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第二章 ~魔法の指輪~②





そこにいる姿を見て、シェルミアは一瞬言葉が詰まった。


「おお、これはまさしく――。姫様、何とお美しい…」


正直なシェルミアの言葉にイリアスは照れて、顔はほてってしまったが、小さく笑った。

「…ありがとう」


 昨日と違い、国の正装に身を包まれたイリアスが、そこに立派に立っていたのだった。


基調は白だが、所々に紅い刺繍の施されたドレス。

髪をてっぺんで結い、そこにいるイリアスはまるで先代の生き写しと言っても過言ではなかった。


そう、それはティリーナも身にまとっていたドレス。

壁にかけられている母の絵が、どこかいつもより微笑んでいるように見えたのは、決して思いすごしなどではないのかも知れないとシェルミアは思っていた。

 シェルミアが道を開けると、二人は城の石段をゆっくりと降りて行った。


 国の中心よりも、少しばかり西の港よりに位置する、何百年と昔にとても頑丈に造られ、以来つねに人々を守り続けてきたアヌシュミール城。

その裏側に存在する聖地の、ある場所で儀式は行われる。

さっきまで城の下に集まっていた人々はもう聖地の方へ移動してしまったようで、城の中はまるで静かだ。


 二人はしばらくの間、無言のまま回廊を歩いていった。

いつも見ていたそこからの街の景色には、今では誰の姿もない。

誰もいない殺風景なその街の景色ですら、イリアスを祝福するように、陽の光を反射させて見せる。


 ふいにイリアスが口を開いた。

「ねえシェルミア…覚えてる?」

 シェルミアはイリアスに振り向いた。


「初めて城の外に一人ででかけた時のこと……シェルミアと一緒に、あの裏口を作って、ワクワクしながら外に出ようとする私に、ある約束をしたこと…」

 シェルミアはそれを聞いてにこりと笑いながら言った。


「〝この城から外へでるならば、戻ってくる時にはそれ以上の笑顔で帰ってくること〟 もちろん覚えていますとも」

 イリアスは真剣な、しかしやや照れ臭そうな表情で言った。


「今度もね…約束しようと思うの――」


 シェルミアは突然にそう言う隣のイリアスを優しく見つめ、そのままイリアスの言葉を待った。イリアスは笑った。


「立志式を受けるからには、私が立派な王女になれた時には……今以上に、みんなを笑顔にすること」

 言いきったあとに、どう? と確かめるように、イリアスはシェルミアの目を見た。

その笑顔が、すでにシェルミアの笑顔に変わっていた。

にこりと笑うイリアスに向かって、シェルミアはひざをつき、そしてイリアスに向けて、小指をたてて向けた。


「約束ですよ?」

 イリアスも小指をだし、シェルミアと契りをたてた。イリアスは大きく頷いた。

「約束するわ」


 その笑顔から見てとれるのは、ただの優しさだけではなかった。

きっと、いつまで経ってもイリアスはこの約束を忘れることはないだろう。

そう信じられる笑顔。しかしその笑顔は、瞬間何かを思い出したようだ。


「あっ、どうしようシェルミア。これからお花屋さんに寄ることはできないかな」

 唐突にそういうイリアスに、シェルミアの表情は曇る。


「花屋……ですか? 寄るのは構いませんが、この時間ではもう店の主人も聖域にむかったのではないかと……」

 

少しの希望を持ってみたが、さすがにシェルミアの言う通りだろう。

残念そうな眼を見せるイリアスにどうしてかと聞いてみたら、イリアスは顔を赤くして答えた。


「儀式の前に……お母さまのところに寄りたくて」恥ずかしそうに、もじもじと小さい声で言った。


何ら恥ずかしがることもない。

母のいないイリアスが、自分の姿を見せたいという願いに、シェルミアは一つ提案した。


「それでは――」

 二人は聖域へと向かう回廊の逆方向へと降りて行った。

その道は、イリアスにとって一番慣れ親しんでいる道。

いつも朝の挨拶をすませているシェルミアの部屋へと続く階段の下から、正門とは反対の方へと向かう。

 ある日の予見と同じように、今ここにはシェルミアを除いては他に誰もいない。


「みんな聖域に行っちゃったのかしら」

「見張りの者が見張り塔の上に何人か残っているはずですよ。みんなそれはもう悔しがっていましたがね。姫さまの……ああ、あそこです」

 

シェルミアはふと曖昧な言葉を残して外を指さした。

そこは、あの秘密の裏口。そしてその辺りに色とりどりに咲いている草花の中から、ある花のところへとイリアスを連れて行った。


「こんなところに、ミリーディルの花が咲いているなんて……」

 イリアスはすっとかがんでその小さく、白い花を手に取る。

長い葉の間から小さな、小さな花びらを、真っ直ぐに、誇らしく咲かせている。

そしてなんとも優しく、イリアスを包み込む。


「ミリーディルは、ティリーナ様の一番好きな花なんです」シェルミアもイリアスの傍にしゃがんだ。

「シェルミアが植えてくれたの?」

 イリアスの問いに、シェルミアはにこりと笑った。

「ティリーナ様も、きっと姫さまがここから外の世界へ行くのを、見守りたいと思ったことでしょうから」

 シェルミアはその花を数本だけ手に取り、イリアスに渡した。

その花を受け取り、イリアスは胸に抱きしめる。「ありがとう、お母様」

 

そして二人はまた、ゆっくりと聖域の道へと向かっていった。



単純に考えて国民は一生に二度、もしくは三度程しか行くことの許されない聖地に行けるとあらば、誰もが我先にと集まるのも無理はない。

今日ばかりは、聖地にはこれ以上入ることのできない程の国民で埋め尽くされた。

 

その中央。聖地で最も神聖な場所、代々受け継がれていく指輪の封印されている祭壇のそのまた中心に、イリアスの父、国王であるミディウスが既にいた。

そしてその隣には神官と呼ばれる者が祭壇にある石碑に向かい何かをしていた。

辺りに集まった人々は、ざわざわと話し続けながら、イリアスが来るのをいまやいまやと待っている。


イリアスは、そこから少し離れた母の石碑の前に、ミリーディルの花を添え、かがんで祈りをささげた。超えたいと願う母。

そこに今、挑戦しようというイリアスに、周りを囲むまた違う花が、風と一緒にイリアスを励ます。その音の中に、何かが聞こえたような気がした。

それはあまりにも小さな声で、そしてあまりにも大きな存在で…イリアスは母の声を聞いた気がしたのだ。


イリアスははっと上を向いた。

幻聴だとわかっていても、信じられないという言葉はあまりにも相応しくない。

疑うことすらするに及ばず、イリアスは何気なくすぐにそれを信じることができた。

イリアスはその時、確かに母の声を初めて聞いたのだ。

イリアスは笑った。ただ一言…「頑張って」――と。そう聞こえたのだ。

数秒と目をつむっていたが、やがて立ち上がりその場を後にした。皆の待つ祭壇へ。







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