第八話・神殿での食事
夕食の時間になり、侍女と連れだって食堂へ向かおうとした私達だったけれど、全くその必要はなかった。
部屋の入り口扉を叩く音と共に運ばれて来たワゴン。神殿専属の料理人が押して来たそれには、本来は食堂で他の参拝者らと並んでいただくはずの献立が綺麗に盛り付けられた皿と、パンの入ったバスケットが乗っていた。
「失礼いたします。今夜のご夕食をお持ちいたしました」
窓際に設置されているテーブルセットの上にカトラリーと共にセッティングした後、料理人は静かに部屋を出ていく。
聖女になった途端、本当に扱いがコロッと変わって戸惑うことばかりで、私達はしばらく茫然としてしまった。
ティーテーブルより少し大きなテーブルは二人分の夕食がギリギリ乗るサイズで、気を取り直した私とナナは向かい合って座るといつも通りに食前の祈りを捧げる。
「——母なる大地の恵みに感謝いたします」
薄っすら閉じていた瞼を開き、さあいただきましょうとフォークに手を掛けた時、私のところへ黒猫が駆けてきて甘えるように足に擦り寄ってくる。
「あら、大変。この子のご飯も用意していただかないといけなかったのよ」
「さっきの方を追いかけて、急いで伝えてきますね!」
慌てて席から立ち上がろうとしたナナのことを私は首を振って制する。そして、テーブルの上の今夜の献立を確認してから、黒猫に向かって提案してみた。
「今から新たに用意していただくのもご迷惑でしょうし、今日のところは私と半分こするのでどうかしら?」
空いている皿にパンを千切って入れ、その上からミルクスープをかけた物を聖獣の前に差し出すと、黒猫はクンクンとしばらく匂いを嗅いでいたがすぐに舌を使ってゆっくりと食べ始める。思ったよりもしっかり食べそうだったので、横からパンを追加してあげた。
聖獣のご飯がこれでいいのかは分からないけれど、今日のところは良しとしよう。
「パンは沢山あるから、丁度いいわね」
テーブル下で猫がアムアムと美味しい声を出しながら食べ続けているのを確認して、私も一口大に千切ったパンを口に入れる。
食堂ではたくさんの人に同時に提供するからいつも冷めていたが、焼き上がってすぐに持ってきてくれたらしくまだほんのりと温かい。
「参拝の時間も変わってしまいましたし、他の方達とご一緒することがなくなってしまいましたね……」
平民の参拝者も多いようで、ナナは仲良くなったご婦人達と顔を合わせる機会が減ったことを悲しんでいる。
テラスで一緒に刺繍や編み物をしたりと、私よりもここでの生活を楽しんでいる風だった。うちの侍女の適応能力は意外と高い。
食事をしながら何度も足下の黒猫のことを気にしていたナナが、ふと思い出したように聞いてくる。
「そういえば、この子のことは何て呼べばいいんでしょう? 名前を考えてあげないといけないんじゃないですか?」
「え、私が? 司教様が名付けられるんじゃないのかしら?」
「……どうなんでしょう? でも、いつまでも『この子』じゃ可哀そうですよね」
二人して頭の中を『??』でいっぱいにしながら首を傾げる。聖獣に関しては何の知識もないし、誰も教えてくれない。
お皿をキレイに舐めた後、黒猫は前脚を使って器用に毛繕いをしていた。特に口周りを念入りに手入れしているところをみると、今日の食事はそれなりにお気に召したのだろうか。
「あとで書庫に行って、少し調べてくるわ。司教様がいらっしゃるのもいつになるか分からないし……」
礼拝の時に会った神官にも質問してみたが、聖女についても聖獣についても新しい情報は何も得られなかった。何百年もの間に確認できなかった存在なのだから仕方ないといえばそうなんだろうけど……
調べ物をするにはここ以上に最適な場所はないはずだ。そう思って訪れた書庫は神殿の地下にあり、ひんやりとした空気が漂っていて、私は持って来ていたストールを肩から羽織った。
これまで何度も足を踏み入れたけれど、夜の書庫はとても静かで少し不気味だ。
天井まである本棚にぎっしりと詰まった古書達。ここには歴代の神官が集めて回った重要な書籍から、参拝者らが立ち去る時に置いて行った世俗的な物までがごちゃ混ぜに並んでいる。
私は奥まった棚にならぶ歴史書の背表紙を端から順に目で追っていく。
——聖獣が現れたのは二百年ぶりって言ってたから、少なくとも四代前の国王の時代よね……
国史が記された本の中から該当しそうな物を抜き出し、パラパラとページを捲る。
この時代は近隣諸国との対立が特に激しかったらしく、記されているのはその辺りの政治戦略的なことが中心。
必死で探して唯一見つけることができたのは、五代前の国王に聖女と呼ばれる女性が謁見したという記録のみ。
私はふぅっと溜め息を吐き出しながら、その本を閉じて棚へと戻す。
確かに過去にも聖女は存在したのは分かったけど、ただそれだけだ。
ロクな成果も得られず肩を落とした私は真後ろから急に腕を掴まれて、「ひゃっ⁉」と素っ頓狂な声を上げた。




