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次期大公、提案する

 嫌な気配を感じ、シャルロッティが視線を向ければ、どろりとした熱を宿した、青い瞳とかち合った。

 隣国の女神の血筋へ向けられる狂信について、養父から聞いてはいたが、その深さをシャルロッティは図り間違えていたかもしれない。

 次兄に骨を折られて尚、拘束しなければ危険であると、影が判断した襲撃者を見て、シャルロッティは己の甘さを恥じる。

 次兄が、拘束された青年に、苛立たし気な視線を向けた。

「兄上、駄犬の処分は、いかがしましょうか。 このまま野放しにしておくと、怪我人が出そうなのですが」

「後で首を落とすから問題ない」

 端的な言葉に、シャルロッティは次兄を見上げた。

 次兄の瞳は、金色の光を孕んで、異国の狂信者を見据えている。

「あれは、女神の威光で誤魔化せられる一線を越えた。 野放しにしておけば、最悪、死者も出るだろう。 私が守るべきものはこの国の民で、あれではない」

「女神の加護は、末裔から奪おうとする者に仇を為すそうですが?」

「それがどうした」

 次兄の声は、何処までも淡々としていた。

 人一人の命を奪うという内容が、冗談じみて聞こえる程に。

 シャルロッティ達王位継承者に共通することだが、時に彼らは、恐ろしく冷徹に人の使い道を決める。

 それが、彼らの役割である為に。

「どの道、無罪放免はできないのだ。 ならば、多少なりとも役に立ってもらおう」

「ですが、兄上が軍を掌握し続ける為には、身体的な不具を抱えることは面倒でしかありませんでしょう?」

 女神の末裔や、その所有物と見做される人間に害を与えた者には、必ず何らかの報いがあった。

 誤って目を傷つけた者は、片目が潰れ、女神の末裔の従者を切り捨てた者は、その腕が腐りおちた。

 また、女神の血筋の娘を犯したとある王は、直後に下半身が不随となり、王座を追われることとなったらしい。

 ――だが、天罰によって命を落とした者や、滅亡した国は存在しない。

 女神の御業は、ある意味で、何処までも公平だ。

「――兄上の代わりに、私がいたしましょうか?」


 鮮やかな赤い髪を持つ少女は、いっそあどけなく、首を傾げた。

 その動きに合わせ、落日の空を思わせる髪が揺れる。


「首を落とすことはできませんが、処分するだけなら、私にもできますもの。 家畜の屠殺(とさつ)と同じで、(けい)動脈(どうみゃく)を裂けば、簡単ですもの、ね。

 例え、私の片目が潰れようと、腕が腐りおちようと、書類仕事をする上では、支障ありませんし」


 笑顔で凄まじい台詞を吐く少女の姿は、まさしく鬼子と呼ばれるに相応しい。

 己すら駒と見做(みな)す透徹した思考は、時に国を救い、時に鬼子と呼ばれる人間を孤独に追いやった。


「元より、神罰とやらが下ったところで、私の価値を損なわせる気はありませんもの。

 ラザロス兄上の目や腕が潰れるよりも、ずっと影響は少ないですよ」


 隣国の王族など、足元にも及ばない程の高いシャルロッティの矜持(きょうじ)は、最早傲慢(ごうまん)と大差なく、だが、己の能力への強烈な自負に根差すものであった。


「だから、兄上は安心して――にゃぁっ?!」

 突然、シャルロッティの額に衝撃が走り、彼女は思わず額を押さえてしゃがみ込む。

「……シャルロッティ……」

 幼気(いたいけ)な妹に、容赦なくデコピンを食らわせた次兄は、殺気混じりの低い声を発した。

「何を言っている、お前は」

 そう言って、シャルロッティの頭を片手で鷲掴(わしづか)みにしてくるのだから、堪ったものではない。

 殺傷能力を有する金属塊を容易に振り回す、次兄の握力である。

 力を()められれば、普通に痛い。

「――痛いです、兄上っ!!! か弱い妹に、何をするのですかっ?!! 肉体言語が通じるのは、脳筋同士だけなのですっ!!! これだから、ラザロス兄上は女性にもてないのですよっ!!!

 ――ゼノン兄上に言いつけますからっ!!!! せいぜい、ゼノン兄上と義姉上が仲睦まじくしている姿を見て、士気が下がっている部下の扱いに困ればいいのですっ!!!!」

 掛かる労力が最小限であり、独身男性集団には主に精神面で覿面(てきめん)に効果があるだろう部類の報復をシャルロッティが口にしたところで、(ようや)く次兄の手から力が緩んだ。

 涙目のシャルロッティが(にら)み付ければ、次兄は困った様に溜息を吐いた。

「お前は、もう少し自分を大切にするべきだ」

「しておりますとも。 ――この身は血税を糧としたもの。 それに値する働きを為すまで、死ぬことが許されると思っている訳がありません」

「……そうではなく……」

 堂々と言い切るシャルロッティを前に、次兄は、米神を()みながら肩を落とした。

 余り弁が立つ方ではない次兄は、言葉が見つからずに途方に暮れることが間々ある。

「……私は、お前に何かあれば、悲しいと思うのだ」

「別にその必要はないと思いますが」

 頑張って(ひね)り出したらしい次兄の言葉を、シャルロッティはあっさりと両断した。

 国の為に必要な事の結果なら、そんな事に労力を振り分けなくとも良かろうに。

「……ヨアナ殿が悲しんでも、同じ事を言う気か?」

 次兄にジト目で見られて、シャルロッティは、うっ、と言葉に詰まる。

 大好きな義姉が自分の為に悲しんでくれるのは嬉しいが、自分が義姉を悲しませるのは絶望的に嫌である。

 目を()らしたシャルロッティに、次兄が畳みかける。

「まさか、ヨアナ殿が、養子が目や腕を失っても悲しみもしない、薄情な女性だとは思ってはいないだろうな?」

「思う訳が無いではありませんか、そのような事」

 優しくて、素敵な女性であるお義姉様に失礼なっ!

 思わず次兄に向かって即答したシャルロッティは、底光りする金色の眼差しをまともに見てしまった。

「――シャルロッティ、お前は、ヨアナ殿が悲しむようなことを、する筈がないよな?」

「しませんとも」

 次兄の尋問に、シャルロッティはきりりと返答した。


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