次期大公、お断りする
「……第二王子とは言え、このようなことが、許されると……」
「王位継承権第三位の直系の姫に危害を加えようとして、許されると思っていたのか?」
震える声で詰る女神の末裔に剣を突き付けたまま、次兄は温度の無い声を放った。
「……兄上、そうおっしゃるなら、早く下してください」
王位継承権第三位なのに、王位継承権第二位の次兄に非常に雑に扱われているシャルロッティは、自分をぶら下げている腕を叩きながら抗議した。
漸く自分の言動の矛盾に気が付いたらしい次兄は、直ぐにシャルロッティを地面に下したが、振り回されていたせいで、何だか大地が波打っている錯覚を覚える。
首を振って眩暈を追い払ったシャルロッティは、無様に尻餅をつく青年を見て鼻で嗤った。
ほんの少し前の自信に溢れた態度との落差が、滑稽だと思ったからだ。
「――余程、女神の加護が要らないようですね」
「いる訳が無いでしょう、そんなもの」
脅すような銀髪紫眼の言葉に、シャルロッティは間髪入れずに拒絶を叩きつけた。
「……」
「どうして、私が女神の加護を必要としていると思ったのですか?」
断られるとは思っていなかった青年の間抜け面に、シャルロッティは思わず失笑してしまった。
この国に、寵児と言う形で主神の恩寵があるように、隣国の女神の血筋には加護と言う名の恩寵が下されていた。
それは、豊かな実りや降りかかる事の無い災害と言った形で、世界に影響を及ぼしている。
実際、痩せた大地に悩んでいたある国の王に乞われて、女神の末裔がその国を訪れたところ、滞在している間は豊作が続いたと言う話もある。
――記録が確かならば、千年程前に。
面白くもない話だが、嘗て国を荒らし、王家の凋落を招いた王は、隣国の血が強く発現したらしい。
彼の愚王は先祖返りであったらしく、近隣の国々が不作に喘いだ時期も、圧政による破綻を回避できるほどの豊作が続いたと、記録が残っている。
尤も、身分に関係なく戯れの為に尊厳を踏みにじる行為を繰り返した結果、離れていった人心を、愚王に与えられた女神の加護が、取り戻すことはなかった。
しかしながら、血が薄まるごとに加護も弱まっているのか、銀髪紫眼の人間が減少したここ百年程は、隣国の作物の収量が、緩やかに下降し続けている。
その事実を、隣国の者達が理解しているかどうかなど、シャルロッティが知ったことではないのだが。
「人間には、知恵と技術と新しい物事を考える頭があるのですよ。 豊作を望むなら、その土地の風土に合った作物を植えて、適切な肥料を与えて、適切な管理をすればよろしいのです。 不作が恐ろしいのなら、食料を蓄えて、大雨が恐ろしいのなら、治水対策に力を入れればよろしいでしょう?
――女神の加護など、怠ける為の言い訳にしかなりません。
そのようなものに頼りきりになるなんて、自ら無能だと主張する様なものではありませんか」
シャルロッティの言葉は、自身の矜持そのものだ。
血の一滴、髪の毛一本まで血税によって作られたシャルロッティは、その生を民に還元する義務がある。
忌まわれながらも、王家の鬼子が生かされるのは、生かしている方が有用であるからだ。
泣きもしない赤子のシャルロッティを気味悪がりながらも、道具とする為に生かしていた生母の姿を、彼女は忘れてはいない。
女神の加護を振りかざす青年に、シャルロッティは嘲笑を浮かべる。
与えられた権利に胡坐をかく無様は、シャルロッティが特に忌避するものだ。
「女神の加護しか取り柄が無いのでしたら、もう少しぐらい努力をしたらいかがですか? 勘違いをしている殿方は、嫌われますよ」
シャルロッティの心からの忠告に、青年は顔を真っ赤にしていた。
己を恥じ入っているのか、言葉も出てこないようである。
「……シャルロッティ、もう少し包んで言ったらどうだ」
「包んだ表現では、理解してもらえないじゃありませんか。 その程度の察しの良さがこの方にあるなら、駄犬の躾もきちんとできたと思いますよ」
気まずげに空いた手で頭を掻く次兄に、シャルロッティは首を傾げる。
隣国の人間が、もっと空気を読めたなら、シャルロッティはきっと殺意を感じずにいられたに違いない。
「……お前も、もう少し周りを見ろ。 中身が空でも、外見が美麗でそれなりに弁が立てば、見る目が無い人間は味方にできるのだから」
「兄上だって、言葉を選んでいらっしゃらないではないですか」
溜息交じりの次兄の台詞に、シャルロッティは突っ込んだ。
両者とも、溜まっていたモノの箍がうっかり緩んで、口から出るのはボロクソの評価である。
その色彩故に、蝶よ花よと育てられた女神の末裔は、己に降りかかる暴言の数々に半ば呆然としていた。