六回目 『魔術』と少しの兆し
少し進みます。
5歳の冬。それは起きた。
冬の季節。
俺はこの時期の日課となっていた薪割りをしていた。
俺とバイアスが住む家は、アルハイツ王国の外れ、辺境と言っていいほど国の外れも外れにあり、メルネリア公国の方が近いくらいに建っていた。
バイアスいわく、「国境の一歩手前、最西端の家」らしい。
そのためか、この家は他の王国の村や町より雪が多いらしい。
もともとメルネリア公国は山が多い国で、雪も他の国に比べると段違いに多いらしい。それでも、公国の人々は、『魔術』を使用してるためか、この雪に苦労せず、むしろ快適に暮らしているとのことだ。
毎年、この冬の季節の雪に悩まされる俺とバイアスにとっては、羨ましいくらいの話だ。いや、いっそ妬ましい。
(・・・つーか雪多すぎ!)
一時、手を休めて辺りを見回す。
そこには、辺り一面白銀の世界に覆われた光景が広がっていた。
いや、むしろこれは・・・
「軽い雪山だろ・・・」
自然とため息が出る。
毎年のことではあるが、この光景を見ると軽く頭が痛くなる。もちろんその不便さを考えるとではあるが・・・。
家から少し離れたこの薪割り場から見えるものは、「雪」のみ。比喩表現ではない。えぇ、断じて比喩表現じゃない!
家は雪に覆われ・・・むしろ雪に『埋もれ』ていた。かろうじて、家のドアのところだけ雪がどかされている。そのさまは、前の世界で見た『かまくら』に近い。
そこから、家の庭――薪割り場や倉庫などに道が掘られている。モーセが海を割ったときのように、雪が縦に割れているのだ。
これは、雪が積もってから、バイアスと二人で懸命に掘った『道』だ。毎年のことではあるが、正直気が滅入る。
それでもまだマシなのは、この道がすべて『自力』ではないことだ。
いくらなんでも、毎年自力でこれを掘るとなると、正直、この時期屍が2つできてもおかしくない。
では、どうやったのか?
それは、バイヤスの『魔術』によるところが大きい。
『魔術』
それは、この世界に当たり前のようにある『術』。
昔はエルフや妖精といった種族しか使用できなかったらしい。それを人種族が見よう見真似で、自分たちでも使用できるレベルに下げて開発してから、一気にその使用率は広まった。
もともと、『魔術』とは、この世界に住まう『精霊』から、あくまでも『力』を引き出して使用していたものらしい。もちろん強力な魔術師はいたが、それは『精霊』に『気に入られた』人であって、『力』を借りていただけに過ぎない。
そんな魔術を人種族がパクリよろしく模倣し、出力を下げ、使いやすいようにしたのが、今現在この世界で最も多く使われている『魔術』だ。
だから、人種族が使う魔術なんてたかがしれている。そのはずなんだが・・・・
(バイアスのは、普通、ではないよなぁ・・・)
初めてバイアスの魔術を見たときは、すごく驚いた。なんせ、小説やおとぎ話の中でしかあり得ないことだ。それが目の前で、さも平然と行われたのだから、驚かずにはいられない。
それに、いつも思うのだが、バイアスの魔術は、人種族の行うものにしては出力が大きすぎる気がする。比較対象がいないので、あくまで俺の予想ではあるのだが・・・でも、あながち間違ってはいないと思う。
(なんせ、この雪の道、ほとんどバイアスの魔術で掘ったからなぁ・・・)
バイアスが手かざしたかと思うと、訳の分からない幾何学模様をした魔法陣が突然手のひらの前に現れ、次の瞬間、火炎放射機顔負けの火を出したのだから、これのどこが「使いやすいように出力を落とした」ものなのか、問いただしたいくらいだ。
でも、と思う。あんな便利なのがあるのだから、一度は使ってみたい。いや、むしろ使いたい。
今まで、ファンタジーな世界でしかありえなかった技術が、目の前にあるのだ。その興奮といったら、すこし子どもの域を外していたほどだ(いや、まだ立派な5歳児だけど)。
もちろん、すぐに教えてくれるように頼んだ。それはもう、目をウルウルさせて上目づかいをして、子どもの武器を最大限に活用して迫った。
その、お願い、にバイアスはかなりの間自分の何かと葛藤していたが、結局、
「まだガキには早い」
という、にべにもない一言(かなり悶絶しながらではあったが)。
それ以来、魔術に関してバイアスは一貫して、ライハにはなにも教えていない。
さきほどの魔術の歴史などについては、ある程度ライハの魔術に対する情熱を少しでも削ぐためか教えてくれた。それでもほんの少しだけだ。こと技術的なものに関してはまったく教えてくれなかった。
「早く教えてくれないかぁ」
そんな淡い期待を想いを馳せながら、薪割りを再開する。
・・・カンッ!
あたりに薪が割れる音が木霊する。
どのくらいしただろうか、ライハはふと自分以外の気配を感じて、薪を割る手を止めた。
早朝稽古をするようになってから、気配に対してかなり察知することができるようになっていた。
辺りを見渡す。
誰もいない。
あるのは自分と、白銀の世界だけ。
「・・・・・・」
心を落ち着け、気を静める。
そして、辺りの気配をもう一度、探る。
『・・・ぁ』
今度は、分かった。
小さくだが、声も聞こえた。
自分のすぐ近く、左後方。
ゆっくりとそちらに目を向ける。
そこには・・・、
『聞こえるかぁ?』
身体を燃やしながらこちらを見る、小さく、燃える小鳥がいた。
ここから物語が少しずつ進みます。
主人公の能力も少しずつ明かされていきます。