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勇者が壁を抜けるので、魔王城の施工をやり直します  作者: こーひーまめ
第一章

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9/16

第9話 謁見中の持ち出しはご遠慮ください


「勇者が正門に来ています」


その報告に、俺は手帳から顔を上げた。


「正門に?」

「はい」

「壁の横ではなく?」

「受付に並んでいます」


俺はゴルド監督を見た。

監督も俺を見た。


しばらくして、二人でうなずいた。


「成果ですね」

「ああ」


修繕の効果は、壁以外にも出ているらしい。


*


勇者は、ちゃんと受付を済ませていた。


訪問目的は『魔王との面会』。

剣は門番へ預けてある。

靴も、普通に歩いている分には問題なさそうだった。


「先日は、ありがとうございました」


金色の髪の青年が頭を下げる。


「今日は扉を使ったんですね」

「全部です」


俺はうなずいた。


言ったことを覚えてくれている。

それだけで、少し嬉しかった。


廊下を案内していると、勇者が壁の角を見た。


俺も見た。


勇者は前を向いた。


まだ、油断はしない方がよさそうだった。


「魔王様に、何のご相談ですか?」

「南の街道で通行証が手に入らなくて。城で発行している物らしいので、聞きに来ました」

「なるほど」


まともな用事だった。


俺は少し安心した。


*


玉座の間では、元の大きな椅子が使われていた。


問題の箇所は職人と魔術担当が手を入れ、点検も済んでいる。

下へ入り込めないよう、格子も取り付けた。


その上に、魔王様が座っていた。


大きな角。

黒い外套。

肘掛けに置かれた両腕。


やはり、休憩用の椅子とは違う。


俺が勇者を広間の中央へ案内すると、魔王様はゆっくり顔を上げた。


「よくぞ来た、勇者よ」


低い声が響く。


勇者が俺へ、小声で尋ねた。


「お話、長い方ですか?」

「多少は。謁見ですから」

「そうですか」


少し嬉しそうだった。


相談する時間が取れると思ったのだろう。


俺は一歩下がった。


「幾多の試練を越え、我が城へ至ったその力――」


勇者が右を向いた。


そのまま、歩き出した。


俺は首を傾げた。


「――人の世が貴様へ託した願い、その重さを――」


勇者が、壁際の宝箱の前にしゃがむ。


蓋に手をかけた。


がちゃ。


「ちょっと」


中をのぞき込む。


「薬ですね」

「閉めてください」


勇者は小瓶を一本、取り出した。


魔王様の目だけが、そちらへ動いた。


「――知ったうえで、余は貴様に問おう」


俺は駆け寄り、勇者の肩へ手を伸ばした。


触れた、と思った。


指が滑った。


鎧の表面をなぞるように、手が横へ流れる。


もう一度、つかむ。


つかめない。


勇者は困った顔で、こちらを見た。


「今は、たぶん無理です」

「何がです?」

「止めるのが」


俺は、自分の手を見た。


嫌な言い方だった。


*


リゼさんが近づいてきた。


「その小瓶を、元へお戻しください」


勇者は小瓶を見た。


宝箱を見る。


「開いたんですが」

「保管しておりますので、開きます」


俺はうなずいた。


とても正しい説明だった。


勇者は小瓶を持ったまま、隣の宝箱へ移った。


「――貴様の歩んだ道が、真に正義であったと――」


魔王様は、まだ話している。


声は堂々としていた。


ただし、顔は正面を向いたまま。

動くのは目だけだった。


がちゃ。


「こっちは金貨です」

「閉めてください」


俺とリゼさんの声が重なった。


勇者が袋を持ち上げる。


魔王様の目が、それを追った。


肘掛けを握る指に、力が入っている。


俺は玉座の前へ戻った。


「魔王様。いったん、お話を止めていただけますか」

「――しかし、余の言葉に耳を傾けるならば」


魔王様の眉が動いた。


口元が、わずかに引きつる。


自分でも、止めようとしているらしい。


「――貴様に、最後の選択を与えよう」


リゼさんが横へ立った。


「魔王様、聞こえていらっしゃいますか」


赤い目が、こちらを向く。


「余の配下となれ、勇者よ」


勇者は二袋目の金貨を持ち上げた。


配下になる態度には見えなかった。


「さすれば、国の半分を――」


リゼさんの目が細くなった。


「そちらは、事前に伺っておりません」


魔王様の指が震えた。


俺は慌てて口を挟んだ。


「今の発言も、本人の意思ではないと思います」


リゼさんは魔王様を見た。


それから、静かにうなずいた。


「承知しました。保留といたします」


魔王様の目が、ほんの少し閉じられた。


*


演説が終わった。


俺はすぐに玉座へ近づいた。


「魔王様」


返事はない。


魔王様は前を向いたまま、動かなかった。


勇者は三つ目の宝箱へ向かっている。


「話は終わりましたよね?」

「まだ選んでいないので」


勇者が答えた。


「何を?」

「配下になるか、断るか」

「では、選んでください」

「少し待ってください。まだ奥を見ていません」


リゼさんの手元で、紙が小さく鳴った。


俺は広間の入口へ走った。


廊下では、ゴルド監督たちが扉の留め金を点検していた。


「監督!」

「どうした」

「勇者が、止められません」


監督は俺の顔を見た。


工具を置き、すぐに立ち上がった。


*


広間へ入ると、監督は一通り見渡した。


動かない魔王様。

開いた宝箱。

金貨の袋を持った勇者。


「何をしている」

「取れる物を確認しています」


監督が、勇者の肩へ手を置こうとした。


滑った。


自分の手を見る。

もう一度、試す。


やはり、つかめない。


「なるほど」


納得するのが早かった。


俺は説明した。


「会話が続いている間、勇者に触れられないようです。魔王様の方は、動けません」

「本人に終わらせろ」

「まだ宝箱を見たいそうです」


監督が勇者を見た。


勇者は少し目をそらした。


金貨は、持ったままだった。


会話の最中に攻撃され、操作できないまま倒される。

それを防ぐため、話しかけた側を無敵にする。


前の仕事で、似た仕組みを見たことがあった。


ただ、普通は会話中に歩き回れない。


相手だけを待たせ、自分は宝箱を開けられる仕様なら、直してほしいという報告を書く。


今は、その相手が目の前で金貨を握っていた。


*


勇者が広間の奥へ移動した。


柱の陰へ入る。


魔王様の肩が、小さく動いた。


俺は玉座を見た。


「勇者さん。そこで止まってください」


勇者が顔を出す。


魔王様の肩が止まった。


俺は監督を見た。


監督も、今のを見ていた。


「隠せばいいのか」

「視線が切れると、拘束が緩むのかもしれません」


もう一度、柱の裏へ入ってもらう。


魔王様の指が、少し開いた。


ただ、すぐにまた固まる。

柱だけでは、隠れきらないらしい。


監督が入口を振り返った。


「衝立を持ってくる」


*


廊下の工事に使っていた衝立を、台車に載せた。


大きな木枠に、厚い布を張った物だ。

木屑や埃が通路へ飛ばないよう、職人たちが置いていた。


トトが台車を押し、監督が上を支える。


俺は進路を空けた。


「何をするんです?」


勇者が尋ねた。


「会話の確認です。そのままで」

「金貨は?」

「置いてください」

「まだ確認が」

「置いてください」


台車が広間の中央へ進んだ。


魔王様と勇者の間へ、布の壁が入る。


俺は玉座を見た。


魔王様の目が動く。


指が開く。


次の瞬間、深く息が吐き出された。


「――返せ」


監督の手が、勇者の襟首をつかんだ。


今度は、滑らなかった。


*


勇者は、広間の隅の椅子に座った。


前には、小瓶が一本。

金貨の袋が二つ。

装飾用の短剣が一本。


俺が衝立を運んでいる間に、増えていた。


リゼさんが目録と照らし合わせる。


監督は勇者の横に立っていた。


「何をしていた」

「取れる物の確認を」

「盗みだ」


勇者が顔を上げた。


「……こちらでは、そういう扱いですか」

「どちらでもだ」


勇者は机の上を見た。


それから、宝箱を見た。


「開く宝箱に入っていたので」

「他人の家にある箱は、開けても他人の物です」


俺が言うと、彼は黙った。


本当に考えている様子だった。


やがて、頭が下がる。


「すみませんでした」


魔王様は向かいに座っていた。


今は、普通に動けている。


小瓶を手に取り、蓋を確かめた。


「これは、余の喉薬だ」


勇者が、もう一度頭を下げた。


「長く話すと、喉を傷めるのでな」


俺は魔王様を見た。


魔王様も俺を見た。


リゼさんが、小瓶を預かった。


*


通行証については、担当部署へ問い合わせることになった。


勇者は用紙に必要事項を書いている。


最初から、ここへ案内すればよかったのかもしれない。


「次から、話をするために来たのなら、話をせよ」


魔王様が言った。


「はい」

「余が話している間もだ」

「……はい」


勇者は両手を膝に置いた。


リゼさんが記入済みの用紙を受け取る。


「面会の際は、宝箱も施錠するよう手配いたします」

「頼む」


魔王様はうなずいた。


それから、肘掛けに置いた手を見た。


「余も、次から挨拶を短くする」


リゼさんが顔を上げる。


「どの程度になさいますか」


魔王様は少し考えた。


宝箱を見る。

リゼさんが預かった喉薬を見る。


「……来たか」


リゼさんはうなずいた。


「それで十分かと」


*


勇者を正門へ見送る途中、俺は念を押した。


「次に来るときも、受付を通ってください」

「はい」

「宝箱は、勝手に開けないでください」

「分かりました」

「会話の途中で歩き回るのも、やめてください」


勇者はうなずいた。


その視線が、廊下の脇へ動く。


古い飾り壺が置いてあった。


俺は足を止めた。


勇者も止まった。


「……あれは?」

「壺です」

「中に何か」

「入っていても、こちらの物です」


勇者は、前を向いた。


俺たちはまた歩き始めた。


正門まで、まだ二十分ほどあった。

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