第四話・聖女と聖獣
その場にいた全ての神官が私へ向かって深く頷いて見せる。彼らがどうして急に私のことを聖女様なんて呼ぶようになったのか、さっぱり意味不明だ。
とりあえず私はお腹の重しになっている生き物――聖獣とやらに手を伸ばし、ちょっと退いてもらおうと抱き上げる。
「にゃーん」
不満そうな声を出して、それは私に反論してくる。
まるで眠っていたのを邪魔されたと文句を言っているようだったけれど、気を失っていた人間のお腹の上でくつろがれてもと無理矢理に身体から下ろした。
すると、毛布の上をトトトと歩いて私の顔へと近付いてくると、それはスリスリと甘えるようにその丸い頭を私の頬へと擦り寄せてきた。
フワフワの毛からは何だか温かい日の光に似た優しい香りが漂ってくる。
「やはり聖獣がこれほどまでに懐いているとは」
「間違いありませんね。これは建国以来の一大事ですぞ」
私が聖獣に触れているのを見て、なぜか周りの大人達が嬉しそうに目を潤ませている。
これはそんなに希少な生き物なのか、なのにどうして誰も捕えようとしないかと不思議に思っていたら、先程の神官医が他の神官達のお喋りを制してから説明してくれる。
「世界樹は滅多に実をつけないものなのです。そして実をつけたとしても、熟すことなくいつの間にか消滅してしまい、わたくしどもが聖獣を宿した実を見たのはこれが初めてなのです。過去の文献を遡りましても、少なくとも二百年ぶりの快挙と言ってもよろしいでしょうか」
彼の言葉を周りの神官達は相変わらずの涙目で頷きながら聞いている。
「聖獣、おそらくこれは猫と呼ばれる類いのものだと推測されるのですが、目撃した者の話ではこの猫はアイラ様の元へと舞い降りてきたそうです。きっと自らの使役者があなた様だと認めたからでしょう」
「舞い降りたって……思い切り、頭の上に落ちてきただけの記憶があるのですが……」
ゴンッ! という鈍い音は猫が入った実が頭にぶつかった音だ。強い衝撃を受けたおかげで今もまだ頭部はジンジンと痛いし、むち打ちになっているのか首も調子が悪い。
それを舞い降りたなんてメルヘンチックな表現をされても納得がいかない。
「いえ、その証拠にわたしどもはその猫にまともに触れることすらできませんでした」
言いながら、神官達はそれぞれの神官服の袖を捲って見せてくる。どの腕も長いミミズ腫れのような跡だらけで痛々しい。
捕まえようとした途端、鋭い爪で引っ掻かれたみたいだった。よく見たら顔や首筋にも同じようなミミズ腫れを作っている人もいる。
皆、猫を捕まえようと相当手こずったみたいだ。
「聖獣の使役者は古来より聖女、あるいは聖人とされております。ですので、アイラ様は二百年ぶりに我が国に現れた聖女様ということになるのです」
神官からの説明に、私は「はぁ……」という気の抜けた返事しかできなかった。
だっていきなり聖女とか言われたって、意味不明なのだ。
それにこの黒猫は当たり前のように私に引っ付いてくるけれど、本当に危険のない生き物かどうかだって分からない。
皆の傷だらけの腕を見て、少し慄いてしまうのは無理もない。
ただ、ナナは神官達の後ろから顔を覗かせながら、「すごいです、アイラ様!」と目をキラキラ輝かせている。
多分、面白がっているだけだと思うけれど。
「明後日には本殿より司教がやって来ることになるでしょう。その後、国王様への報告も兼ねて王都へ向かっていただくことになるかと――」
「え、王都へですか……?」
「もちろん、聖女様の身柄は神殿扱いとなりますのでご安心ください。神殿は聖女様が心穏やかにお過ごしいただけるよう、尽力いたします」
やっぱり私は「はぁ……」としか返せない。そんな間の抜けた返事をするなんて淑女らしくはないけれど、他に言いようがないのだから仕方ない。
まだズキズキする頭を押さえていたら、鎮痛剤を処方してもらえ、私はそれのおかげでもう一度目を閉じて眠ってしまったようだった。
ただ、眠っている間もずっと右隣に暖かい毛皮の感触がしていたので、黒猫はずっと私の傍に引っ付いていたみたいだ。
次に目が覚めたのは、朝日が窓から差し込んで来たのに気付いた時だ。
隣に並ぶベッドではナナがスースーと小さな寝息をたてていた。私に付き添って一緒に医務室で泊まることにしてくれたんだろう。
私はまだほんの少し傷みの残っている頭を庇うようゆっくりとベッドから起き上がる。
猫はいつの間にか私と並ぶようにして枕に頭を乗せて寝ていた。寝返りを打ったら顔のすぐ傍にいてビックリしたけれど、お腹の上に乗られるよりはマシだ。
しばらくの間、ベッドの上で座ったまま、私は昨日に起こったことをゆっくりと思い出していく。
夕方の参拝時に頭の上に世界樹の実が落ちてきて、その衝撃で気を失い。目が覚めたら神官から聖女だと言われた。しかも、聖獣の使役者だとも。
何度思い出しても信じられないけれど、でも私の隣で眠っている猫からは確かに世界樹と同じ香りがしている。
きっとこの子は本当に聖獣なんだろう。
同じことを何度も頭の中でループしていると、医務室の前の廊下から誰かが騒ぐ声が聞こえてきた。
「別に神殿へ干渉しようとかそういったことを言ってるんじゃない。単に俺が興味があるから、ちょっと顔を見せてもらおうと――」
「第三王子といえど、こんな早い時間に聖女様への謁見など許されることではございません。また時刻を改めて下さいませ」




