第三十七話・お披露目の儀
中央神殿内は国中の神殿から駆け付けてきた高位神官達だらけだった。数日前より次々に訪れてくる偉い方々の接遇に、手が足りないからとうちの侍女まで借り出される始末。
「さっきご案内した神官様からお菓子のお裾分けをいただいちゃいましたー。途中の街で買い込んでいらっしゃる方多いですよねぇ。やっぱりどこの神殿も甘味は自分達で確保しないといけないみたいですね」
人懐っこいナナは客室に案内するだけなのに、戻って来る度に何かしらを貰って帰ってくる。男性神官ばかりの中で若い女の子のお手伝いが珍しいというのもあるんだろうが、どの方もナナを餌付けする勢いでお菓子を譲って下さるようだった。
「あまり食べすぎないようにね」
「分かってますって! あ、アイラ様は食べてはダメですよ。お披露目用のドレスが着られなくなったら大変です!」
初めてこの神殿を訪れてすぐに採寸して仕立てて貰ったドレス。出来上がったと納品された物へ試しに袖を通してみたら、胸のあたりに若干の苦しさを感じてしまった。他の箇所は特に問題なかったから急激に太ったというわけではなさそうだったけれど、着替えを手伝ってくれていた神殿側の侍女達は顔を青褪めていた。
「希少な生地と糸を使ってて、簡単にはお直しできないって話なんですから」
とにかく後数日は今の体型を維持して下さいと仕立て屋に頭を下げられたので、私はしばらくオヤツ抜きの生活が決まった。目の前で地方土産の甘味に舌鼓を打っているナナをよそ目に、気を紛らわせるよう机へ向かってペンを走らせる。
朝から王城にある騎士団の詰所に任務の経過報告に向かったユーベル様が、ついでだからとパトリック殿下から私宛の手紙を預かって戻ってきた。急ぎで走り書きされていたと聞いた通り、便箋に並ぶ文字はお世辞にも達筆とは言えなかった。でも、次のお茶会の誘いと共に添え書きされていた『また是非、次の演目も』というのは、あの劇場で新しく上演される作品も一緒に観ようという約束なんだろうか?
——こないだの観劇って言えば……
帰り際での手の甲へのキスを思い出し、私はペンを持ったまま顔を手で覆い隠す。ほんの一瞬の出来事だったかもしれないが、殿下の唇に自分の手が触れた感触と光景は今でもはっきり思い出せてしまう。そつのない完璧なエスコートに惚けてしまっていた私への思い切り不意打ちだった。あれで少しもときめかない乙女がいるなら是非とも対面して熱烈談義したい。
——パトリック様は自分が美麗だって自覚がないからさらにタチが悪いのよ。
王族特有の青く深い色の瞳に艶のある金の髪。厚みはなさそうだけれど、しなやかな筋肉の付いた体躯は騎士として鍛錬を積み重ねているおかげだろう。まっすぐな背筋は何を着ていてもそれなりに様になってしまう。森の神殿でのラフな格好でさえ似合っていたのだから。
あの一癖も二癖もある性格でなければ、きっと社交界では大モテしていたはずだ。
私はペンを置いてから、胸元のアヴェン石のブローチへとそっと触れる。パトリック様は私が聖女だからという理由で求婚してきた。その赤裸々な下心が分かっていて受け入れたはずなのに、なぜかそれ以上を期待してしまう自分がいる。もっと上辺だけのいかにも政略結婚というような冷めた関係を覚悟していたのに、とてつもなく大事にされているんじゃないかということばかりで勘違いしてしまいそうになる。
だって、私へ向けられるパトリック様の視線は、ソフィア姫を見るアロン殿下のものとどう違うというのだろうか? 私にはその差がちっとも分からない。だからこそ、殿下へ返事を書くつもりでいる便箋は宛名を書いたきり真っ白なまま進まない。
黒色の神官服で埋め尽くされた礼拝堂。中央神殿の建物の外には数百年ぶりに現れたという聖女の姿を一目拝もうと集まってきた信者達で溢れ返っていた。神殿の中央に建てられた塔から甲高い鐘の音が鳴り始めると、人々がどよめき声を上げているのが建物の中にいた私の耳にも微かに聞こえている。私は今日という日の為に用意された新緑のドレスに、以前に誂えてもらった純白のローブを羽織ってこの式典に挑んでいた。正直言ってドレスもローブもどちらも全然私らしくなくて落ち着かないが、必死で神妙な表情を作り続ける。
「アイラ・ロックウェルを聖女として認め、ここに宣言する」
祭壇の前で司教様がそう語ると、私は席から立ち上がって司教様の元へと歩み寄っていき、彼の前で腰を屈める。そして、司教様の手で世界樹の葉を模した冠を頭に乗せられてから振り向けば、どこからともなく拍手が沸き上がる。
「聖女アイラ様」
「聖女様」
「世界樹の恵みに感謝を」
拍手と呼び掛けの声の中、私は司教様と共に外で待つ信者達の前へと出ていく。と言っても建物の二階へ上がって窓から一瞬顔を覗かせるだけだ。
「はっきり見せてしまえば、今後のアイラ様の身にどんな危険が降りかかるか……」
神殿としては聖女と聖獣の存在を知らしめるのが目的であって、私のことを晒したいわけじゃないと司教様はおっしゃっていた。確かに聖女として顔を出してしまえば、これまでみたいにナナと街歩きすることもできなくなってしまうだろう。私はその気遣いには素直に感謝した。でも念には念を入れて、今日の化粧はちょっと濃いめに施して貰った。多分実年齢よりはかなり上に見えるはずだ。




