次期大公、お茶会への道中で
*他の人視点
――絵本の中のお姫様は、大概、きらきらとした髪に、宝石の様な瞳を持っていた。
生まれて初めて見るくらい立派な馬車は、憎たらしい役人が使っていたものが、ガラクタの様に思える代物だった。
盗賊に、『襲って下さい』とでかでかと書いてしまっているような馬車は、けれど、屈強な騎士達に護られていて、盗賊など寄り付くまい。
国から独立するのだと息巻く大人達も、その馬車に乗ることが許される貴人へ、迂闊に怒声を浴びせることもできないようだ。
――住む世界が、見えるものが、決定的に異なるのだと。
彼女が姿を見せる前に、自分達は悟らざるを得なかったのかもしれない。
騎士達の中でも、一際手強そうな男が恭しく馬車の扉を開ける。
まず、目に付いたのは、鮮やかに赤い髪。
異国出身の娼婦に多い髪色に似た、しかし、全く違う色。
そして目を惹いたのは、どこかの貴族の娘が持っていた、精巧な人形の様に美しい顔立ちだ。
その中で、薄い琥珀色の瞳は、強い光を秘め、少女が人間であることを示していた。
少女が纏う深緑のドレスは、他の誰が着ていたものよりも上等で、それこそ、物語のお姫様が着るものだと思った。
――生まれて初めて出会ったお姫様は、絵本とは全く異なっていたのであるが。
◆◆◆
「――アレス、その顔をいい加減に何とかしなさい。 大公家が、不当に貴方を虐げている様に見えかねません」
呆れたような少女の言葉に、彼は虚ろな目を動かす。
彼からすれば、思いっきり虐げられている状態なのだが、残念ながら、目の前の少女はそう思わないらしい。
今も彼の頭の中では、売り飛ばされる子牛を表現した哀愁漂う旋律が、エンドレスで流れているのだが。
少女の横に座る奥方の、困ったような、気の毒そうな眼差しが、心に刺さって仕方がない。
「……シャル、アレス君は、今回休ませてあげた方がいいと思うの」
「お義姉様、体調が悪くもないのに休ませることは、悪い甘えにつながります。 この者の為にも、勤めは果たさせなければいけません」
女神に見えた奥方の言葉に、少女は首を振った。
……赤毛の女は悪女が多いとアレスは聞いたが、目の前の少女は悪魔だと、彼は思う。
――人が嫌がっていることを、何故させるっ?!
人として間違っていない主張を、声を大にして言えないことが、アレスの辛いところだ。
国に対して反旗を翻した、故郷への恩赦や、諸々の便宜を図ってもらうことと引き換えに、アレスは王家の末姫に仕えることになったのだ。
闘神の加護を受けながらも、人を傷つけることを厭うアレスに、兵士や騎士ではなく、侍従の職を斡旋してくれた恩もあるので、彼は姫君にあまり強く言えない。
男装の姫君は、理解できないとばかりに、首を傾げた。
「アレス、いったい何が不満なのですか? 侍女服もちゃんと似合っているではありませんか」
「――似合いたくなかったよっ!!!」
アレスは、雇い主に向かって、半泣きで叫んだ。
アレスは、まごうことなき男である。
大公家に雇われたのも、護衛を兼ねた侍従としてだ。
それが、次期大公の鶴の一声で、したくもない女装をする羽目になったのである。
次期大公からの命は、一つ。
大公妃たる奥方の死守だ。
……侍従姿でも、護衛は可能だと思うのだが。
奥方からの視線もツラいが、出立前の同僚達からの生暖かい視線と励ましに、アレスは目から心の汗が出そうだった。
――帰ったら、絶対筋肉をつける。
山ほどささ身を食べて、女装してもキモいくらいの筋肉ダルマになってやる。
中性的で幼げな顔立ちと、男にしては細い体躯と高めの声。
そんな要素が揃ってしまったが故に、女装しても違和感が全くなかった少年は、馬車に揺られながら、死んだ魚の目で固く誓いを立てた。




