待機する魔王
「あーーー、暇暇暇暇ひーーーまーーーー」
王座の後ろにある控え室で待機中魔王の一人が、ポイッと持っていたカードをテーブルに投げ捨てた。
「ストレートフラッシュじゃん。またおまえの勝ちかよ」
「カードも飽きたーーー」
仮眠用のベッドにダイブして、待機中魔王は足をジタバタさせる。
魔族は長時間睡眠を必要としないので、あくまでも仮眠というか短眠用なのだ。ダジャレを言ったつもりはないのでスルーを願う。
「王座に座ってる本日の魔王が一番暇だと思うぞ」
何も起きなければ、ただ、座っているだけの仕事。
本を読んだりすることもできず、肘掛けに肘をついてボンヤリしているか、うたた寝ぐらいしかできない。
熟睡すると何かに起こされる。
何かは知らない。とにかく何かに起こされるので熟睡はできない。
それが日替わり魔王たちの共通の認識である。
王座に座っている間は食事も簡素な物が多く、食堂で食べられるのは待機中と仕事が終わった後、それから客が来た時のみと決められていた。
ただし、未だ客が来た例しがない。
「なんか来ないかなーーー」
「なんかって何だよ」
「なんかって何かだよ。何でもいいよ」
「来たら来たで面倒くさいくせに」
「だって暇なんだもん」
一部を除いて、彼らの種族は面倒くさがりが多い。
勤勉な魔族だったら世界をどうにかしようと考えたのかもしれないが、彼らにとってみれば、それも面倒くさいのだ。
そう。
伝説の魔族たちは、彼らにとって“勤勉”と捉えられる。
「何も来ない方が良いよ。戦いなんかまっぴらごめんだろ」
「そりゃそうだけどさー」
「もうこの世界に来て十年立つけど、人間の方から何も言ってこないし。勇者とか来られても困る」
「人間襲ったこともないし、来ないだろう。勇者なんて」
「でも、来たらどうする?」
「そこはやっぱり昔ながらに“良く来た勇者よ”とか言っちゃうんじゃない?」
「つーかさ。ここまで来れる人間いないだろ」
窓の外は断崖絶壁。
かけられる梯子などあるはずもなく、魔法で飛んでも途中で魔力がつきる高さ。絶壁なので休む場所などありはしない。
城がある場所は雲の上と言っても過言ではない高さなのだが、何故か雲は城の上に常時垂れ込めていて、数日に一回暴風になる。
カーンと高い鐘の音が鳴って、待機室にいた六名全員がお昼の時間になったことを知った。
待機中なので、全員一緒に食事はできない。
魔族が食べ物でお腹を壊したりすることは無いのだが、そうすることになっている。
「んじゃ、お先に」
「ほいほい、いってらっしゃい」
今頃、本日の魔王にはサンドイッチが運ばれているはずだった。
三名が食堂へ移動した後、ぼんやりしながら待っていた三名のところへ、いきなり転移してきた魔族が両手に一杯何かを抱えて現れる。
「はーーーーーい、元気だった?」
「……相変わらず元気だね。お帰り」
「たっだいまー。はい、これおみやげ」
明日から待機に入る魔族の女性である。
「後、頼まれてたもの探してきたよ」
大きな丸い金属で外側がギザギザしており、あちこちに同じ大きさの穴が開いている。
「あ! あったんだ? やった!」
受け取った明日の魔王は嬉しそうに頬ずりをした。
「なにそれー」
ベッドに寝ころんでいた待機魔王が起きあがって近づいてくる。
「これこれ」
待機室にある大きな箱。
一見、柱時計にも見えそうなその箱は、ガラスから見える場所には何もない。
「これをー、こうやってー」
丸い板をそこに設置して、レバーを下げた。
「うわ」
「きれい」
涼やかなメロディが箱から流れ出た。
「オルゴールだったんだ、これ?」
「そうなんだ、書庫で調べたら載ってたからさ。人間のところに行くならあるかもって思って探して来てもらったんだ」
彼女は、帽子を被ってしまえば髪も瞳も茶色なので人間に見えるのだ。ただし怒らせると赤くなるので要注意。
「これを扱ってたお店の小父さんがさー。すっごい喜んじゃって。昨今、小さいオルゴールしか売れないんだってさ。二枚の値段で五枚くれちゃった」
この城から少し離れたところにある村には、楽器らしい楽器が売っていない。
城下町へ行くのは良いが、警戒が強いため魔族だとバレる可能性が高かった。
彼らの行く人間の街は、別次元の街である。
別次元の話をすると長くなるので、今回は割愛させていただこう。
「向こうで勇者の話聞いた?」
「王様になってたよ」
「ふーん。やっぱり魔族が消えたから?」
「そうみたいねぇ」
「面倒だから城ごと転移しただけなのに、討伐成功したみたいになってるのって変なの」
「まぁ、でもさ。本当のこと教えに行くのは…」
「「「「面倒だよねぇ」」」」
意見が一致して、待機中魔王たちと魔族の女性は笑いあった。
「百年くらいたって落ち着いたら、きちんと魔王を決めようって話も出てるらしいけど」
「えー? 毎日座ってなきゃならないじゃん」
「「「「面倒だよねぇ」」」」
「今のままで良いと思う」
「賛成!」
「一日でもシンドイもんね」
「最近、魔王っていうより縁結びの神様みたいになってるしさ」
「あー。確かに」
ステータスが見られるのは本日の魔王だけの力なのだが、好意を表すマークがあるのだ。何故だか魔王たちもわからない。
そのゲージは好きな人が近寄ると点滅する。
なので、必然と好きあっている者がわかってしまって、取り持っているうちにそうなってしまったのだった。
「魔王が縁結びの神様になってちゃダメだよね」
「あ、でもさ。そこをウリにして人間に近づいたらどうよ」
「えー? 面倒」
「好意が見えるからって、その二人が必ずうまく行くとは限らないじゃない。魔族はそういうのさっぱりしてるから良いけど、人間は怖いよ。変な恨み買いたくないわ」
「まーねー」
魔王スキルも万能ではないのだった。
「結局のところ」
「「「「今のままが良いよねー」」」」
「ってことね」
「そうそう」
「でも暇ーーーーー」
「またそこに戻るのか」
「何か来ないかなー」
「勇者以外でお願いします」
「それより先にお昼ご飯ー」
「お菓子ならあるわよ、ほらおみやげ」
「お菓子ー!」
テーブルに置かれたクッキーやマフィン、スコーンなどを喜色満面で食べようとした明日の魔王を、明明後日の魔王が止めた。
「お昼ご飯入らなくなるよ」
「うー、でもこれ食べたい」
お昼を早めに食べてきたらしい女性魔族は、もぐもぐとマフィンを頬張っている。
「ふぉーふぃふぇふぁふぁ」
「何言ってるかわからない」
「ふぁふぃんふぁふぁふぃふぁっふぁ」
「飲み込んでからしゃべって、ほら」
明明後日の魔王がお茶を差し出す。
「ふぁふぃふぁふぉ」
咀嚼してお茶で流し込むと、ぺろりと下で唇を舐めた。
「で、何?」
「魔神様に会ったわよ」
「「「えっ!?」」」
現在の場所に魔王城を転移させた人(?)である。
「な、何か言ってた?」
「うん」
「なんて?」
「“失敗しちゃった、ごめんね”だって」
“ごめんねで許されるなら警察はいらない…とはいえこの世界に警察はいないので許される…たぶん”
という言葉を残して去ったらしい。
警察…という言葉が理解できなかった待機魔王たちは首を傾げたが言う言葉は一つ。
「「「「まー、いっか」」」」
特に困っていないから。
それが理由。
こんな魔王たちで、どうやって魔族をまとめているのか。
それは魔神のみぞ知る…。