第三十八話・お披露目の後
中央神殿により公式に宣言されてから数日経ち、王国だけでなく近隣諸国にも聖女顕現の噂が広まった頃からだろう、神殿には寄付や贈り物が山のように届くようになった。それらは純粋な善意のものがほとんどだと思うけれど、中には聖女御用達の看板欲しさに商会などが送り付けてくるものもあり、安易に受け取って良いのか悩む物も含まれていて……
「この首飾りを毎日の礼拝の時にドレスの上から付けていただければ、ですって。こんな大ぶりなもの首から下げてたら悪目立ちするだけですよね……」
「商人にとって、アイラ様は体の良い広告塔なんでしょうね」
「失礼しちゃいますよねー」
ナナとユーベル様が贈り物の入った箱を開封しながら、一つ一つを確認して選り分けてくれていた。私は教育係から与えられた分厚い貴族名鑑に目を通して、その家名と王家との繋がりを頭に叩き込んでいる最中だ。あまりにも数が多すぎて付け焼刃では歯が立たない。
「不要なものは神殿が換金して寄付へ回して下さるそうだから、それ以外だけ残しておいてね」
お茶菓子なんかの甘味は何も言わずともナナがちゃっかり除けているのは分かっていたが、私はソファーで両腕を伸ばしながら伝える。天井に向けて大きく伸びをすると、背骨がゴキゴキと不穏な音を鳴らしていた。朝からずっと同じ体勢で勉強し続けていたのだから、身体はゴリゴリに凝り固まってしまっている。
私が今こんなに必死で王都にいる主要貴族の経歴を覚えようとしているのは、近い内に城で夜会が催されると連絡があったからだ。一時的に王宮へ帰っていた第一王子のジョセフ殿下がまた療養地に戻られるタイミングもあるけれど、一番の目的は第三王子と私との婚約発表。神殿から正式に聖女として認定されたことで、男爵令嬢でしかなかった私は王族と婚姻を結ぶことのできる立場になってしまった。
——司教様の読み通り、聖女認定されてすぐだったわね……
王国民のほとんどが信仰している世界樹。その母なる大樹から生まれた聖獣と、それを使役する聖女は今、国内外から最も強い関心を抱かれている存在だ。その証拠に森の神殿には客室の数が足りなくなるほど沢山の参拝者が訪れて来ているのだという。
「ヴァルツが入っていた実の殻が展示してあるそうなのよ。でも私もそれは見た覚えはないのよね、気が付いたのは医務室だったし」
「ああ、あの大きな胡桃みたいなのですか? アイラ様の石頭にぶつかって割れたやつですよねー」
「……石頭って言わないでよっ!」
上から降ってくる茶色の実のことは記憶の片隅にあったけれど、それがどういう風に割れたかまでは見ていない。私が気を失って医務室に運び込まれた後、神官の手で回収されたそれは腐敗処理された後にガラスケースに入れられて神殿の玄関ホールに飾られているのだと聞いた。人々にとって母なる世界樹に関わるもの全てが信仰の対象となり得る。それには当然、私と黒猫も含まれる。だから王家はその民の心を惹き付けている存在を一刻も早く手中に収めるべく夜会を開こうとする。聖女は王家に属する者であると認知させるために。
「パトリック様はそこまで焦ってる風でもないのに……」
ぼそりと私が呟くと、空箱を部屋の隅に積み重ねていたユーベル様が振り返る。
「殿下を必要以上に急かしておいでなのはハイドーナ公爵だと思います」
「ハイドーナ家というと、王妃様のご実家の?」
「はい。現当主は王妃様の弟君で、殿下達にとって叔父にあたる方です。以前は第一王子に付いておられたのですが、今は第三王子派の筆頭になっておられます」
「ジョセフ様が継承権を辞退されたから、パトリック様へ鞍替えされたということですか?」
「ええ、そういうことになりますね」
第一王子派だったのが第三王子派へ替わったのは、アロン様の第二王子派の筆頭にすでにサーパス宰相が居座っていたからだとユーベル様が解説してくれる。後から支持先をアロン様へ変えたところで旨味は少ない。ならばまだ可能性が残っているパトリック様へと同じ理由で乗り換えた貴族は少なからずいるらしい。けれど、それではまだ対抗馬としては弱かったため、パトリック様は神殿の後ろ盾を欲したのだろう。だって、第三王子の世間の評判はお世辞にも良いとは言えなかったから。
「パトリック様の悪評を吹聴していたのは第二王子派の一部の貴族だということが分かっておりますので、その辺りの心配は今後は大丈夫でしょう」
「除隊されたという騎士達は捕らえられたのでしょうか?」
第二王子の暗殺計画を目論み、その首謀者をパトリック様だと言って回っていたという元騎士達。その疑いが晴れたと聞いて私はロックウェル領から王都へと戻ってきたのだけれど、ここの神官達は詳しい話を誰も語ってはくれなかった。
ユーベル様も私に話して良いのかと少し迷っていたようだったけれど、意を決したように口を開く。
「ええ。裏街で酔い潰れているところを二人揃って捕獲することができ、騎士団の管理下で尋問した上で虚言だったことを認めさせました。金を貰ってそう吹聴して回るように指示されたそうです」
「それも第二王子派の貴族にですか?」
「直接接触してきたのは初見の別の人間のようで、具体的な指示元は彼らの口からは出てきませんでしたが、辿っていけばその可能性は高いと踏んでいます」
まだ完全解決とまではいっていないと言われたが、殿下の身の潔白が証明されたことに私はホッと胸を撫で下ろす。これまで私が聞いていた第三王子の悪評も全て同じように誰かの悪意によって作られたものなのかもしれない。と一瞬だけ思ったが、パトリック様の性格を考えると半分ぐらいは事実な気がしてならない。例えばそう、座学が嫌で窓を割って二階から飛び降りて逃げた話なんて、あの王子なら余裕でやりかねない。




