周辺には未だに女性の影が見受けられないあたり、次兄は、長兄より女運が無いかもしれない。

「……それに」

 腕を組んだ次兄は、天井を仰ぎながら、溜息交じりに続ける。

「ヨアナ殿は、『今』と同じように、『以前』も愛情深い方だった。

 学園在学中は当時の婚約者を本当に愛していて、己の振る舞いには人一倍気を使っていたのだ。

 ――婚約者が存在する身で、独身の男と不用意に話をするような隙を、不用意に見せる方ではなかったよ」

「……あの男……」

 シャルロッティは、大好きなお義姉様の元婚約者に、何度目かも分からない殺意を覚えた。

 歯軋(はぎし)りするシャルロッティに、次兄は生温い目を向ける。

「ヨアナ殿の様な愛情深い女性が家族であったら、お前も表情を動かす様になるかもしれないと思ったが、――本当にそうなるとは、人生は分からないものだな」

「そうですね! 

 お義姉様にとって記憶喪失は良くなかったとは思いますが、そのおかげでお義姉様と家族になれましたもの。

 人生は、何がどう転ぶか分かりませんねっ!!」

 満面の笑みで同意する妹の頭を、次兄はわしゃわしゃと()でてきた。

 髪が乱れるから、やめて欲しいのだが。

 シャルロッティの頭から掌を放した次兄は、しみじみと妹の顔を眺めてくる。

「お前が、善き家族を得られて良かった。

 ヨアナ殿もそうだが、大公殿も善き父親であり、善き御夫君であると思う」

 不意に次兄の瞳に、苦々しいものが過る。

「――あの頃のヨアナ殿は、ただ一言さえ得られれば、あんなにも自分を追い詰めずに済んだのだ。

 もし、あの男が、ヨアナ殿の欲しい言葉を与えていれば、何かが違ったかもしれない」

「止めて頂けませんか? そんな仮定は」

 例え次兄であっても、シャルロッティがお義姉様と家族になれない仮定を話されれば、本気で殺意が()く。

「うむ、悪かった。」

 ぐりぐりと頭を撫でてくる次兄に、女性への力加減がなっていないと、シャルロッティは半眼になった。



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