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第四章 ~決意の道標~①

第四章の始まりです!

少しセリフにムラがあると作者も自覚しています。ご理解ください。

(ご理解くださいなんて言うもんじゃあないなあ……)

第四章 ~ 決意の道標 ~




 リオンは天井を見ていた。

そこから吊り下がっている豪華なランプが放つ、ほんのりした明かりが妙にまぶしい。


 時々雲の影が部屋の壁を歩き、それを見ているだけでも、何故か余計な考えが紛れてくる気がして幾分か助かる。

 外の光に比べれば幾分か落ち着いていられるような気がした。


 外では自分のいた世界とは違う。人間で溢れかえっている世界が、たった一枚の壁によって分断されているのだから。

 いや、もしかしたら昔はそんな環境に居たのかもしれない。が、今その環境に適応するというのは、はるかに困難を強いることになる。

 しかしここに閉じこもって落ち着いていられればいられる程に、それはそれで問題と向き合うことになる。


 自分は確かに鳥人間(ホルス)である。それは間違いない。

 しかし不死鳥(ポイニクス)と言われるのがどうにも腑に落ちない。


 確かにあの時、目覚めてからの記憶以外ほとんど曖昧だ。それは分かっている。

 けれど、鳥人間(ホルス)の中でも最も崇高なる不死鳥(ポイニクス)が、どうして自分なんだ? 

 何故皆そう言う?

 俺は一度も不死鳥(ポイニクス)だと名乗った覚えはないのに。それに――リオンは自分の翼を見つめた。


 (本当に不死鳥(ポイニクス)ならば、翼は真紅のハズなんだ…)


 それはリオンにとって、珍しくも絵的に覚えていた事ではなく、知識として身についていたことだった。そしてリオンを苦しめてもいたのである。

 考えれば考える程に分からなくなる。それがさらに自分が自分であるということの自信の空虚感をあらわにしていった。


「っつ!」


 リオンは突然にベッドから飛び起きた。またしてもあの激しい頭痛が襲ったのだ。

 自分の存在を、以前の記憶を無理に呼び起こそうとすることへの拒絶反応とでも言おうか。


 それはあまりにも突然に起こり、そしてあまりにも素早く消えていき、そんなことがこの数時間の間に何回も繰り返されていた。むしろ頭痛なんかには慣れてきたぐらいだ。


 しばらく力いっぱいに頭をかかえていたが気付けばまた、いつのまにか痛みは消えていた。ただそうしていればいつか本当に何かを思い出せるのではないかと、くだらない希望をかけていたが、それももう限界だった。


「疲れた……」そう言いながらその場にバタンと大の字に倒れた。


 例えどんなに普通の人間だとしても、本当に〝何も考えない〟というのは時にどんなことよりも難しい事になることがある。

 まさに今のリオンはそんな状態だった。


 何も考えるな、と頭の中で何度も言い聞かせても、それは逆にそれを考えていることになるわけだから。気づけばまたあの頭痛が襲ってくるのを待ち構えるしかなかった。


 何一つ思い出せないのも確かに酷なことだが、ほんの少ししか思い出せないというのもさながら酷であった。

 そしてそれを無理に広げようとすれば、再度頭痛に悩まされる。だがそんな恐怖よりも、今のこの状態の方が断然に怖かった。暗闇に突き落とされたように。

 

 何故自分はここに来たのだろう。そもそも何故あんなところに自分は閉じ込められていたのだろう。

 その前はいったいどこにいたのだろう。


 あの氷の洞窟を抜けて、無意識で飛んできた。

 浅いと思われた傷も、飛んでいるうちに次第に広がっていき、いつしか飛べなくなってきて……気がつくと、目の前にはイリアスがいた。


 朦朧としていたあの時に、何か温かいものが体の中に流れ込んできたような感覚を思い出した。ふとリオンの頭に、イリアスの笑顔が浮かんだ。


(あんたに…初めて会った気がしないのは…何故だろう)


 もともと人間は好きではなかった。そんな気がする。

 でもその中でただ一人、ゼルセウスだけは違った気もする。

 そしてその気持ちに似ているのがリオンの無意識のうちにイリアスに対してもわずかながら一瞬向けられたのだった。


 今はこの部屋にイリアスはいない。

 あの後、多少強引にも部屋に戻されていったのだ。

 それからはこの三日間、イリアスが幾度となく部屋を抜け出してここに来ようとしていたことも、そしてことごとくあの兵士に捕まっていたことも知っていた。


 時折扉の外で聞こえる口論がやけに耳触りで仕方なかったので、かえって印象強く残っているのである。

 それでも懲りずに何度もここへ来たがる理由がまったく理解できないが、少なくとも、あの兵士がまだ近くを見張っているのかも知れないし、きっとイリアスはこの部屋に入ってはこられないだろう。


 リオンは小さく頭を振った。


「何をばかなことを。俺は……面倒なことは御免だ」


 だがミディウスというこの国の国王に会ってから、まだ三日程しか経っていないといえども、結局アデマの場所もわからず、アデマに行けば何がわかるのか、それすらもわからず。

 自分の存在が理解できないリオンは、あれからずっと頭の中をぐるぐると回っているものと闘っていた。


 一つだけひっかかることがあるとすれば――。



      世界を混沌へと陥れる未来…



 自分が少なからず恐れられる対象となれば、いくら未練のない国だとしても、いささか不安はよぎる。

 確かにここに来たことに理由は無い。ここに居たいとも思わなければ、ここを出たいとも思わない。

 ただ自分が本当に何者なのかを知りたい。だからその鍵が奪われるようなことはしたくない。でもどうすることも出来ない現実を、リオンは深く嚙み締めていた。

 

 しかし、そんな時こそおかしなことは起きるものだ。


(生きていても死んでいても同じだって言うのなら、生きてみればいいじゃないか)


 リオンの頭の中で、ふいに誰かの声が聞こえた。


(迷うことも当然だ――今という経験の連続、それが未来なのだから。未来を創るのは、今なのだ。だから決して今をおろそかにするなよ。ときに考えないことも大切な時があるということを忘れるな)


 リオンは自分の声を誰も聞いてはいないのに、誰にも聞かれないように注意しながら微笑した。


「ゼルセウス。あんたなのか……」リオンは頭の中をめぐる声の主に向かって呼びかけた。


 責任はある。たった一人の生き残りであるなら、あがいたってかまわない。もしその脅威が自分自身であるなら……一人で。


 真実が知りたい。

 そして、アグリムに似ていた男が言っていたこと。

 そうだ、何故自分があの男に狙われたかだけは、はっきりしているのだ。決してドラゴンを蘇らせてはならない。


 リオンは目を閉じた。そして、まるで水いっぱいになった釣瓶をゆっくりと引き上げるかのようにその重たい体を起こした。

 その瞳は透き通った水のように澄んでいた。


「今できることをやればいいだけだ」リオンは目を見開いた。


 小さく深呼吸をし、そして少しずつ肩に力を入れた。痛みを堪え、横でパタリと沈黙を徹していた翼が、ゆっくりと息を吹き返すように、そして一気にその場に舞い上がった。


 


 そこには見たこともないような美しい絵画を目のあたりにしたかのような光景が、イリアスの目に飛び込んできた。羽が舞い、陽の光に照らされたリオンの姿が。


 イリアスはリオンに気づかれないようにそっと部屋に入ってきていたのだ。

 しかし無意識にもイリアスが「奇麗……」と呟いたのが聞こえ、リオンははっと声の主がいる扉に視線を移した。


「あんた、どうして……」


 どうしてというのはつまり、扉の外であの兵士が見張りをしていることを知っていたからだった。そしてその中にはうっとうしいという表現もどこか含まれていたのかも知れない。

 誰にも知られることなく出て行きたかった。だが彼女はそんなことに気を遣うつもりはないらしい。


「えへへ。シェルミアの隙をついて…来ちゃった」どこかいたずらに笑い、何も警戒することなくイリアスは傍にある小さな椅子に腰を下ろした。その様子を横目にリオンが言った。


「何故そこまで俺に関わる」一つ溜め息にイリアスとは全く目を合わせず、その面持ちはとげとげしく、突き放すようだった。


 イリアスの表情に無邪気に笑っていた笑顔はもう消えていた。

 ただリオンの言葉に怯えたわけではない。その今しがた見た光景の意味を、イリアスはちゃんと理解していた。


「一人でも、行こうとしたんだね…」


 リオンは一呼吸おいた。「……それがどうした」


「無理はダメだよ」イリアスはリオンの言葉に、すかさず答えた。

 自分のおかれている状況と少なからず矛盾していたが、それはきっとイリアスの優しさから生まれた言葉だった。


 しかしその優しさが微塵も伝わることはなかった。

 すっとリオンの背中から広がる羽を手で追い、包帯を巻かれているその怪我をやさしく撫で上げる。

 その怪我の程を見れば、誰でもわかる。まだ当分は飛ぶなんて到底無理な話だ。


「ほっといてくれないか」リオンは無理矢理にもその場に立ち上がろうとした。傷がうずこうがうずくまいが、そんなことは関係なかった。


「ほっといたらどうするの? 何か思い出すの?」


 その言葉にリオンはピクリと動きを止めた。


「私はそうは思わないよ。焦ったってどうにもならないことはいくらでもある。ここにはいつまででも居ていいんだからゆっくり……」


「俺といれば辛いだけだ」かろうじて聞き取れるかどうかというほどのか細い声でイリアスの声を遮った。


「何も覚えていないのにどうしてそんなことが分かるの?」イリアスはその顔をのぞきこむように言ったが、リオンはそっぽを向いた。まるで少しでも自分から遠ざけたいと、その体が言っているかのように。


「………」リオンは無言でその場を通したかった。あわよくば無愛想な自分に愛想でもつかせてくれれば、むしろその方が楽だったのに。


「だったら私も行くわ」

 イリアスは少し考えてから思い切ってそう言った。決して冗談ではないことはリオンでも分かった。そしてそれがリオンを無理にも振り向かせることとなった。


「何?」


「だから、私もついていく。オフィンポス山まで……一緒に行くわ。ゼルセウス様の予見は本当だった。あなたは今ここにいる。やっぱりいないと証明できない人なんかいなかったのよ。どの道行くことは変わらない。だから、私にもやらなければならないことがある」

 

 その目ははっきりと、意志を頑なに示した目だった。だがその言葉には続きがあった。


「でもその前にやりたいことがあるの」

 イリアスはその場にすっくと立ち上がった。その目は輝きと、どこかいたずらに嬉しそうに笑っていた。


「いいことを思いついたんだ。リオンに見てほしいものがあるの。だからそれまで少し国を出るのは待っていて、ね」

 イリアスは一人で勝手にそう言うと部屋を出て行った。


「あんたの言うことを聞く義理はないな……」とリオンはそう言いかけたが、何故かリオンの口からそれが言葉として出てくることが無かった。

 いや、決して言うタイミングがなかったわけではない。

 むしろそれこそ何一つ義理もなく、黙って出て行けばいいだけだった。が、体が言う事をきかなかった。


 口だけが小さく開いたままで、いつの間にかイリアスの後ろ姿に見とれている自分がそこにいることに気付き、リオンはそのままゆっくりと閉まっていく扉をゆっくりと眺めていた。









この回の最後からでしょうか。リオンが段々と心を開くようになるのは。

当事者でないとわからないっていう書き方って、ある意味反則。心境の変化を描写するということがどれだけ難しいか、この作品を書いているとしみじみ思う瀬戸です。

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