クロウカード、使徒になる
「神様じゃ」
白いローブに身を包んだ老人、自称神様は、目の前に浮かぶ赤い光の玉に話しかけた。光の玉は驚いているのか、小刻みに横揺れしている。
「喋らんと分かりにくいぞ」
「なんだ、喋れるのか」
光の玉は自分のどこから声が出ているのか不思議に思ったが、周囲を見れば真っ暗な何も存在しない空間が広がっているだけであるし、そもそも目も無いのに老人を認識できている時点で今更な疑問だなと考えないようにした。
「単刀直入に言うぞ。お主には儂からのギフトを受け取ってほしい」
「ギフトってのは?」
「身体能力の向上と固有能力のセットパックじゃ。神の間で色々あっての。それを持って転生してほしい。お主を選んだのはたまたまじゃ」
光の玉は転生待ちの魂である。老人の頼みを断る理由もなかったので二つ返事で引き受けた。その様子に老人は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ほっほ、有難や。どれ、サービスしちゃろう。転生する世界とギフトはもう決まっておるが、他の要素はお主の希望を聞こうではないか」
「そいつはイイや。しかし、ギフトねえ。内容を見るに、生きている間は面倒ごとに巻き込まれるのは目に見えてるな。強い種族で」
「おお、聡い奴じゃな。正直言って戦いにくれることになるのう。それと、ギフトによる強化でどの種族でも強さは変わらん。ちなみに、一番数の多い種族は人じゃ」
「じゃあ人で良い」
「うぬ。それと、お主は身体強化の影響で不老じゃ。見た目の希望は?」
「・・・うーん、こう、30歳くらいの、ワイルドでダンディな、いつもは粗野で渋かっこいいんだけど、スーツとかを着たら凄いかっこいい的な」
「こんな感じかの」
そう言うと老人の体が光り輝く。みるみるその形を変え、光が弱まる頃には堅いの良いおっさんが現れた。
身長は1.8メートル強、カラスの濡羽色と評せる黒く艶のある髪、底の計り知れない深い緋色の瞳。小麦色に焼けた肌と、筋肉質で骨格からがっしりとした顔、身体。鼻筋が通り整った顔には無精髭が生えていて、今にも煙草を吸いそうなダンディズムに溢れている。スラリと長い脚を、少しダボっとした、ポケットと民俗紋章が刺繍されたズボンが覆い、足元で堅い金属ブーツがそれを纏めている。革鎧とワイシャツが一体化した様な、何処かの軍人が着込みそうな服の上に膝まで届くコートを羽織っている。
「滅茶苦茶カッケェ!」
「クック、そうだろう。特に色素があるのに瞳が緋色という普通に考えれば意味分からん組み合わせ。ロマンだろう?」
「うおぉ、声もカッケェ!」
完成された渋かっこいいおっさんはニヒルに笑うと、再び光り輝き元の好々爺に戻った。そしてそれと同時に、赤い光の玉の姿も変化していく。さっきのおっさんだ。
「どうじゃ?満足か?」
「ああ、しっくりくる。元からこの格好だった気がしてくる」
「よし。ではギフトを授けるぞ」
老人はおっさんに近づき、おっさんの心臓の位置に手を当てた。老人がその手に力を入れた途端、おっさんを途轍もない不快感が襲う。異物が身体の中に入ってくる感覚だ。
「魂に書き込んでおるのじゃ。普通は激痛に襲われるのだぞ。この程度で済む儂は凄いのじゃ」
書き込みが終わったのか、老人はおっさんから手を離す。おっさんはズシリとした重みを心臓に感じて、思わず身体を見た。
「力が漲る・・・気もするが、それよりこの存在感。これが固有能力か?」
「そうじゃ。能力名を『穢土ノ冥帝』という。能力は自分で確かめい」
「ううむ、かっこいいな」
満足気なおっさんに老人は微笑むと、一歩後ろに下がり両手を掲げた。
「そろそろお別れの時間じゃ。能力は授けた神の格によって威力を変えるが、お主の努力次第でもどうとでもなる。精進せい。そして最後に、お主の守護神となった儂から、お主に名を授ける」
真っ暗な空間に、光り輝く穴が開く。その先には偉大なる大地が広がり、海が広がり、空が広がっている。生ける者たちの世界だ。
「お主の名はミーナ・クロウカード。良い人生を送れ。そしてまた逢おう、我が愛子よ」
「良い名前だ。気に入った・・・あんたは何の神様なんだ?最後に聞かせてくれ」
「トイレの神様じゃ」
「え?」
ふわりと浮遊感に襲われる。クロウカードは穴から外に叩き出された。
クロウカードは世界に落ちながら、トイレの神様がくれた固有能力『穢土ノ冥帝』の穢れの意味を考えずにはいられなかった。