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次期大公、泣き落としを試みる

*初め次兄視点

 ラザロスが『彼女』と初めて言葉を交わしたきっかけは、彼の親友であった。

 腹を減らした親友が、学園の花壇に植えてあった水仙の葉を、ニラと間違えて()んでいたところを、『彼女』が止めてくれたのである。

 成り行きでラザロスと減量(と言う名の鍛練だと各所から指摘された)に励んでいた親友は、身体の体積こそ削減されていたが、食い意地の方は豚と馬鹿にされていた頃と変わらなかった。

 その時、ラザロスが師との軍事演習中に採取してきた珍味を味わうべく、二日ほど絶食していた親友は、空腹が我慢の限界を超えていたらしい。

 だからと言って、臭いが明らかに異なる食用のニラと、有毒の水仙の葉を間違えるのはどうかと思うが。

 後に狩猟に目覚め、外交官として働く(かたわ)ら、各国の珍味を手に入れる為に自然や猛獣を相手に激闘を繰り広げているらしい親友は、当時はまだ食べるのが専門であった。

 ラザロス達に対し、二学年後輩だった『彼女』は、十四という年の割に酷く落ち着いた空気を(まと)っていた。

 それは恐らく、高位貴族の跡取りの婚約者という『彼女』の立場が、そうさせたのだろう。

 化粧でも隠し切れない疲労の痕跡(こんせき)は、『彼女』の努力の程をラザロスに伝えると同時に、『彼女』から少女らしい明るさを(うば)っていた。

 他人事ではあるものの、ラザロスはそれが惜しいと思った。

 婚約者がいる令嬢と、ラザロスの様に婚約者がいない独身の男が長々会話をするのは好ましがられないが、それでも『彼女』との話は楽しいと思ったので。

 ……他の令嬢達とは、兄関連の話題で腹の探り合いをしたり、兄への贈り物や手紙を頼まれたり、兄関連で逆恨みされたりばかりだったので、尚更(なおさら)に。

 だから、だろうか?

 絶食すると、逆に胃が縮むとラザロスが指摘した時の、親友の絶望の表情を見た『彼女』の、思わず、と言った笑みが心に残ったのは。

 笑顔と言う名の仮面ではなく、いつもこのように微笑んでいれば、印象がもっと良くなるだろうと、思って。

 だが、他人に等しいラザロスは、既に他の男に嫁ぐことが決まっている『彼女』に、それを言うことが出来なかった。

 王位継承権を有するラザロスの言葉は、不用意に口にすることを許されない。

 また、『彼女』が婚約者を慕っていることが、言動の端々から理解できたから、婚約者との仲をかき乱す行為はしたくもなかった。


 だがその一件以降、『彼女』の姿を目で追う度、ラザロスはいつも考えた。


 ――『彼女』の努力は、報われるのだろうか、と。


 中位貴族の息女の身で、高位貴族の総領息子の婚約者になったから。

『彼女』へ向けられる周囲の目は、他の令嬢のものよりも、厳しくて。

 けれど、当の婚約者は、『彼女』の努力を当然のことだと、認識していて。


 ……たった一言で、良かった(はず)だ。

 その一言さえあれば、『彼女』は、あんなにも自分を追い詰めずに済んだ。


 だが、ただの一言さえ、あの男は『彼女』に与えなかったのだ。


 惜しいな、と、心底思った。

 本来愛情深いだろう『彼女』が、嫉妬(しっと)(ぶか)い女だと陰口を叩かれることも、何も与えない婚約者が、愛情を求める『彼女』の行動に呆れることも。


 ――『彼女』の本当の笑顔を、誰も知らないことが、一番、口惜しかった。


 だが、ラザロスはどこまでも部外者で、『彼女』の欲しいものは、ラザロスのものではない。


 結局、ラザロスが『彼女』にできたことは、最後までなかった。


 ◆◆◆


「――義姉上、ラザロス兄上も、お養父様も酷いのです。 お義姉さまの看病をさせて下さらないなんてっ!!!」

 シャルロティはうるうると瞳を(うる)ませながら、義姉に訴えた。

 目指すは、恋愛小説で覚えた泣き落としである。

 長兄が腹筋崩壊中で使い物にならないので、もう帰っても良かろう。


 ――体調不良のお義姉様を(おもんばか)って、侯爵家の屋敷から、自宅に直行したところまでは良かった。

 が、シャルロッティだけは、次兄によって即刻王城に強制連行されたのである。

 勿論、シャルロッティはお義姉様の寝台にしがみついて抵抗したのだが、次兄にべりっと引き()がされ、そのまま王城まで担がれて運搬された。

 次兄に担がれて暴れるシャルロッティを、笑顔で送り出した養父も普通に酷くはなかろうか。


 後、次兄よ、か弱い妹を担いだまま、馬で激走するとは何事だ。

 王城に到着した時、目を回さなかったシャルロッティを見て、勝手にしみじみと成長を実感していたのも納得がいかない。

 気絶していた方が、大分ましだった。


「まあ、ラザロス殿も困ったものね。 もう少し、女性の扱い方を学びなさいな」

 シャルロッティの頭を撫でながら、呆れた様に苦言を呈する王太子妃に、次兄は首を(ひね)った。

「義姉上、シャルロッティは、女性の(くく)りに入れるべきなのか」

「入れて下さいよっ!! これから子供も産めるようになるのですっ!!!」

 何の含みの無い純粋な次兄の疑問に、シャルロッティは怒りの声を上げた。

 これだから、脳筋はっ!

 シャルロッティに二次性徴の兆しはまだないが、女性の身体と言うものが大変繊細であることを、次兄は全く理解していない。

「……ラザロス殿、シャルロッティはどう努力しようとも、貴方と同じにはなれないのですよ。

 ――荷物扱いなど、もってのほか。

 その辺りをきちんと理解しなさいな」

「……悪かった。 これからは、シャルロッティを身内扱いするのは慎もう」

 ()わった目で己を(にら)む義姉に、情けない顔をした次兄は、両手をあげて降参の態度をとった。


 ――次兄の身内扱いが雑過ぎる件については、彼の師である元帥を交えての話し合いが必要だと思われる。


 シャルロッティが脳内の予定表に書き込んだところで、次兄に担がれたシャルロッティを目撃してから、ずっと笑い続けてきた長兄が、やっと再起動した。


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