第六章 ~魔の森~②
最近は飲み会のシーズンだそうで。僕もよく誘われる。
そこでなんでワインが好きなん、とよく聞かれる。
そう。ビールが飲みたくないからと覚えた技。それが「ワインちびちび飲み」であった。これならお酒があまり好きではなくとも飲み会で生きていける。それから僕にビールを飲もうと声をかけてくるやつがいなくなった。
だって、、、ビール飲めないんだもの。
第六章の二部。スタートです
一見それは森と言うのかジャングルと言うのか区別はつかなかった。
何本もの太いツルを巻いた大きな木が目の前に立ちはだかるように生えていて、辺りはまるで整えられてもいない草が自由に地面を埋め尽くしている。
入口からすでに人一人が通れるかどうかというほどだった。もはやこれが入口かとリオンは疑問に思ったが、アルクレアは何も言わずに森に入っていった。
風の鳴らす低い音以外、その中からは何も聞こえない。この中に動物は住んでいるのだろうかとリオンは思った。
アルクレアの馬はもともとそうなのか心配する必要はなかったが、リオンとイリアスの乗っている馬は、その雰囲気の前に唸り声一つ上げることはできず、音をたてるなと注意せずとも、そんな真似してはたまるか、と頑として口を閉じていた。
千二百年もの間、人間を遠ざけていたというのも納得のいくほどの道のりだった。
いや、道こそなかったが、アルクレアはそこにあるわずかに通れる隙間を知っているように進んでいった。
手綱を再度握りなおし、慎重に歩を進めた。
リオンの隣でイリアスが息を止めるかの様に顔をしかめたのが見えた。どんなに虚勢を張ったり、義務をかかえたりしていても浮き彫りにされる闇にだんだんと包まれていくのは、さすがに笑って乗り越えられるとは思えない。
細心の注意を払って、しかしできるかぎり早く進むアルクレアについていくのは至難の業だった。何故あの長身でこうもたやすく木々の間をするりと通れるのかが不思議でしょうがない。
さっきよりも日が落ちてきているようで、密生する林間からわずかに届くオレンジ色の光がなんとか足元の存在を教えてくれた。むしろ日が高くとも、頭上にそびえたつ大きな葉をつけた木々がその光をいっさい遮るのだろう。
入口に近く、そして日が傾いているこのわずかな時間の間だけ、この森の中は照らされているのだろうとリオンは思った。
しかしそのわずかな光だけで、リオンは行く手に見えるものをなんとか捉えようと努力した。
ずいぶんと長い時間進んだようだ。
奥に行けばいくほど、やはり暗闇に包まれ、リオンは喉が渇ききっていることに気がついた。反対に背中は汗でびっしょりだ。
後ろではイリアスが同じように何か見えないものに襲われやしないかと神経を研ぎ澄ましているようだ。体をがっしりと自分の馬に近づけていた。
リオンはその不安から逃れる術はないと分かると、仕方がなく前を向いた。
ふと見れば夜に染まっていくにつれて、むしろ森が明るくなっていくように見えた。暗闇に目が慣れて、ものが見えるようになってきたみたいだ。
いや、待てよ。
リオンは自分にそう言い聞かせた。
目が慣れてきたにしてはあまりにも明るすぎる。
見えない蠟燭が森の隅々にあるような、小さな点がそれぞれに光を放って、それが森を照らしている。
リオンは目をこすって見た。だがその奇妙な光景は夢ではなかった。
振り返ればイリアスも同じことを感じているのか、瞬きの回数がやけに多い。
その奥に見える、今まで通ってきた道も同じように光りだした。
前に向き直ると、二人のその様子に気付いてか、アルクレアが指をたてて「静かに」と仕草で示した。これがアルクレアの言っていた夜でも道がわかるものに違いないとリオンは思った。
まるで幻想的な黄緑色のような、かと思えばピンク色に変わる光の粒は、気づけばそこら中に舞っていた。
上から粉雪のように降ってくるものもあれば、木にひっかかっている光もある。
光が草花にとまれば、それ自身が光っているようにも見えた。
まるで光る虫が何万と飛んでいるのかと思わせたが、その一つがリオンの掌のなかにひらひらと落ちてきて、淡い光を放ったかと思うとそれは数秒で消えて無くなってしまったことにリオンは驚いた。
誰が見ても間違いなく、不愉快に感じるものはいないだろうと思わせる光景に、リオンは目を奪われた。
馬に乗っていなければその場で何時間も立ち止まって見入ってしまう程に、もしアルクレアの忠告がなければ「奇麗だ」と言ってしまったかも知れない。だがなんとか立ち止まらずに着実に、かつ慎重に歩を進めることができた。
この灯りはどうやら森の中でしか見ることができないようだ。
というのも生い茂る木々が外の光も届かないようにしてしまうのと同様に、中の光も決して外に漏れだすことはないだろうからだ。
だんだんその光景にも慣れ、光の粉が肩や鼻や馬の毛など所々に付着し、消えていく奇妙な現象にも慣れてきた。どのくらい進んだのだろうか。もう何時間も森をさ迷った気さえおきてきた。
上を見上げても木が邪魔をして星など一つも見えない。月はどのくらいの高さまで昇ったころだろうか、リオンは考えるのも辛くなってきた。
しかし、そんな心を和らげるかの様な、まるで温かく感じる歌声がどこからか聞こえてきた。
はっとイリアスを見たが、そんな素ぶりは微塵も見せてはいない。
そんな無骨なことをする柄でもないし、すると実際に聞こえるこの歌声は一体誰のものかとリオンは不思議に思った。
しかしアルクレアはまったく気にとめた様子を見せることなく、ただひたすらに馬に揺られていた。
リオンは森の木々を見た。
歌声が次第にはっきりと聞こえてきた。何を歌っているのかは分からないが、それは確かに……森の歌声だった。
葉のこすれる音、枝のなびく音、花びらがひらひらと宙を舞う音。
それらが歌声のように綺麗に重なって聞こえる。そのあまりの美しさに、リオンはまぶたが重くなってきてしまった。
手に力が入らない。手綱が徐々にたるんできていた。絶えず張り続けてきた緊張と、恐怖と闘ってきた疲労とが、リオンの体力を減らし続けてきたのだった。
ダメだ…眠っては…いけない。眠って…は…。
ふとリオンの前をフォンと風が切った。
リオンはビクッと前を見た。そこにはアルクレアの長い黒刀の鋭い切っ先が光っていた。
切られた数ミリの髪が鼻の頭からはらりと落ちていった。
リオンとアルクレアの目が合うと、やがてアルクレアは刀を納めて、黙って前を向いた。
危うく眠ってしまうのを避けることができたリオンは、その後はまるで眠る気を起こすことはなかった。むしろありがたいことに目が冴えてさえきている程に。
続く道中も、しばらくはその美しい森の歌声が聞こえてきた。
だがもうその誘惑には負けないと覚悟したリオンが、目に力を入れて前方を睨むようにして進んだ。
そう、前方だ。何故だろう、ふとリオンは睨んでいた目の力が抜けた。
過ぎゆく森の木々たちを、ずっと睨んでいた今だからこそ、そんな疑問が頭に浮かんだ。前方にある 木々たちが、風のせいでなびいていると言うならばまだしも、どういうことか今まで見ていた場所から少しばかり動いてさえいるような、そんな気さえするのだ。
そんなばかなと思い、リオンは目をこすって再度よく見てみた。すると、静寂にしていた森が、木々が、やはり同じ場所にとどまっているとは思えないように見える。
それだけではない。どこからか、轟々とざわめく以上の音が、リオンの耳に飛び込んできた。それはさすがに葉のこすれる音なんかでは説明できないような音だった。
そして、驚いたことに、リオンの目に飛び込んできたその光景にはさすがに度肝を抜かれた。かろうじて進むことができているこの道と呼べない道の、その脇の茂みから、なんと木が横断しているではないか。
後ろでイリアスがはっと息をのむのが聞こえた。
すかさずアルクレアがイリアスの元に駆け寄り、その口をふさいで、じっと身を制した。
アルクレアの馬、ラックスは、こういう事態を理解しているかのように、まるで身動き一つせず、主の言う事を聞いた。
瞬間リオンは事態の異変に気付かずにはいられなかった。
まるで木々という木々が、森全体が、三人のいるこの場所をじっと見つめるかのような、そんな重い空気に包まれたのだ。
ただ感じたわけじゃない。実際そうだったというしかなかろうが、少なくともアルクレアの態度から見てその通りだったことだろう。
うごめく森が三人を取り囲み、観察していることがリオンには分かった。
イリアスがぎゅっとその眼をつむったのが見えた。
だがその体をとり押さえるアルクレアはその手を緩めることなくイリアスを抑え続けた。
イリアスは恐怖ゆえにたじろぎたかったが、なんとか我慢という言葉を見つけたらしい。
いま動けばどうなるかがきっと予測ぐらいできたことだろう。
三人はそのまましばらくじっと身を固めることに集中しなければならなかった。
幸いなことに、アルクレアが素早く二人を制してくれたおかげで、森は三人に手をだすことはなかった。
そもそも取り囲まれた森に何をされるかは、予測できることではなかったが、少なくとも良いことが起こるわけでもない。
森に入る前にアルクレアが言った言葉を思い返すならば、もしかしたら永遠にこの森から出られない状態になってしまう、そんな悪夢のような妄想にリオンはしばらく付き合わなければならなかった。
やがて、三人を取り巻くあの重たい空気が何者かによって解放されていくように、冷たい鎖につながれた手足がやっと自由になったような元の感覚を取り戻していくと、やっとアルクレアがイリアスの体を離した。
ほっと溜息をもらそうとしたイリアスだったが、今さっき自分が何をしでかしたのかをすぐに思い出し、さらにはアルクレアの、この世のものとは思えない目と合ってしまったおかげもあって、そんな暇はなかった。
イリアスにとって敵はこの森だけではなく、もっと身近にいるようだ。もちろんそれはリオンにとってもそうだったが。
リオンが思うに、この森を通ることができる理由は、木々が動くことにあるのではないかと考えていた。しかしだからこそ、たった息をのむだけの動作にも、敏感に反応する森に、驚愕しないわけにはいかなかった。
その後は数時間にかけて何事もなく、ゆっくりと、しかし確実に前へと進み続けた。
アルクレアのおかげで、命をつないだともいえる二人は、それ以上問題を起こすまいと、必死に全身の神経を集中して、ほどよい緊張を保ったと言えよう。
しかし体とは裏腹に、心の中ではもしやこのままこの森を抜けられないのではとすら思い始めてきたころ、ふいにアルクレアが何やら険しい顔で二人を見た。
「絶対に」手を顔の前で交差させた。「目を」目を指さして、「合わせるな」前方を指さした。別に必ずしもそうだとは限らないが、きっとそう言いたかったに違いないとリオンは解釈した。
何に目を合わせてはいけないのかわからないが、さすがにそれを教わることは難しいだろう。
身振り手振りで教えられるものではないというのももっともだが、それ以上にこの男がそんな面倒くさいことをするかどうかの方がその答えを有力なものにした。
今まで歩いてきた、もう何百年と人が歩いたことがあるかどうかというほどに、好き放題に伸びきった草花のある道ではなく、少し広い場所にでた。まるで木々たちがその場所に近づきたくなかったかのようだった。
そこには大きな泉が広がっていて、リオンは自分がとても喉が渇いていることを思い出してしまった。
その渇きを潤してくれるかと希望を架けたがその望みが叶うことはないだろう。
なにせその泉の水の色は濁っていたし、水というよりも、何かの液体かのようにさえ思えたからだ。
周りを囲む雑草がまるで柵のように見える。たったの一度も波紋が広がる気配のないその泉はやけに気味が悪かった。
アルクレアが目を合わせるなといった理由もわからなく、目をあわせるなと言うからには何か生き物でもいるのだろうか、リオンは何がいるのかと興味がわいたが、その感情を押し殺して泉の周りを回った。
言う事を聞きたくなかったが、何故か従わなければならないような気がしてならなかった。
しかしアルクレアの仕草の意味がわからなかったらしいイリアスは結果、アルクレアにずいと寄られて、無理やりに引っ張られた。
つい吹き出しそうになってしまったが、リオンはやっとのことでそれを堪えた。
もはや乾ききった喉では声もでなかったろうが、それでも音をださないように注意することには十分になれてきた。そして――。
はい。連載(?)当初の予定通り、まずこの六章、切るところが難しくていいところで続くとできなかったことに申し訳ない。でも第六章からが本番というかなんというか。自信のある章です。第五章も自信があったのですが、どうだかは反応がないから分からないです。PVもそこまで伸びないし感想もこないので、まあいいかなと。僕は僕でのんびりやりますよ。第六章は幻想的に冒険をということで、まだまだこれから。応援よろしくお願いします。
2010.12.19