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第四章 ~決意の道標~③

この国での主なソフトドリンクはレモネード。

こちらで言うところのソーダです。

海外ではレモネードって言うんですね。






 人々は一通りの準備と自慢をし終え、イリアスの現れる城の広場へとつめかけていた。

 この数日という短い間にこれだけ人が集まる機会がたくさんあるのもこの国ならでのことだろう。

 

 雲の流れが速いということ以外、人々が気にすることは何もなかった。

 イリアスが来ないと始まらない故に皆の期待は無限に広がりつつある。

 

 その演壇ではイリアスとリオンが争っていた。

「いいかげんにしろ。俺には関係ない」


「いいから、ほらっ」

 イリアスはリオンの背中を押した。


 そこは城の上層に位置する演壇の、そう。広場にいる国民を一望できる場所。

 そこに人影が現れた瞬間に下にいた人々の口は閉じ、目が一斉に注目した。

 人々はそこに誰かの姿が現れるとわっと叫んだ。


「イリアス様!」


 だがそこからではイリアスの姿が塀に隠れて見えていない。見えるのはリオンの姿だけだった。

 リオンはちらりと下を見降ろしたかたちになった。


「イリアス様じゃない? 誰だあれは」


 誰かがそう言ったのがリオンには聞こえた。

 皆が眉間にしわを寄せた。

 リオンが見降ろしたその先にいるのは、何万といった人間の姿。

 その荘厳だが妙に気が高まる光景に一瞬だがリオンは躊躇った。

 

 決して誰にも聞こえはしないだろうが、それに応えるように小さく「ばかばかしい」と吐き捨てると、後ろを振り向いた。

 しかしその声は唯一、イリアスだけには聞こえていたことだろう。

 すぐ隣には、そのイリアスが立っていた。瞬間、下にいる皆からは再度歓声があがる。


 誰もが今一度その姿を見ることを待ち焦がれていたから無理もなかった。雲の隙間から降り注ぐ光りを体中に浴びながら、大きく深呼吸をする姿に、紛れもなくリオンは目を奪われていた。


 イリアスが話しを始めた。

「私は、空を飛んだことがありません――」


 一歩ずつ、イリアスは全員の目に届く場所まで出て言った。

歓声がやがて消えていく。イリアスは空を見上げながら、なおも話しを続けた。


「この翼は、確かに飾りではあるけれど、でも私の心はこれを飾りだとは思ってはいない」


 一言ずつに重みを付けて言った。何の話だと疑問の表情を多々浮かべながら、皆イリアスの言葉を聞いた。


「これは紛れもなく私の翼なんです。例え飛べないとわかっていても、心が飛べればそれでいい。信じていれば……新しい未来を、創っていけばいいから――」

 

 皆の口は完全に閉じていた。イリアスは出来る限りの声を出し、全ての人にその意味が伝わるようにと願った。

 全ての人に。それは間違いなく、イリアスの隣にたたずむ者も含まれていた。


「飛ぶという言葉を創ったのが私たち人間であるというのなら、飛ぶという意味も、例えそれが他人に通じなくとも、自分の中でなら創れます」イリアスは大きな声で言った。


「だから私は決めました。私はこの国をみんなが自由に飛びまわれるような国にしたい。平和な国にしたい」

 イリアスは目を閉じた。


「そしてその平和が、このどこまでも続く空を通して、全ての国に広まるように……」


 シェルミアがその幾分か後ろに立って、腕を組みながら聞いていた。

ふとその横から静かに扉を開けて、人差し指を口にあてがえながら、イリアスに気づかれない様にミディウスも上がってきた。

 シェルミアもすぐに理解し、そっとその扉を閉めた。

 大事な国の宝を、後ろからその背中を二人は見つめた。

 後ろの二人はまるで親の下から巣立つひな鳥を見守る心境で、笑みを浮かべながらに聞いていた。


 イリアスは下にいる全ての人を見渡した。「この温かさは、決してばかばかしくなんかない」


 その言葉だけは少しだけ、声を落としてささやいた。

 そして、一度深呼吸をしてから、全ての人に向けて言った。


「この十日間が、私にはたった数時間ぐらいのように感じました。でも皆に心配をかけたことをまず謝りたい。そして感謝します。ありがとう」

 

 観衆の間から、大きく拍手が送られた。

 リオンは後ろを向いたままでイリアスの言葉を聞いていた。


「でもまだ私が飛ぶには足りないものがいくつもあるから、いつかまた、行かなければならない所があるから。だから皆に待っていてほしい。私はきっとこの国に帰ってくるから――」

 


 それは一つのカセに過ぎない。

 言ったことは守るものだと、そう教わってきたイリアスにとって、その言葉はとても大きくイリアスにのしかかるものであって、決して簡単に口にできるものではない。

 いや、この数日でそういう言葉を口にすることが何度あっただろうか。

 

 それはリオンに投げかけた言葉でもあった。

 そして、イリアスがリオンの手をとったために、リオンは再度皆の前にでるかたちとなった。

 イリアスのとなりで。


「わたしたちは翼をもっています。いつの日か、大きく空を飛ぶために。どんなに困難な毎日が待っていても、そのために、わたしはこうして生きています。そして、これからもがんばっていきます!」

 

 後でミディウスもシェルミアもにこりと笑った。


「でも今日はせっかくのパーティだから、今日だけは皆で楽しく笑って過ごして下さい」


 歓声と拍手とともに、下ではたくさんの料理が、イリアスの言葉が合図となって運び出され、そしてイリアスを祝うパーティが始まった。


 イリアスの手を振り払い、リオンはその場を立ち去ろうとした。

だがその前にシェルミアが立ちはだかった。


「まだ飛べる体ではないだろう」


 腕組むシェルミアを前に逃げ場を失ったリオンは軽く舌打ちをして立ち止った。

 昨日自分で翼を広げてみた時、リオンにもそれは分かっていたからこそ、なおさらそこを通ることができないことに気づいた。


「あんたたちはどこまでお節介なんだ」

「さあな。だが……それが人間というものだ」シェルミアはそれがまるで皮肉にさえ聞こえるように振る舞ったが、後ろで聞いていたイリアスはその言葉を聞いて嬉しく思った。


「イリアス様が貴様のために開かれたパーティだ。特別に国を歩くことを許されたのだからありがたく思え」


 フンと鼻をならし、そして思い出したとばかりに付け加えた。


「それと、武術大会には必ずでることだ。少しは楽しめると思うぞ」

 にやりと笑いをこぼし、シェルミアはその場を立ち去った。その光景を後ろで見ていたミディウスは苦笑いで小さく言った。


「ハハ、あやつは誰に向かってものを言っていると思っているのか、まったく。いやはや、気を悪くしないでおくれリオン。君が不死鳥(ポイニクス)であるということにどうも意識が馴染めないようでな……」

 

 ミディウスはそれでうまく友好となりたかったのだろうが、どうにも逆効果で、その言葉を聞いてミディウスの目を見たリオンは頭を振ると、その横を通って演壇を降りていった。

 イリアスがミディウスを軽く睨み言い放った。


「まったくもう、お父様も人のこと言えないからね」イリアスがその後を追いかけていった。


 一人残されたミディウスはしばらくそのことを考え、やがて頭をかきながら言った。


「やれやれ、私もまだまだか……」

ミディウスも遅れながらにその場を後にした。







 その頃、街のはずれに黒いコートに身を包まれた一人の男が馬に乗ってやって来ていた。

 その男は馬小屋にすら誰もいないのに呆れたために、近くの柱に馬をつなげると、そのそばについ最近立てられたと思われる、真新しい大きな看板に気がついた。


「武術大会。優勝賞金…五万…か」

 その低い声に反応するように、男が腰に下げている長い黒刀が妖しい光を放っている。

 まるで数多の戦いの中で生きてきたその感覚が、刀にこそ宿っているように。


「だが参加者は木刀しか使えない。ぬるいな」


 そうは言いながらもやはりその瞳は嘘をつかない。

 黒い瞳がギラリと光る。明らかに興味を持ったという表情に変わり、その口元はにやりと、いかにも悪そうな笑みを浮かべた。

 早く戦いの中に身を置きたいとでも言うように、その男の手が震える。もちろん武者震いというやつだ。男はそのまま城の方へと向かった。





 城の下に降りると、当然のことながら、イリアスは皆に囲まれる形となった。

 皆がこぞって挨拶とともに持ってくる物を見て、イリアスの目が輝きっぱなしでいるところを、リオンはあいかわらず不細工な顔でその様子を見ている。と同時に驚きの表情も隠せない。


「人間が……こんなに……」リオンは自分の周りを囲む、正確にはイリアスを囲む人々の数に圧倒されてしまった。

 演壇で見た光景とは何とも違い、リオンにとっては圧巻だった。

 それを聞いたイリアスは思わず笑った。


「そうよ。でもね、世界にはもっとたくさんの人々がいるんだよ。私はまだいろいろな国になんかいったことがないけれど…いつかきっと、世界を見てみたいと思っているんだ」

 

 イリアスは照れ臭そうに小さく舌をだした。


「世界、か――」


 イリアスを囲む、その光景が妙に暖かそうに思えて、しかし果たしてその暖かさはかつて自分のまわりに存在していたのかと思うと、何かとむなしく思えた。

 必要とされているものとされていないものが今のイリアスとリオンを表しているとさえ思った。


 イリアスはそんなリオンにと皆の間を搔い潜って、おいしそうなパイを持ってきた。


「これ、おいしいよ」

 リオンはそれをちらりと見たが、やはりそんなものには無関心で、手に取りはしなかった。

そして一言だけ言った。


「俺はアデマに行きたいんだ」

 おいしいのに…と小さく呟きながら、自分でパイをほおばった。


「そんなにね、焦らなくてもいいんだよ。ほら、ここにいる人たちは誰も何も急いでなんかいないでしょ? みんな一生懸命生きているから。それにね、誰も自分が一体誰なのかなんて知らないよ。でも知らないからこそ、いつかそれを知るために今をがんばっている。今があるから明日を迎えられることを知っているから。自分を知らないことは…いけないことじゃないんだよ」

 

 優しい目をしてリオンと向き合って言った。リオンは言った。


「でもだからといって…」


「うん、分かってる。だからって知りたいと思う気持ちを、無理に押し込めておく必要なんかないよね。でもやっぱり今のリオンは見てられないよ。昔のことは知らないけれど、明日のためだけに今ここにいる感じがするもの。それで明日になったら今度はその次? それじゃ本当は何のためにがんばっているのか分からないじゃない? たまには一息ついてみてよ。人ってそういうものなんじゃないのかな。アデマに行けないわけじゃない…だから今日は…」

 

 しかしイリアスが続きを言う前に、それを遮断した別の声があった。


「いや、どっちにしろお前に越えられる道じゃないな…」


 はっと声のした方を見ると、そこには黒いコートを着た妙な男がこちらに向かって来ていた。


 一人だけ仮装をしていないだけに、余計にその足取りが目立つかたちとなった。

 

 髪は短くたてた金髪。

 黒いブーツがやけに重そうに見えるが、この男にとってはまるでそんな風には見えなく、むしろ軽い身のこなしで歩いている。

 その腰にさしてある長い黒刀がやはり異様に空気を震わせている。


 そしてかなりの長身なために、イリアスもリオンも男が近づいてくるに従いその顔を見上げるしかなかった。

 リオンはその男の眼をじっと見つめた。

 凍てつくような、まるで何者にも恐怖を覚えそうのない眼だった。


「聞こえなかったか? だがあきらめな。お前のなりじゃその道は越えられねえよ」


 男は一番近くにある木のテーブルから赤ワインのボトルをたぐりよせ、口で瓶のコルクを抜きとると、喉をならせながらそれを一口グイと飲んだ。

 その時見えた男の瞳がきれいな黒い目だと分かった。

 それを聞いて、リオンのこめかみがピクリと反応した。


「まあ、なんだ。そんなことに用があるわけではなくて…。そこの女……いや、お姫様」


 回りの目を察したのか、男は回りくどい言い方でそう呼んだ。

つっかかろうとしたリオンを片手でどけると、男は言った。


「旅の途中で寄った国の王女様、ジャスミンってやつから伝言だ。といっても一言だけだったけどな。〝おめでとう、よかったわね〟だとよ。どんな因果か知らないが、俺をあごで使いやがって……」


 そう言うとビンをテーブルに戻した。


「ジャスミンが……」



 アヌシュミールの隣国、ペネトリア王国の王女ジャスミンとはイリアスにとって幼少の頃からの知り合いになる。

 久しく会っていないが、察するにイリアスの話が届いていたのだろう。

 もちろん他の問題を除いての事だろうが。


「それと俺も一つ言っておく。さっきのスピーチ。よく聞こえたが……あまり軽々しく、自由なんて言うもんじゃあない」その場を立ち去ろうとしたが、ふと思い出したように振り返って男はそう言った。


「え?」イリアスは男の言っている意味がよく理解できずにいた。だがそんなことはお構いなしに続けた。


「自由に飛び回るのは勝手だが、自由を宣言した限り、逆に自由に獲物を狩る鷹に見つかっても文句は言えないってことさ」



 不気味な笑みとともに、男はイリアスにそう言い聞かせる。

 イリアスは迫るその男の凄みのせいか、何故か無意識に後ずさりをしてしまった。


「自由っていうのは、何でもやって良いって言っている訳じゃない。手前の誇りを見せてみろって言ってるのさ。評価はその後に下してやるって言ってるんだよ」


 男の言う言葉に、誰も何も逆らえなかった。

 イリアスはただ良かれと思って言ったことなだけに、男の言う言葉の正しさにもどこか胸打たれるところがあった。


「俺の用はそれだけだ。あとは好きにやってくれ」

 言いたいことだけ言い終わると、今度こそ身を翻して男はすぐに去っていこうとしたが、リオンがそれを引きとめた。


「待て。あんた、さっきの話……アデマの場所を知っているのか?」

 男は足をとめた。


「――だとしたらどうする?」

 くるりとまたこちらを向くと、不敵にもにやりと笑った。


「教えてくれ。どう行けばいい」


 リオンの言葉を聞いてフンッと鼻で笑うと、男はリオンに近づいていった。

 そして、リオンまであと一,二メートルといった時、気づいた時にはすでに、目の前に男の持つ黒刀の切っ先が向けられていた。


「冗談はよせよ白髪の小僧。その要請を俺が快く受け入れるとでも思っているのか? さっきも言ったろ……お前が無理だ」

 

 最後の言葉を強調して、そしてしばらくすると刀を納めた。


「俺は俺の好きなように旅をするだけだ。俺を動かしたいならばそれ相応のものが必要ってことだ。だがそうだな…どうしてもと言うならばまず俺に力で勝つことだな。ちょうど都合のいい舞台も用意されているぞ……それがいやなら諦めな」

 

 クイと後ろを指して、そして今度こそ男は去ってしまった。

 すぐにその後を追いかけなかったのは、未だにリオンが先程の刀を見きれなかったという驚異を、心の中で引きずっているからだった。

 そしてそれがやけにリオンを不安に陥れる。力で勝て……と?


「あの人…誰だろう…」イリアスが突然の来訪者に困惑気味に言った。だがリオンにはそんなことは関係なかった。背筋を這う悪寒にもリオンは気付かなかった。


「誰でもいい…誰でも…」


「リオン?」


 イリアスが手を差しのべたがリオンはそれをはらいのけた。ミディウスが教えてくれない以上あの見知らぬ男こそが今では唯一の道。何が何でも早くアデマに行くために。


 リオンは闘技場へと向かった。






ついにでた!!謎の男。

作者が一番お気に入りのキャラクターです。

次回から第五章が始まります。ご期待ください。

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