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閑話 王太子、拗ねる 後

*長兄視点

 弟が去った休憩室には、穏やかな沈黙が漂っていた。

 親しくもない人間に黙り込まれると気まずいだけだが、妻とゼノンとの間にある静寂は、寧ろ、心地良く感じる。

「……シャルとヨアナさんが出席しているお茶会は、少々人選に問題がある様ね」

 指でゼノンの髪を梳きながら、ぽつりと妻が呟いた。

 整えられた爪先の刺激が、ゼノンには快い。

 魅惑の太腿は、癒し効果抜群な為、気を抜くと眠ってしまいそうだ。

「そう、だろうね。 あの侯爵家は、人運が悪いようだから」

 ゼノンは、妹の養母の顔を思い出し、小さく嗤う。

 弟が無自覚に想っている娘の価値を、身近にいた者達こそが気付かなかったのは、なんという皮肉か。

「――いたっ」

 妻に、脇腹の肉を摘ままれた。

「膝枕の最中に、他の女性を思い浮かべるなんて、酷い人」

「嫉妬深いところも最高だと思うよ、私の夜の女神」

 ゼノンは起き上がって妻の腰に手を回しながら、(とろ)けそうな笑顔を浮かべた。

 どうでもいい人間からの嫉妬は怖気しか湧かないが、妻の嫉妬は大変可愛らしく、ゼノンにとってはご褒美です。

 妻の長い睫毛に縁どられた黒い瞳が、ゼノンを見上げる。

 上目遣いは(たぎ)る。

「――よろしいの?」

 妻の問いにゼノンは笑みを浮かべ、甘い唇に人差し指を立てた。

「私は、父祖と同じく、気が長いからね」


 拙速に動いて、獲物を取り逃がすよりも、入念に準備をして一網打尽にするのが、ゼノンのやり方だ。

 と言うより、延々延々同じ問題に手を煩わすのは、大嫌いなのだ。

 例えば、変質者は、一度警告したぐらいでは懲りない。

 警告だけで終わるなら、ゼノンの幼少期はもっと平和であったろう。

 そして、同じことが、某国の人間にも当て()まる訳で。


 ――然るべき時が来たら、例え、何十年経とうと、己の死後であろうと、忌々しい異母兄の母方の血を根絶やしにする。


 昔々、国を荒らすだけ荒らして、母の故国へ亡命した王の後を継いだゼノンの祖先は、そんな事を主神に誓ったそうだ。

 ――平民と貴族が、華々しく結ばれる恋愛小説が周辺諸国で流行りだしたのは、その辺りの事。

 家柄で婚姻相手が定められるのは、血筋に心が縛られるのは、おかしい、と――。

 徐々に、自由恋愛や恋愛結婚を奨励するようになった隣国に、女神の色彩を継ぐ者は、少しずつ、減少していった。


 妻の肢体の柔らかさを堪能しながら、ゼノンは手元にあった紙の束を、机の上に放り投げる。

 弟が気にしなかったそれに書かれた内容は、妹への隣国の貴族への降嫁の打診と、ゼノン達の祖先の怒りと怨念が詰まった隣国への侵攻計画である。

 仮にも神の血を受け継ぐ一族の末裔だから、との理由で、提示された相手は、王統ではなく、その伴侶を輩出し続けた貴族の家の一つ。

 ――ただし、没落済み。

 (いや)しい赤毛でも、血を混ぜれば女神の血筋に相応しい子が産まれるでしょうとの文言に、ゼノンは即刻開戦しようかと考えてしまった。

 如何に民に迷惑が掛かろうと、これ程までに他国から舐められてしまっては、国の威信にも関わるのである。

 己の義務に真摯な妹は、必要と判断すれば、隣国に嫁いで内側から乗っ取ることも辞さないだろうが、可愛い妹に余計な苦労は負わせたくない。

 一応、説明すると、女神の色彩が銀髪紫眼であったことから、隣国では淡い色が高貴であり、濃い色や暗い色合いは卑賎の扱いを受ける。

 隣国基準では、ゼノンの金髪は尊く、弟妹の黒髪や赤毛は劣ったものなのだ。

 ――自分達の常識が、他国の非常識になり得ると、どうして学習しないのか……。

 王家に伝わる御伽噺の中で、隣国の祖である美しき女神の恋心を、全力で蹴り飛ばした初代国王の気持ちが、ゼノンには分かった気がする。

 近所付き合いでも殺意しか湧かないのに、親戚付き合いとか無理だ。

 もう、血筋レベルでそりが合わないのだろう。

 代々の先祖達のお茶目と鬱憤(うっぷん)()らしの結果、当初ものから更新され、膨れ上がり、いくつもの束になった侵攻計画書を見るにつけ、ゼノンは確信せずにはいられない。


 ――ゼノンは、妹が可愛いし、その存在に感謝もしている。

 妹の先祖返りの赤い髪が無ければ、何の非もない弟は、母の為した不貞の疑惑に(さら)され、最悪、『いなかった』ことにされた可能性もある。

 見事なまでにてんでばらばらな自分達の容姿と、それでも共通した王家に特有の瞳の色は、嘗ての王妃の不義の証の隠れ蓑となったのだ。

 だからゼノンは、妹の価値を認めない場所に、彼女をやるつもりはない。


 自分達を侮辱した代価は、しっかりと取り立ててやろうではないか。


「――いつ、然るべき時が来るのだろうね?」

 愛する妻の肩口に顔を埋めながら、ゼノンはふふふと唇を歪めた。


 自分達を守ってきた、信仰と言う鎧が剥ぎ取られていたことに、女神の末裔達は何時気が付くのだろう?


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