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次期大公、お茶会へ来る

*元婚約者視点。

 赤毛は、異邦の民の色。

 法を守らず彷徨う、流民の色だ。


 それでも、その赤毛混じりの髪を有する少女が、彼の婚約者となり得たのは、適当な高位貴族の令嬢がいなかったことが第一であった。

 不運にも、彼に釣り合う家柄の貴族には近しい年回りの令嬢はおらず、彼の両親は下位の家から己の息子の婚約者を選ぶしかなかったのだ。

 次の理由を上げるなら、結びつく利点は少なくとも、損はない家柄と、少女自身の聡明さもあった。

 この件に関しては、少女の身体的特徴は、彼等の婚約を阻む理由にはならなかったのである。

 少女に流れる異国の血は、嘗て王家に嫁した隣国の姫君に付き従った令嬢のもの。

 少女を迂闊に貶めれば、高貴なる異邦の血を受け入れてきた、王家を貶めることにもなりかねない。

 少女自身の顔立ちは妖精とも評される妹に劣るが、しかし、侯爵夫人に必要なのは、皮一枚程度の美貌ではない。


 ――何があろうと、一人で立ち続けられるだろう素質を、彼女は彼の両親に見出されたのだ。


 彼の婚約者は、彼にとって共にいて楽な人間ではあった。

 他の少女達の様に喧しく(さえず)ることもなく、彼が振る話題に的確な答えを返し、理解できないと首を傾げる様子もない。

 少女の控えめな笑みは、いつだって彼への好意に溢れ、その笑顔を向けられれば、悪い気はしなかった。


 ――ただ、それだけとも言えたが。


 異邦の民の特徴を有する少女は、彼の傍らに立つことが可能な人間ではあったが、彼が庇護するべき存在ではなかった。

 侯爵子息たる彼が気に掛けるべきは、彼の領地や領民の事。

 そもそも、守る必要がない人間に、限りある労力を回すのは非効率である。

 次代の侯爵夫人となるからには、彼の足手纏いになってもらっては困るのだ。

 彼は、婚約者の努力や能力をそれなりに信頼していた。

 少女は、彼に好意を持っているのだから、彼が不快に思うことはするまい、と。


 ――有力な高位貴族の嫡子である彼は、与えられることに慣れ切り、己の傲慢に気づいてはいなかった。


 彼が、婚約者の妹と会うことになったのは、婚約が成立してから、半年ほどたった頃か。

 婚約者同士の交流をお題目とした、義務の様なお茶会。

 姉とは違い、陽光を紡いだような金糸の髪と、宝石の様な青い瞳の少女は、姉に促され、彼におずおずと笑顔を向けた。

 長じて後、社交会にて『陽輝姫』と謳われる美貌は、幼い頃から際立っていた。

 春の日差しを連想させる温かな笑顔は、彼の婚約者とよく似ていたが、彼女の身体は姉より脆弱なものだった。

 治療できぬ病を抱えている訳ではないが、人よりも変化に弱い体は、季節の変わり目などですぐに変調をきたす。


 ――昨日も、母親は妹の看病に付きっきりであった、と。


 婚約者とのお茶会で、彼はしばしば耳にしたものだ。

 あまり屋敷から出歩くことのなかった少女には、年若い異性と言うものが珍しかったのだろう。

 婚約者とのお茶会に、彼女の妹が同席するようになったのは、いつ頃からだったのだろうか。


 ……彼の目的が、婚約者から、彼女の妹に変わったのは?


 多分それは、庇護欲だった。

 儚く、今にも壊れてしまいそうな少女は、誰かが守っていなくては、息をすることも難しそうに見えた。

 婚約者とは、違い。

 いずれ己の義理の妹になるのだから、守らなければいけないと、思った。

 彼を見て、嬉しそうに微笑む少女に、優越感を感じていたのは事実。




 ――いつから、そんな笑顔を自分に向けなくなった。


 大公家の馬車を迎え入れた彼の前で、この国の人間には本来存在しない色の髪が揺れた。

 その鮮やかな赤は、何処か、落日を思わせた。

 それなら、髪飾りに輝く星を模した宝石は、宵の明星か。

 ……髪を後頭部で一つに結い上げたその人物は、黒を基調とした騎士服に身を包んでいた。

 赤毛と琥珀色の瞳という身体的特徴を有する貴人は、現王の末子にして、次期大公たる姫しか存在しないのだが、一体何故男装を?

 馬車から降りてきた男装の少女を見て、彼の頭に浮かんだのは呆れと疑問符だ。

 次期大公が、王太子妃から貸し出される恋愛小説に影響を受け、妙な行動をとるようになったのは本当らしい。

 だが、大公や元婚約者を含めた周囲は、どうして諫めなかったのか。

 この様に奇矯(ききょう)な姫を、娶る度量のある男は少なかろう。


 女性的な要素に乏しい未発達な体躯故、騎士服が凛々しく映えてしまっている赤毛の少女は、まるで本当の騎士の様に、馬車から出てきた人物に手を差し伸べた。


 ――以前の『彼女』は、暗い色調のドレスばかりを身に着けていた。


 明るい日差しに照らされる、淡い緑のドレスは、彼女に良く似合っていた。


 ――以前の『彼女』は、いつも、侍女の手を借り、赤毛混じりの髪を複雑な形に結い上げていた。


 上だけ緩く編まれた髪は後ろに流され、傍らの姫騎士と同じ、星を模した髪飾りが煌めく。


 ――隣国出身の友人が、嗤う。

 嫉妬に狂う女は、醜いものだ、と。


 義理の娘に向けられた微笑は、美しかった。

 彼では埋められなかった何かで、満たされた表情。

 まだ、互いに幼かった頃、彼が享受していた微笑みを、長らく失っていたことに、彼はずっとずっと気が付けなかった。


 ……もう一度、やり直してやっても良いと、思っていた。

 老大公の先は長くないと、誰の目にも明らかであったから。

 多少の瑕疵(かし)は在ろうと、彼女の有用性は高いものだ。

 今余っている令嬢たちと比べたら、その差は歴然としていた。

 両親が、彼女を惜しんでいるのを知っていたから、そう難しいことではないと、彼は思っていたのだ。


 子供らしい笑顔を義理の母に見せていた少女が、彼に目を向ける。

 薄い琥珀色の瞳が、一瞬、凍てつくような金色に見えた気がした。


 ――嘗て、初代国王として君臨した半神の子から、引き継がれたという王家の(まなこ)

 嘗て権力の中心にいた貴族の中には、自らの正当性を主張する為の法螺(ほら)だとも、神になり損ねた偽神の瞳だとも主張する者もいる。

 ……だが、一度凋落したとしても、この国の頂点に座し続けたのは、初代国王の血筋で、堕ちた権威と権力を自力で取り戻したのも、同じ血筋だ。


 神の血を引くとされる一族の末裔の中にて、王家の鬼子とも称される少女は、とても子供とは思えない表情で、嗤った。


*二人の髪飾りは王太子妃とお揃い☆

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