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クロウカード、友を得る

 クロウカードはポケットに手を入れる。その姿は様になっていて、風にたなびくコートもあいまって如何にもな色男だ。この場に好い女の1人でもいれば声をかけられたに違いない。


 雲の上に人などいないが。


「どうするかね・・・」


 クロウカードはトイレの神様と会った後、いきなりこの世界に放り込まれた。しかも大気圏ギリギリからの転生となったので、何分後かには地面と衝突して死んでしまうだろう。この世界に魔法があることをクロウカードは知っているが、生まれたばかりの彼に使えるはずもない。

 真っ逆さまに落ちながら、クロウカードは顎に手をやって考える。ポケットに煙草が無いのが悔やまれた。こういう時こそ吸いたくなるものだ。


 雲を抜け、眼下に色とりどりの大地が現れる。せめて海に落ちたいと見回したが、どうやら巨大な大陸の内陸部にでも落ちているようだ。

 頭を抱えたい気分だがそんな暇はない。身体を捻ってムササビの様な態勢を取り、空気抵抗で減速を試みる。根本的な解決にはならないが時間稼ぎにはなるはずだと更に知恵を絞っていると、斜め下前方に黒い点の集まりが見えた。それらは飛んでいるらしく、微かに翼のようなものが確認できる。

 最初はコウモリかと思った。だが落ちていくにつれ、そうであればどれだけ良かったかとクロウカードは思う。


 それはドラゴンの群れであった。


 何百匹ものドラゴンがクロウカードに気づく。縄張りに入られた怒りか、それとも獲物を見つけた喜びかは分からないが、ドラゴン達は大きく吠えてクロウカードに向けて進路を変更した。


 眼前に迫るドラゴンの群れ。クロウカードの予想を遥かに超える巨躯と、太陽の光を受けてギラギラ輝く真っ赤な鱗は、空の王者として相応しい威厳に満ちている。特に先頭を切って飛んでくるドラゴンは一際大きく、鱗の赤も、自然界に存在するそれの全てより鮮やかであった。


『儂らの瞳には敵わぬがな』


 それは生まれたばかりのクロウカードにとって有り得ない、懐かしさを覚える声だった。

 実を言えば、クロウカードは最初から気付いていた。自分の中に潜む可能性を、魂に刻まれた贈り物の存在を。出し渋っていたのは、トイレの神様がくれたという事実を認めたくなかったからである。だが目の前には、クロウカードの命を一瞬で食い破るであろう巨大な顎が迫っている。


 クロウカードは覚悟を決め、その者の名を呼んだ。


「『穢土ノ冥帝』」


 刹那、すぐ目の前まで迫ってきていた赤竜の顎が右に吹き飛ぶ。その勢いのまま身体を回転させて、後方の竜の群れに突っ込んだ。


『最初から素直に使えば良いのだ』


 漆黒と黄金の、小さな文字の形をとった光の粒子が帯となってクロウカードを包む。赤竜の群れとクロウカードの間に現れたのは、4メートルを越す巨大な人型だった。

 荊を象った金の王冠と、黒いローブに包まれ、光の粒子との境目を曖昧にした肢体。赤竜を見つめるその顔はーー骸骨だ。その目の奥に赤い焔が揺らめく骸骨である。その手には大きな死神の鎌を持っていて、これを見た10人のうち10人が、自身の死を覚悟するだろう。

 死の大地を司る者、『穢土ノ冥帝』である。


 クロウカードは目を疑った。何しろ骸骨である。完全に魔王だし、なんだか強そうだ。トイレの神様がくれたとは思えない。

 クロウカードは恐る恐る、初めての戦友に話しかけた。


「お前が俺の能力か?」

『それは貴様が理解しておるであろう。儂は貴様の魂に刻まれた存在。もはや貴様の一部だ』

「・・・分かった。あのドラゴンをなんとか出来るか?」

『人如きの難事など、解決するに造作もない』


 骸骨はその身を翻し、クロウカードに向き合う。


『覚えておけ。儂の力は「魔法の自動迎撃」と「対象の撃破」。前者は儂が貴様にかけた加護により、貴様に害を為す魔法を全て無効化する。後者は儂の戦闘能力に応じた戦闘を行い、貴様を援護する。貴様の魂の動きを読み取り、連携して戦うことも出来るぞ。それと、今貴様が浮いているのは儂の魔法によるものだ』


 ここでクロウカードは初めて浮いていることに気がついた。能力を発動させるのを渋っていたのが益々馬鹿らしくなった。落ちてこのドラゴン達に会うこともなかったのに。


「今回はどうすれば良い。俺も戦えば良いか?」

『魔王印を出せば、儂だけで事足りる。ああ、魔王印とは名乗りをあげることだ。それによって貴様の固有能力、つまり儂が本気を出す。手を抜いてるとかではないぞ。名乗りを上げるとテンションが上がるのだ』

「はぁ、分かった」


 登場して早々キャラがブレている冥帝に溜息をついて、クロウカードは名乗りを上げようとドラゴンを見る。そこで奇妙なことに気がついた。


「ドラゴンが襲ってこない・・・?」

『念力で貴様を浮かし、トカゲ共の動きを封じておる。このままでは攻撃魔法の出力が弱すぎて少々面倒くさい。さっさと名乗りを上げよ』


 これだけでも十分すごいとクロウカードは思うが、冥帝は未だ本気を出せていないのか不満げだ。トイレの神様がくれた名を思い出し、すぐに声を張り上げる。


「俺の名はミーナ・クロウカード!!いざ尋常に勝負!!」


 その瞬間、クロウカードから光が放たれる。それは光の柱となって図上に放たれると、雲に当たって周囲に光の飛沫を散らす。そして残ったのは、複雑な文様と左右対称の図形が描く円形のマーク。

 魔王の名乗り、「魔王印」である。


『ううむ素晴らしい。儂も力を出し切ろうぞ』


 上機嫌になった冥帝は、手に持っていた鎌を振りかぶり、その曲がりくねった刃に空間を震わす高密度の魔力を纏わせる。そして、一閃。


『穢土ノ冥帝が命じる。死ね』


 視界に映る全ての竜が、突如現れた黒い刃に引き裂かれた。


 クロウカードはその光景を、ただ呆然と見つめるしかなかった。冥帝はその場で鎌を振っただけだ。それだけで空間から数百もの刃が現れ、巨大なドラゴンを一瞬にして全滅させたのである。


『それ、終わったぞ。何処に降りるのだ』

「っ、あ、ああ。人気のないところがいいな」


 クロウカードがそう言うと、身体がスムーズに移動を始める。冥帝はクロウカードの背後に陣取って、周囲の景色を楽しみながら魔法を行使している。


「なんか楽しそうだな、お前」

『当然、生まれて初めての世界である。貴様が楽しいと思う限り、儂もこの世界が楽しい』


 冥帝は偉そうな口ぶりのくせに、好奇心に溢れた少年のように興奮している。冥帝はクロウカードの魂に刻まれた存在であるから、その感情は極めてクロウカードに近い。クロウカード本人はおっさんの見た目をしており、またおっさんとしての振る舞いが身に付いているから、本来の感情は表に出にくいのだ。

 クロウカードは冥帝のことが、何にも代え難い親友のように思えた。


「アイドーネウス」


 クロウカードは呟く。彼の小さな声を聞き取れたのは、彼の親友だけだ。


『なんじゃ?それ』

「<見えざる者>って意味だ。お前の名前だよ」


 冥帝は一瞬ポカンとして、といってもその表情は全くわからないが、どういった心情か身体中の骨をカタカタ言わせている。


『アイドーネウス・・・アイドーネウスか・・・』


 冥帝はその名を小声で反芻し、その声色から判断する限りその名を気に入ったようだ。


『気に入った!儂の名はアイドーネウスである!!そしてクロウカード、貴様のことはクロウと呼ぼう』

「おう、分かった」


 そんなことを言いながら、二人はぐんぐん高度を下げていったのだった。




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