次期大公、家族計画を語る
大好きな義姉をエスコートしているシャルロッティは、優越感でいっぱいであった。
目の前にいるのは、義姉の元婚約者。
貴族に多い金髪碧眼の容姿は、シャルロッティに『陽輝姫』を連想させ、無意味にイラッとくる。
確かに顔の造りは整っているが、ただそれだけで、長兄に比べれば色香に乏しい。
シャルロッティには自覚がないが、彼女の兄二人の顔面偏差値は高い部類に入る為、男の顔の採点は自然と厳しくなっている。
心証が最悪の青年にシャルロッティが向けたのは、彼女の血縁曰く『悪巧みしている顔』であった。
――お義姉様には指一本触れさせませんっ!!!
高笑いしたいし、元婚約者を蹴り飛ばしたいし、大好きな義姉の前でヘンなことはしたくない。
自分でも混沌状態だと感じる心境で、シャルロッティは歩を進めた。
義姉の記憶が無いとはいえ、義姉に酷いことをした最低男には近付きたくもない。
が、主催者への挨拶は、招待された側の義務であった。
義姉の前では笑顔でいたいのに、元婚約者のせいでヘンな顔になりそうで、シャルロッティは本当に嫌になる。
だが、好き嫌いを表に出すことは、付け入る隙を晒すため、為政者としても貴族としても御法度だ。
シャルロッティは、仕方なく――本当に仕方がなく、表情筋を総動員して、『にこやかな笑顔』を作ってみせた。
元婚約者への挨拶は、シャルロッティがサクッと終わらせた。
次期大公として挨拶の練習をしたいと、義姉におねだりしていたため、義姉と婚約者の接触は最低限に留めることが出来た、とシャルロッティは自分に言い聞かせる。
シャルロッティにすれば、元婚約者が義姉と言葉を交わすことすら業腹だが、あまり邪魔をし過ぎると、義姉の悪評に繋がりかねないのが悩ましい。
『女同士』の語らいがしたいと、シャルロッティは元婚約者を追い払ったが、何やら義姉を気にしているようなので、もうとっとと帰ってしまいたい。
義姉の元義母予定であった侯爵夫人の目も、シャルロッティには不快である。
子供の年齢の割に若々しい女は、品定めをするように、シャルロッティや義姉を観察していた。
侯爵夫人が振ってくる話題も、義姉と養父の年の差関係といったもので、話が合わないだろうと余計なお世話な言葉を口にしている。
――夫である老大公を思い出しては、頬を染める義姉は可愛いけれども。
……可愛いけれどもっ!!
共にいられる時間は短くても、養父が一生分の幸せをくれるのだと言った時の義姉は、永久保存したいくらい可愛かったけれどもっ!!!!!
そして、大公夫妻が中心だった話は、何故だかシャルロッティの婚姻に転がった。
――大変そうですね、と、嫌な目をした令嬢が囀る。
……確か、移民の流入に悩まされている領地の令嬢だったか。
次期大公ともなれば、釣り合う殿方を探すのは、さぞかし大変でしょうに、と。
シャルロッティの髪に目を向けながら、気の毒そうに語った。
「――目に叶う殿方がいなければ、育てればよろしいでしょう」
別に令嬢の態度を何とも思わなかったシャルロッティは、貴族階級の令嬢や婦人達に、非常にアグレッシブな持論をぶちまけた。
以前、泥酔状態になった次兄の剣の師が、女を自分好みに育てるのも男の浪漫っ!!! と、力説していたのだ。
男の浪漫というのなら、シャルロッティがやったって、問題なかろう。
この前読んだ、『あの星に向かって、貴方と』も、そういう話であったし。
――尚、『あの星に向かって、貴方と』は、いつも見守ってくれる年上の少女に励まされ、不器用だった少年が成長していく物語だ。
……よって、自分好みに育てる云々要素は、欠片も存在しない。
次期大公のトンデモ発言で石化する周囲に、シャルロッティは首を傾げる。
「別に、夫がいなくとも、大公家を動かすのは支障ありませんよ。
私が養子に出されたのは、私が次期大公たりえると、お義父様に認められたからですもの。
まあ、私は万能な人間ではありませんから、夫となる殿方は、私に足らないものを補うことが出来る方がいいですけど。
――最低でも、自分の身ぐらい守ってほしいものですね。 民の為の労力を、夫に振り分けるのも馬鹿馬鹿しいですし」
肩を竦めるシャルロッティは、恋愛小説に描かれる、甘い夢などに興味はない。
彼女の身は、髪の毛一本まで血税でできている。
民によって生かされてきたシャルロッティは、その生を民に還元する義務がある。
夫となる人間には、それを弁えてもらわなければ困るのだ。
シャルロッティは、己の思い付きをそのまま口にした。
「年上の殿方も悪くはないのでしょうが、年下の殿方の方が、都合がいいのかもしれません。
下町の奥様は、夫をいかに気持ち良く働かせるのが妻の腕の見せ所と仰っていらっしゃいましたが、自分で育てた方が、転がしやすいかもしれませんね。
婚姻の適齢期は十代後半ですが、出産の適齢期は二十代だと医学書に書いていましたから、まだ十分猶予はありますし。
私、女に生まれてよかったと思いますよ。
――だって、夫が平民であったとしても、私が産む子には確実に王家の血が流れていることになりますから。
殿方は不便ですよね、妻の胎から生れてくる子供が、本当に自分の種か分からないのですもの。
――ああ、でも、私が石女の可能性もありますね。
まあ、その時は、兄上の子でも、他の適当な王族の子でも引き取って、相応の教育を施せばいい話ですし」
金も権限も能力も、全て揃っている故に可能な主張である。
傍から聞いていると、実に嫌な十二歳の姫君の家族計画だが、残念ながら当人にその自覚はない。
王家の末姫という、箱入り娘のイメージが先行する立場とは裏腹に、シャルロッティの世界はそれなりに広い。
当たり前だ。
為政者が狭い世界に閉じこもり切りで、どうして民に沿う政治を行えるのか。
だからシャルロッティは、次兄と一緒に下町を散策したこともあるのだ。
下町で日々逞しく生活する奥方達とも、話をする機会は多々あった。
夫の尻をビシバシ叩くご婦人方の姿は、貞淑と慎み深さを美徳とする王侯貴族を見てきたシャルロッティには、酷く新鮮に映ったものだ。
加えるなら、彼女のもう一人の義姉である王太子妃は、弱肉強食の後宮を生き抜いた超肉食系女子である。
良くも悪くも積極的な砂漠の女である、王太子妃の薫陶を受けたシャルロッティの結婚観は、誰も知らない間に色んな意味でぶっ飛んだものになっていた。
「――お、お義姉様~っ?!!!! 体調が悪かったのなら、もっと早くに仰って下さればよろしかったのにっ?!!!!!!」
貴族としては普通の感性を持つ大公妃が、眩暈を起こすのも仕方があるまい。




