表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/59

次期大公、踏みつける

 シャルロッティが生まれ育った国は、内陸に在り、四方を異なる国々に囲まれている。

 南へ行けば、隣国のさらに向こうに兄嫁の故郷である熱砂の国があり、西へ行けば、養父の母の出身である、中小の国によって形成された連合国がある。

 北にあるのは、シャルロッティ達王族にとって、色々と因縁がある国だ。

 豊穣の女神と闘神の間に生まれた娘を祖に持つ、その国の王族は、代々白銀の髪と紫色の瞳を有していた。

 別にそれは良いのだが、かの国は、その身体的特徴を過度に有難がっているのである。

 王になる必須条件が髪と瞳の色であるのも理解しかねるが、その血の濃さを維持する為に、幾つかの例外を除き、祖神の眷属を祖とする十二の家以外と婚姻をしてこなかったのも、共感しようがない。

 ――最も、ここ数十年ほど、かの国では恋愛結婚が流行っており、王家の婚姻も伝統から脱却しつつあるのだが。

 その流れで、彼の王家の末姫が長兄を狙っているらしいのが、シャルロッティの頭痛の種だ。

 ……何が悲しくて、頭の中まで甘ったるい砂糖菓子の姫君と、親戚付き合いをしなければならないのだ。

 今のところ、長兄は義姉に首っ丈で、側室の打診を事あるごとに蹴散らしているのが救いである。

 養父もそうであったが、シャルロッティも、彼の王家とは、血統レベルで相性が悪いといってもいいかもしれない。


 ――腐った林檎。


 いつも飄々(ひょうひょう)としている養父が、酷く珍しく嫌悪を露わにして口にした言葉だ。


 ――取り除くなら、早い方が良いよ。 他の林檎にも腐敗が広がって、使い物にならなくなるからね。


 薄い琥珀色の瞳に、激烈な金色の光を宿して、養父は言った。

 彼らの生家が一度凋落したのは、かの国から嫁した妃が、故国との環境の違いを最期まで理解しなかったことに起因する。

 またさらに言うなら、その息子が好き放題した挙句、不満を爆発させた臣下達に反乱を起こされ、一目散に母親の故国に亡命したのが最大の理由でもある。

 ……玉座から逃げるくらいなら、初めから王になどならなければ良かったものを。

 当然だが、尻拭いを押し付けられた次の王――養父の祖父の怒りは凄まじく、異母兄がのこのこ帰ってきたら首を落とすと、主神に誓いをたてる程であったとか。

 その悪影響は、養父の若かりし頃にも色濃く残っていたという話であったから、養父の態度は可笑しいものではない。

 恨みというのは、中々消えてならないという、好例だろう。

 あちらの方は、そんな事などすっからかんに忘れて、こちらの態度を非難するが、思い上がりもここまでくれば、いっそ清々しいものだ。


 ――もう、国に籠って、出てこなければいいのに。


 銀髪紫眼の青年に腕を掴まれ、シャルロッティは溜息を吐きたくなった。

 自称・義姉の元婚約者の親友は、隣国の王家に連なる貴族の出であり、血の薄まりにより数を減らしつつある王位継承者の一人だ。

 ただ今、この国に留学中である。

 色々と面倒臭い人間なので、とっととお帰り願いたいが、ところがどっこい、『陽輝姫』に夢中になって帰る気配がない。

 元婚約者を慕う『陽輝姫』可愛さに、自分の親友(笑)に婚約破棄を進めていたとか。

 ……周りの空気も婚姻の政治的な意味も理解できないのは、隣国の王族の仕様なのだろうか?

 ほぼ鎖国状態のかの国の環境を思えば、王位継承者にそんな能力が発達しなくとも、ぶっちゃけ問題はないのだけれど。


 関わりさえしなければ。


 まあ、折角異国へ留学したにも拘らず、青年の花畑回路が改善しなかったのは、どうしようもないというしかない。

 ……愛だけで何もかもがうまくいくのなら、今頃、シャルロッティを産んだ女は、情人と共に玉座に在ったことだろう。


 青年に掴まれた腕が痛い。

 周囲に勘付かれない様に、シャルロッティは努めて痛みを表に出さない様にした。

 揉めたらもめたで、悪い具合に開き直る一族なので、もう何も起さないのが一番だ。

 シャルロッティの青年に対する評価は、毎秒ごとに下降中である。

 妹への扱いが、下町仕様と軍仕様が混ざっている次兄でも、加減はきちんとしているというのに。

 シャルロッティはジト目になりながら、青年の言葉を右から左に聞き流す。


 ……『陽輝姫』など知ったことか。

 もうシャルロッティの近辺に関わりさえしなければ、存在そのものがどうでもいいから、許すも許さないも興味がない。

 早く、義姉のところに行きたいというのに、何なのだ。

 と言うか、限りある思考の容量を、そんなのに割きたくない。

 無駄の極みだ。


 義姉の体調不良を理由にお茶会を辞そうとしたのに、とんだ人間に捕まったものである。

 もう早く帰りたいのだが。

 そんな事を思っているときに、青年に場所を変えようと乱暴に腕を引っ張られ、シャルロッティは魔が差した。

 実際、ふら付いてしまったが、狙いはもう定まっている。


 ――ちなみに、本日のシャルロッティの履物は、次兄からの贈り物である。

 女性への扱いに大分難がある次兄らしく、それは養父も乾いた笑みを浮かべる様な代物だった。


 兄よ、履くのに足の筋力の鍛練が必要な履物は、女性へ送るものではないと妹は思います。


 騎士服に相応しい衣装の、鋼鉄を仕込んだ編み上げの長靴。

 次兄は、身を守る為に準備が必要だと言っていたが、これを履きこなすのに準備が必要だった。

 問題なく歩けるようになるまで、三ヶ月ほどかかった贈り物を、これ程有り難いと思う日が来るとは。

 次兄に感謝の念を贈りつつ、シャルロッティは青年の足の小指を思いっきり踏みつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ