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婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました  作者: 瀬崎由美


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第三十九話・二度目のお茶会

 朝からずっと雨続きでどんよりとした重い色の空。けれど私は雨がそこまで嫌いじゃない。雨上がりの澄んだ空気は何物にも代えがたいし、雨は大地に沢山の恵みを与えてくれる。

 馬車は城門を抜け、王宮の建物ギリギリのところへ停まると中から大きな傘を抱えた女官が駆け寄ってくる。私は先に降りたユーベル様に手を取ってもらいながらキャビンから下り、迎えに出て来た女官に従って城の中を進んでいく。途中で建物を一旦出て長い回廊を抜けた先、背の高いガラス張りの温室へと案内された私は、扉が開かれた瞬間にムワッとするほどの熱気に目を見開く。数日の雨で気温が一気に下がった外気に比べて、ここはまるで海沿いの南領のようにホカホカしている。


「奥にお席をご用意しております。すでに王子殿下がお待ちでございます」

「ありがとうございます」


 手前で待機している護衛騎士へユーベル様が声を掛けているのを横目に、私は植物の合間に作られた人工的な小道を歩いていく。この季節にはとっくに枯れ落ちているはずの夏の小花を物珍しく思いながら進むと、外の景色も眺められる空間にガーデンテーブルが設置されていた。そこでガラス窓の向こうを物憂げな視線を送っていたパトリック殿下が、私が砂利を踏む足音に気付いて振り返る。


「やあ、アイラ」

「本日はお招きありがとうございます、パトリック殿下」


 すっと椅子から立ち上がると、私の元へ歩み寄ってから手を取ってくれる。パトリック様のエスコートで私が席に着くと、傍に控えていた給仕が手際よくカップにお茶を注ぎ入れていく。そして、テーブルの上へ次々に並べられていくお茶菓子の数々。

 お披露目の儀の前に侍女から甘味を取り上げられていたこともあり、私は目の前から漂う甘い香りにごくりと唾を飲み込んだ。夜会用のドレスは特にサイズ感に問題はなかったし、今日ちょっといただくくらいは大丈夫なはずだ。


「もしかして殿下は甘い物、あまりお好きではないのですか?」


 私がケーキに舌鼓を打っているのを、パトリック様は優しい笑顔を浮かべながらただ見ているだけだ。そう言えば前のお茶会の時もほとんどお菓子は口にしていなかった気もする。三歳上の兄は私と奪い合うように甘い物を食べる人だったから、てっきりその感覚でいてしまっていた。


「いや、特に好きでも嫌いでもない。ただ甘ったるいクリームまでいくとちょっと……」

「では、甘さ控えめなら平気でしょうか?」

「まあ、甘過ぎなければ」


 なるほど、と私は顎に指を当てながら頷き返す。パトリック様は甘い物を食べられないわけではないことを証明する為か、バタークッキーを一つ摘まむと口の中へ放り込んでいた。


「実家の母にベリーパイの作り方を教わってきたのですが、次にお伺いする際にお持ちしてもよろしいですか? あ、いや、別に無理に食べていただかなくてもいいんですけど……」


 上目遣いで恐る恐る訊ねる私のことを、パトリック様は少し驚いた顔で見ていた。きっと王都の貴族には厨房に入る令嬢はいないのだろう。まあ、地方貴族の中でも珍しい方だとは思うけれど、私は商家出身の母に育てられているからその辺りには何の抵抗もなかったが。


 ——あっ、もしかして、令嬢が料理人の真似事をするなんてって呆れられてるとか⁉


 パトリック様の反応に慌て始めた私だったけれど、殿下は笑みを浮かべたまま首を横に振って否定してくれる。


「俺も遠征で野営する際には簡単な調理ぐらいする。ただ、王宮に入ってからも菓子作りをしたいというのはちょっと難しいかもしれないな」

「あ、いえ、ベリーパイは作れるようになっただけで、別に趣味でも何でもないんです」


 そもそも城の厨房なんて勝手が分からないし、そんなところに素人の私が立つなんてプロに対して失礼極まりない。ただ母のレシピなら甘い物がそこまでお好きでないパトリック様でも食べて貰えるんじゃないかと考えただけだ。


「だって、パトリック様からはいろいろいただいてばかりなので、何かお返しがしたいと思っただけで……」


 柄にもなく愁傷な言葉が口から出てしまい、私はハッと自分の口元を押さえる。確かに思っていたけど言うつもりはなかったから、顔を真っ赤にさせて慌てる。しかも、よく考えたら王族に素人が真似事で作った物を食べさせようとするなんてある種の不敬な気もしてきた。


「あ、いえ、何でもないです……ほんと、何でも……」


 ナナのように刺繍が得意だったら令嬢らしくハンカチでも送ることも出来ただろうが、生憎その手の細かいことは苦手だ。唯一思いついたお返しがベリーパイだっただけだ。

 速攻で発言を打ち消そうとする私のことを、パトリック様は寂しそうな目で見てくる。そして、私の顔を覗き込んでから囁くように聞いてきた。


「で、結局は作ってくれないのか?」

「え?」


 私は目を丸くして顔を上げる。すぐ目の前で私に向かって小首を傾げている第三王子はポリポリと鼻を指先で掻いていた。これは彼が照れた時によくやる仕草だということを私は最近気付いたばかりだ。


「……作ってきても、いいんですか?」

「ああ、そこまで勧められたら食べてみたくなるのは当然だろう」


 少し揶揄うようにそう言った後、パトリック様は給仕に空になったカップを示してお茶のお代わりを頼んでいた。私はパトリック様にベリーパイを食べて貰えることよりも、次の約束ができたことの方を喜んでいる自分に気付き、密かに困惑していた。

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