13歳の死刑囚
今回は私の作品に目を止めていただき、誠にありがとうございます。この物語は完全フィクションとなっております。貴方の犯罪者に対する考えと照らし合わせてお読みください。
葛城は少年である。
北海道某所、葛城少年は1人牢獄に佇んでいた。僅か10cm程の小さな小さな隙間から、肌寒い風が流れ込んでくる。この牢獄に窓と言える窓は無かった。
「葛城〜。たくましく生きてるかぁ?」
葛城少年は、暗闇の向こう――柵の反対側より、聞き慣れた男の声を聞いた。
「自分は死刑囚ですよ。生きるも何も、自分には明日すらありません」
「まあまあ、そんな事言うなって」
葛城少年の死刑執行まで、残り1時間となった。20分前になると、牢獄を追い出され、会場へ向かうらしい。
葛城少年に話しかけるこの男、名は城ヶ崎という。この刑務所内でもかなり実力と実績のある男だという。が、どれもこれも男の自称なので、葛城少年は半信半疑だった。
「城ヶ崎さん。こんな時に何の用です? まさか、最後の晩餐でも聞きに来ましたか?」
葛城少年は以前、自分がハンバーグが好きだという事をこの男に話した事がある。もしかすると、死刑直前に食べられるかもしれない。
「いーや。そんなもんこの刑務所には無いね。俺が来たのはお前が脱走しないか見張るためさ」
男は牢獄へともたれ掛かる。この男には警戒心というものが存在しないのだろうか。葛城少年は少し居心地が悪くなった。城ヶ崎から距離を置くように、壁へともたれ掛かり、葛城少年は口を開く。
「城ヶ崎さん。最後の晩餐ではなく、最後の遺言として、私の話を聞いてくれませんか?」
遺言自体、そう何度も言うものではないので、『最後の』という言い方は間違っている気もするが、あえて城ヶ崎はそこに触れなかった。
「構わんよ。好きなだけ喋るがいいさ。タイムリミットは後24分だ」
時計の針は15時36分を指していた。予定では16時20分に、死刑執行らしい。
「分かったよ」
葛城少年は一呼吸終えてから、瞳をとじて語り始めた。
「私は、7人の児童を殺害しました。明らかな殺意があったと裁判官から言われ、否定出来ない自分に気付き、ようやく罪だと認識しました」
「なんだその言い方は。初めは罪だと思ってなかったのか?」
城ヶ崎は質問した。だが、先程と変わらず、柵にもたれ掛かったままだ。
「はい。そもそも、私は良い事をしたとさえ考えていましたから」
葛城少年は瞳を開いた。
葛城少年の死刑判決より6ヵ月前のあくる日。葛城少年は、近所の公園にて複数の児童を集め、絵本の読み聞かせをしていた。葛城少年が読む本は、どんな人でも1度は読んだであろう名作ばかりだった。しかし、児童達は明らかに初めての目をしていた。それも仕方あるまい。葛城少年の住んでいるこの土地は、俗に言う貧民街という場所だった。裕福な暮らしなど夢のまた夢、1日1食 食べられればいい方だった。国からの支援もなく、近くには学校もない。義務教育を受けた子供は1人としていなかった。だが、葛城少年は違った。隣町の少しばかり裕福な家庭へ忍び込み、新聞紙や、児童達へ読み聞かせる為の絵本などを、ほぼ毎日盗みに行っていた。幸いと言うべきか、それとも才能と言うべきか、葛城少年は1度として、その犯行がバレたことは無かった。そんな葛城少年の盗んでくる本を、児童達は楽しみに待っていた。なにせ義務教育を受けた子供がいない為、文字が読めるのは葛城少年しかいなかったからである。元々、葛城少年も文字は読めなかったが、とある家庭に忍び込んだ際、子供の物と思われる教科書を、ありったけに盗み、独学で勉強した事により、読み書きの能力を得た。
この日も、いつもと変わらず同じように、児童達は葛城少年の絵本に見入っていた。本の内容はうろ覚えであるが、確か夢の世界のお話であった。葛城少年が感情移入して読む本は、いつも児童達に人気を博したが、今回はいつも以上に食いついてきた。葛城少年が読み終えると、一人の少女が近づいてきた。
「葛城ちゃん葛城ちゃん。私も夢の世界へ行きたいよぉ」
どうやら、先程の本に影響を受けたらしい。が、しかしそんな方法を葛城少年が知る筈もなかった。
「ごめんね。僕にはどうする事も出来ないよ」
何となしに葛城少年はそう返した。この受け答えは、きっとほとんどの人間が納得出来るだろう。別段 理不尽な事も言ってはいなかった。
しかし、その女の子は何故か異常なほどに泣き喚いた。葛城少年は、自分の受け答えに問題があったかどうか、思い返してみた。だが、どう考えても問題は見当たらなかった。また、葛城少年を困惑させたのは、その女の子が泣き喚いたからだけではない。その読み聞かせを聞いていた、児童8名 全員が泣き喚いたのだ。その様子はさながら、蛙の大合唱を連想させたが、そんな呑気なモノではない。とにかく異常だと思った。
とりあえず、葛城少年は児童を慰めることに専念した。一生懸命に赤子をあやすかのように接した。その努力が実ったというべきか、葛城少年は数分で皆を落ち着かせる事に成功した。そして尋ねた。大合唱の理由を。
聞いてみると、理由は至ってシンプルだった。が、シンプルでありつつ、裏を返せば複雑な事情が絡んでいた。それも全員にだ。女の子はこう答えた。
「絵本の中で、女の子は辛い思いをしていた。でも、夢の世界に入った途端、とても幸せそうな顔になった。私も幸せになりたい」
確かこんな内容だった。言い方に多少の誤差はあるかもしれないが、今となってそれを確認する術はない。
話を戻すと、児童達は絵本の中の夢の世界に憧れたのだ。それも異常なほどに。絵本の内容に憧れるというのは、誰でもありうる納得のいく思想だ。しかし、何度も言うように彼らの行動は異常だったのだ。
気でも狂ったかのように泣き喚いた理由。それは、別に夢の世界が偽りのモノであると理解したからではなく、ただ単に夢の世界へ現実逃避したかったのだ。
ここは貧民街である。当然お金も無ければ食料も無い。そんな苦しい生活の中で、大人達でさえ生きるのに必死なのに、子供達にまで、自らの食料を手渡さなければならないのだ。当然、ストレスというものは溜まってくる。そのストレスがたまりに溜まった時、大人はどの方法でストレスを発散するのか。
そう、虐待である。
少なくとも、葛城少年を含めこの場に集まった児童達は、皆 虐待を受けていた。殴る蹴るは当然と言うべきか。食事なんて週に2度3度あるか無いか。精神的な苦痛を味わった者も、中にはいただろう。そんな毎日を送っているのだ。現実逃避の1つや2つ、したくなるのも無理はない。しかし、学習能力の乏しい彼らの場合は、現実逃避ではなく、本気の逃避なのだ。親の虐待から逃れたい、夢の世界で平和に暮らしたい、その思いがひとつになってしまったのだろう。事実、葛城少年も、自ら絵本を読み聞かせながら、夢の世界への憧れを感じていた。だから、彼らの思いは胸が痛くなるほど、理解できた。
ここまでなら、誰も救われない悲しい物語となり、誰にも知られずに廃っていただろう。しかし、そうはさせなかった。児童達を夢の世界へ連れていく事を決心したのだ。しかし、葛城少年は聖人でもなければ神様でもない。その方法は、やはり常軌を逸していた。
そう、殺害だ。彼らを殺して、この辛く苦しい現実世界から、引き離してやるのだ。それこそが、葛城少年にとっての最大の正義なのだ。
勿論、旗から見れば葛城少年の行動は、間違っている。いや、間違っている筈なのだ。しかし、葛城少年の行動を非難する者は、必ず葛城少年よりも裕福な暮らしをしているだろう。人間とはそういうものである。
葛城少年は声を大にして叫んだ。
「分かった。私が悪かった。実は夢の世界へ行ける方法を私は知っている。これから皆を夢の世界へ連れていってあげよう」と。
この呼びかけに、集まった全ての児童は、歓声を上げた。児童の中で最年長である9歳の少年は、言葉を失い、ただ涙を流し続けた。
少年達が集まっていた公園の近くには、雑木林があった。誰が管理しているかもわからず、雑草も踊るように生えているような雑木林である。葛城少年は、その雑木林の中で、犯行に及ぶことを決めた。雑木林の中に、夢の世界への入口があることを告げ、1人ずつ雑木林の中に入れさせた。殺害方法は実にシンプルなものである。叫び声を吸収させる為、口の中に自らの服を詰め込み、後は力任せに首を締めた。苦しみに悶える表情は、なるべく見ないように殺害した。最初の1人を殺害した際は、罪悪感に塗れたが、4人目を殺害したあたりから、その罪悪感は薄れ、どちらかといえばボランティア活動に勤しんでいるかのように、清々しい気持ちさえあった。自分はいい事をしているのだと。
6人目を公園に迎えに行く際に、死体の隠し場所について考えていた。普通に考えれば、土に埋めるなり川に流すなりするのだろう。しかし、葛城少年はただビニールシートを被せるだけで良いだろうと、安易な事を考えていた。そこは、教育の差と言うべきか。葛城少年は警察の事を甘く考えすぎていたのだ。
そして、そんな甘い葛城少年は、1つ重大なミスを犯していた。
それは、1人だけ殺せていなかった事である。段々 殺害に慣れを覚えてきた葛城少年は、5人目の児童の殺害の際、必ず行っていた死亡確認を怠っていた。それが、葛城少年が逮捕に至る最も大きなミスとなった。5人目の子供は、首を締められはしたものの、死亡には至らず、ただ気絶しただけだった。意識が戻ると、辺りは真っ暗となり、隣には息の止まった友人達が寝そべっていた。
児童達が殺害された翌日。唯一 生き残った子供の親が警察に通報。その児童の証言を元に調査を進め、葛城少年が呆気なく犯行を認めた為、この事件は案外すぐには解決した。
裁判の際、葛城少年は自らの犯行を悪だと認識しておらず、凶悪性の高い犯行だという結果により、死刑執行が言い渡され、今に至るという訳だ。
葛城少年は、児童達に読み聞かせた時と同じように、ゆっくりゆっくり事件の全てを語り尽くした。
「以上か? どうだ、すっきりしたか?」
城ヶ崎は、来た時と全く表情を変えずに振り返った。
振り返ると、葛城少年は、いつの間にか城ヶ崎のすぐ近くに立っていた。柵を挟んでほんの数センチという距離だ。
「城ヶ崎さん。私は思います。きっと、私が殺し損ねたあの児童は、今も虐待を受けています。いや、もしかしたら既に死んでいるかも知れません。もしそうなら、あの時 私がきちっと殺しておいた方が、児童にとっても幸せだったのではないでしょうか?」
葛城少年は淡々と答える。その瞳に迷いは無かった。
「さあな。俺だって人間だ、神様じゃねえ。どの選択を選べば正解なんて誰にも分かりゃしねぇ」
けどな。と城ヶ崎。
「お前がした行為は、この国では犯罪なんだ。タブーってヤツだな。それを犯した時点で、児童がどうであれお前は悪人だ。恨むなら自分の未熟さと、産まれた土地を恨むんだな」
時計の針は16時を指した。城ヶ崎は牢獄の扉を開ける。葛城少年は悲しみに暮れた表情を見せ、呟いた。
「俺の苦しみは、俺と同じ立場になった者にしか分かりません。ですが、同情なんていりません。いりませんからどうか」
こんな犯罪者を出すのは、僕で最後にしてください。
連行され行く彼の背中には、世の中に訴えかける、熱く悲しいメッセージが込められていた。
ご視聴ありがとうございました。