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第三章 ~運命の始まり~①

第三章です。ついに特別な二人が出会う。


   第三章 ~ 運命の始まり ~


 

 

 目の前には、果たして黒い背景が見えているのだろうか。それとも何も見えてはいないのか。

 その瞬間でのイリアスの意識は、それ以外のことを考えることはできなかった。

 数分と経った頃だろうか。やがて、目の前が真っ暗なのは目を閉じているからだと分かった。


 特に力を入れているわけでもないのに、まぶたがギュッと閉じられて。だがふと気付いてみれば、まぶたが相当重いことも分かった。

 目を開けたくとも開けられないのだ。だがそれだけじゃない。手も足も何もかもが動かすことすらままならない。せいぜいぷるぷると震えるくらいだった。

 その状態がどういうことなのかすら分からないせいで、驚くこともできない。ただただそこに横たわっているだけだった。


 しかしいつしか意識だけはなんとかはっきりしてきた。

 なんとも不思議な気分で、頭の中がすっきりしているような気もするし、まるでそうではない気もする。


 ただはっきりしてきたわずかな記憶が、あの儀式で身につけた指輪のせいで、私は動けないのだということを自覚してきた。確かに左手の人差し指に、指輪らしきものがはまっている感触がある。それだけははっきりと感じられる。ただ、はっきりと感じられるものはそれだけではなかった。あの時言われた通りだった。普通が普通ではいられない。


 しかし気絶するほどだなんて…。


 指輪をはめた瞬間からの記憶が全くない。

 それにあれからどのくらい経ったのだろう。一時間? 二時間? もしかしたら二、三日も経っていたりするかも知れない。

 何も知らないイリアスが感じる時間はせいぜいそのくらいの日数だったのである。


 そう言えば今回、寝ている間には何も見えなかった事に気がついた。予見どころか、ただの夢でさえも。はっきりと〝見ていない〟と分かる。こんなことは久しぶりだった。

 イリアスは倒れてから今までの時間が、ほんの数分の出来事にすら思えてきた。


 おかしな体。

 心の中ではまるで誰かを嘲るかのように笑っていた。だが顔はあまり動かないのはそのままだった。

 イリアスはなんとかまぶたを開くことができないかと努力してみたが、あまり長くは続かなかった。

 あまり力が入らない。何故ならばイリアスはこの上ないほどにお腹がすいていたのだった。


 そうよ。緊張のしすぎで、あの日は何も食べていないんだもの。お腹がすくのも当たり前よ。


 顔を火照らせ、開き直ったかのように心の中でそう言った。

 ただそれでよかったことは、まったく恐怖というものが無かったことだろうか。真っ暗な世界であろうとも、それよりも大変なことは、イリアスの中では今や空腹である件だった。


 そんなとき、フワッとした気持ちの良い風がイリアスの頬を優しく撫でるように入ってきた。


 窓が開いているのだろうか。

 まるでどこかのきれいな小川にでもいるかのように澄んだ空気の匂いが、イリアスの五感の一つを蘇らせてくれる。


 耳をすませば街の人の元気な声が聞こえる。

 時間帯にして、もしかしたら夕刻なのかも知れない。そう感じられるのも、国を愛するイリアスならではのことだった。

 この国の空気すら感じとれるイリアスであるからこそ。そしてその外では確かに鳥の声も聞こえた。

 どんな鳥だろう…そう考えたとき、あれほど力を込めても開かなかったイリアスのまぶたは急にすっと開いたのだった。


 ん…まぶしい。


 まるで長い、長い暗闇のトンネルから久しぶりに抜けることができたかのように、その光があまりにもまぶしく感じられた。

 同じ〝何も見えない〟ではあるものの、それはまるで意味が違った。

 瞬間、さっとイリアスは左手で目を覆った。いや、覆うことができたのだ。突然動くことのできたイリアスは、自分が先程とまったく別の体であるかのように思えて、不思議でしょうがなかった。


 数分とかからず、イリアスの目はだいぶ光に慣れてきた。

 左手を下ろし、ふと窓を見れば、光を遮る布がさらさらと音をたてて揺れていた。

 半開きになっているその窓の隙間からは、まるでオレンジ色に鮮やかに輝く夕陽が何本もの光の帯となって街を、城を、イリアスを照らしていた。イリアスは自分の感覚が的中したことに少し得意気になった。


 ふと何かに気づいたように、今下ろしたばかりの左腕を見た。

 手首の裏側をひょいと日にかざしてみる。今でこそうっすらとしてきているが、イリアスはそこに確かに日の光を反射している王家の紋章を見てまたうれしくなった。


 しかし、そんなことも忘れるほどに、不思議なものが視界に入ってきた。

 窓のそばに黒いものが点々と広がっている。

 そんな模様は以前には無かったはずだ。


 例えそれが新しく据えた模様だとしても不自然な模様であることに間違いない。

 イリアスはなんとかゆっくりと力を入れて体を起こし、足をついた。まだ走ることは当然のことながら、歩くことも完全には無理らしい。


 ぷるぷると震える膝のあたりがなんともむず痒い。まるで高くて幅の狭い塀の上を歩くように、窓の方に向かってよろよろと歩いて行くと、そこにはどす黒いものがあちらこちらに付着しているのが見えた。


 あきらかに異質なものに、イリアスは恐怖さえ覚えた。手を出してみたが、それに触れてみる勇気がなかった。「なに……これ」


 しかし、窓の傍で頭を悩ませていたその時、突然後ろの方でガタッという音がわずかに聞こえた。

 と同時にふと振り返ったとき、その音の正体が分かった。

 イリアスは驚いて少し後ずさった。足がよろけたものの、奇跡的にもなんとか踏ん張りを利かせてそのまま前を見続けた。


「だ…誰?」


 イリアスの視界に入ったものは、部屋の扉の近くに、人らしき者がうずくまっている姿だった。


 そこにいる者からは、何かがポタッと滴る音もする。

 イリアスにはすぐにその何者かが酷い怪我を負っているのではないかと思った。あの窓に付着していたものが、もしかしたらその血の跡だとしたら、相当重症かもしれない。


 一体そこにいるのが誰なのかを知りたがったが、イリアスからはその者の姿がうまく影に入ってしまっていたせいもあって、その人物が確認できなかった。ただイリアスからは黒い影としか見えないその者に向かって、恐る恐る口を開いた。


「一体どこから――」


 普段ならばイリアスの部屋の扉の外側には、一本道である階段の下に見張りの兵士が立っている。

 とても気の優しい人で、出入りが困難というわけではあるまいが、いくらなんでも血を流した不審者を部屋に入れるなんてことはしないだろう。

 それでなくとも、怪我をしてこの城を徘徊していればいつか誰かに見つかるのは必至だ。


 窓からといっても、ここは城の最上階に位置する王室の真下。一度その窓から落ちかけたことのあるイリアス自身が一番良くわかっている高さだ。誰であろうとそこから入ることなど、そんなバカなことができるわけがない。


 何も見えないその人物からは、ただただ呼吸の音がするだけだった。


「あなた、誰なの?」今一度、イリアスがそう問いかけた。だが……。


 その時、太陽が雲の切れ間から顔をだしたのか、夕陽の光がその者を照らした。

 ちらりと見えたその瞬間、イリアスは驚きのあまりに、はっと息をのみ、両手で口を覆った。


 そこにいるはずのない者が、そこにはいた。


「ほ……鳥人間(ホルス)!」


 ふいにでた言葉だったが、瞬間、光に照らされ、そこには確かに背中に翼をもった、まるで人間のような青年がうずくまっているのがはっきりと見えた。


 イリアスはいつか見たあの本の中の絵の姿がすぐに頭に浮かんだ。それと重ね合わせるように、イリアスはその鳥人間(ホルス)を見つめた。


 それに反応してか、鳥人間(ホルス)はぎらりとイリアスを睨みつけ、片手で体を支えながら荒い息遣いで、「に…んげん」と呟いた。


 イリアスには、まるでこれが幻想なのかそうではないのかと、混乱していたが、確かなことは、この青年のような鳥人間(ホルス)が酷い怪我をしているということだった。


 鳥人間(ホルス)の右側の翼の一部分が、まるで何かに削り取られたかのように傷を負い、右手はまるでそこに飾りものでもぶらさげているかとでも思わせるほどにだらりとさせている。


 右腕の上のあたりからはひどい出血がみられ、流れた血で翼が赤く染まり、そして血が固まっている箇所に至っては既にどす黒く、翼を悲惨な状態にさせていた。

 傷を負ってからずいぶんと時間が経っているようだ。

 きっと長く飛んでいたせいで、何かの傷が大きく開いてしまったのだろう。このまま傷を放っておけばやがて永遠に塞がらなくなってしまう。


 しかしそんな状態の中、腹部に見られた傷だけはどこか違う。

 最近負った傷とは別に、そう…はるか昔に負った傷であるかのような、それもたかだか二・三年とは違う。もっと長い年月を経過している傷だとそれを見たイリアスは直感した。


 怪我を心配して一歩近付くと、鳥人間(ホルス)はまるでイリアスのことを、悪魔が近づいてくるかのように感じたのだろうか、なんとか逃げようとしたらしいが、がたんと音をたててその場に突っ伏してしまった。


 ここまで飛んでくるのに、きっと全ての力を注ぎ込んだのだろう。


 もはや鳥人間(ホルス)にはイリアスを睨むことしか術は無くなっていた。あるいはほんの数歩、動くことができるかどうかの状態だった。


 床をその爪で力いっぱいにひっかいて、息も荒いままに、眼だけはするどくイリアスに突き刺さるように――。


「…おい、今なにか音が聞こえなかったか?」

 階段の下からそう言う兵士達の声がかすかにイリアスの耳に届き、イリアスは焦った。


(今のが聞こえてしまった? たぶん私はまだ眠っていると思われているのだろうから、その部屋から音がしたとすれば当然誰かが確認しに来る。しかしこの状況でもし人が入って来たら…。だめだ。どうにかして隠さないと……でもどうやって?)


「まさか。でももしかしたら…イリアス様が? おい、シェルミア様に報告を――」そう言って二人の兵士が走って行くのが分かった。


 シェルミアが来る。

 そうだ、シェルミアなら…。シェルミアにだけなら……。

 そう思うイリアスの額を一筋の汗が流れた。


 シェルミアの部屋に飛び込んできた二人の兵士の報告を受けるや否や、すぐにシェルミアは部屋を飛び出してきた。


「本当に物音がしたのか?」シェルミアは出来る限りの速さで回廊を歩きながら言った。


「はい。確かにさっき、がたっという物音が…」兵士はシェルミアの歩く速度についていけず、走りながらそう言った。


「音がしただけだと? 姫様の目が覚めたというわけではないのか?」

「それが、確認もせずに来てしまったものですから…」


 兵士はシェルミアを前に申し訳なさそうに頭を下げていたが、そうこう言っているうちに、もはやシェルミアは部屋の前まで来ていた。

 二人の兵士を階段下に残し……いや、やっとシェルミアに追いついたといってもいいだろう。


 シェルミアが駆け足でイリアスの部屋の扉に駆け寄る。そしてその足音はイリアスにも聞こえていた。


「まあこの際もはやそんなことはどうでもよい。いまは姫様の安否がしんぱ……」シェルミアがイリアスの部屋の扉に手をかけたときだった。


「入ってこないで!」

 その扉を挟んで、中からイリアスが叫んだ。いや、叫んだというほどの大声ではないが、鳥人間(ホルス)

 の興奮をあおることのない程度に抑えて言った。


「姫様?」シェルミアの手が、ほんの少し、扉を開けたところで止まった。と同時に鳥人間(ホルス)はピ

 クリと後ろを警戒した。


「今は入らないで、お願い」


「一体何を……。それよりも、お目覚めになれたのですね。お体の方は大丈夫なのですか? どれだけ皆が心配したと思って……」

「お願いだから、話しを聞いて」


 いきなりシェルミアが入ってきたとしたら、すでに興奮状態の鳥人間(ホルス)がどの様な行動にでるか。場合によってはシェルミアに飛びかかるかもしれない。無理にこれ以上体を動かしたりなどすれば傷口が二度と塞がらなくなってしまう。


 しかしそんな状況はシェルミアには想像もついていないだろう。

 明らかにイリアスの事しか心配ではないシェルミアにとって部屋に入らないという選択肢は無かった。

 シェルミアは止めていた手を再び動かしてしまった。


 シェルミアが扉を開けたすぐ側に、鳥人間(ホルス)はいた。


 シェルミアの体は、幾度もの鍛錬のためか、目で確認するのが先か、それとも気配のみで察知したのか、それすらも本人でさえ分からぬほどに瞬間的に、反射的に腰の剣に手が伸びた。


 ――が、剣を抜くまでには至らなかった。

 イリアスの方が早く動いていた。動くことができた。


 足が勝手にそこまで移動したかのように。イリアスは後ろから怪我だらけの鳥人間(ホルス)を抱きかかえていたのだ。

 シェルミアは静止したが、鳥人間(ホルス)の手は既に動いていた。その爪は前に出ることのなかったシェルミアには届かずにそのまま空を切り、そして…勢い余ったその手が後ろにまで振りぬかれ、イリアスの右肩をかすった。


 イリアスの肩からは切り裂かれた服のその間から血が滴ったが、イリアスは唇を嚙みながら耐えた。

 シェルミアが「姫様!」と叫び、鳥人間(ホルス)のことなど構うことなくイリアスに手を差し伸べようとしたが、イリアスの目がそれを抑止させた。

 それだけの力があったのだ。


 まるで見えない何かに押し出されたようにシェルミアはそれ以上足を踏み入れることができず、そしてシェルミアにはわけが分からずも、これ以上無駄な手を出すことは無いと分かると、


「怖がらなくて大丈夫だよ。私達は絶対、あなたに何もしないわ」お願いだから落ち着いてほしい。そんな思いを込めてさらに小さく――「お願い」と言い加えた。

 イリアスが優しくそう言うと、序々に鳥人間(ホルス)の体から力がぬけていくのがイリアスには分かった。


 イリアスはふと確信したことがあった。


 私が予見で見た鳥人間(ホルス)と…同じだわ。きっと…あの時の予見の、本当の意味は――。


「私の名前はイリアス。あなたのお名前は?」


 その声は確かに鳥人間(ホルス)の心に響いた。

 が、きっとその時点ですでに体力の限界を超えていたのだろう。無意識だったに違いない。

 鳥人間(ホルス)は「…リオ……ン」と答えると、そのままイリアスの腕の中で眠りに落ちた。




話のでき具合はやはり自己満足によって客観的視点は難しい。

ぜひここまででも、この先気になる、とか批評でさえも、

感想をいただけたら嬉しいです。

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