五回目 早起き
進みが遅いよね
4歳になった。
家の前にある、少し広い庭。
まだ陽が昇り切っていない早朝。辺りには霧が出ていて、少し視界も悪い。
そんな薄暗い中、俺はゆっくりと準備体操を行っていた。
なぜこんな早朝に起きて準備体操なんかをしているかというと、稽古をするためだ。
俺が赤ん坊として生まれる以前の世界――日本で日課のようにしていた柔術の稽古だ。
もちろん稽古といっても、無茶な筋力トレーニングなんかをするわけじゃない。
まだ未発達な4歳の身体でそんなことをすれば、骨格に歪みが生じるかもしれないし、なにかしらのムリが出てくるかもしれない。
それは今は良いかもしれないが、後々成長するにあたって無視できないほどの後遺症になる可能性もある。そんなリスクを負ってまで筋力をつける必要はない。もちろん今現在は、だけど。
一つ一つ、丹念に準備体操とストレッチを行っていく。
なぜいま? と言われれば、4歳になったから!、と答えておくが、それだけではない。
バイアスいわく、この世界は常に危険と隣り合わせらしい。なんせ『魔物領』なんてあるのだから。
それなりに安全は保障されているらしいが、いかんせん、魔物との遭遇は日常茶飯事!ということらしい。
そういったこともあり、4歳となったのをきっかけに稽古をしようと思ったわけだ。
「・・・・・・」
準備体操を終え、最後に軽くジャンプをし、目を閉じる。
(できれば、魔物とは遭いたくないなぁ・・・)
そんな後ろ向きまっしぐらな考えも、徐々になくなっていく。
ゆっくりと腰を落とし、構える。
「・・・・・」
今から行うのは、型の稽古だ。俺が習っていた古流柔術の型。
「・・・・はっ!」
気合を発するとともに、基本の構えをする。右足を少しひいて半身になり、右手は右目の横に、左手は、左の腰の位置にそえる。と同時に両の手は『拳』をつくる。
古流柔術、基本の構え。
『天地陰陽の型』
そのまま、両の『拳』を振り、流れるように型を行っていく。
以前、道場に通っていた時、古株の門人からある話を聞いたことがあった。
いわく、流派の先人たちは、小さいころから型や試合を行い、型を身体に覚えさせ、その技術一つ一つを、己の一部としたという。身体に染み込んだ『技』は、あるときはその身を守り、またあるときは必殺の技として相手を葬った。そうして、昔の先人はいついかなる時でも、『技』が出せるように、自分の身体に『型』を仕込んだのだ、と。
ならば、いまこのときから、稽古を行えば、いつか俺も『技』を身体に染み込ませることができるのではないだろうか?
もちろんそのためには日々のたゆまぬ研鑽が必要だ。
しかし、その研鑽は俺を裏切らないだろう。それにぶっちゃけ、魔物に襲われて、はい死にました!なんて、かなりいやだ。
そんな考えも型を行っていくうちにどこかへ消えていく。
無心に型を行う。
「・・・ふっ!」
最後の動作を終え、呼吸を整える。
生きるための稽古。生き延びるための稽古。
(・・・・・・でも、できれば遭遇したくないなぁ。むしろ寝ていたい。)
そんなことを思いながら、1日目の早朝稽古を終えたのだった。
うん、遅くてごめんなさい