第三十六話・王都の劇場2
隣のソファーからはアロン王子とソフィア姫がずっと話しているのが聞こえてくる。周りの騒めきで会話の内容までは分からないが、時折どちらともなくクスクスと楽しそうな笑い声を漏らしているのが聞こえてきて、二人の仲の良さが垣間見れる。
「アロン殿下も隣国へ留学されていらしたんですよね?」
第二王子はとても勤勉な方だという評判だった。隣国の文化を学ぶために数年前まで城を出ていたと聞いたことがある。私の問いに、パトリック様は耳のすぐ傍まで顔を近付けてから、周りには聞こえない声で囁いた。
「その留学中に兄上はソフィア姫のことを見初めたらしい。彼女の今回の留学も兄上が働きかけて実現したみたいだ」
「え、それって……?」
私が確認すると、パトリック様はニヤリと笑いながら頷き返してくる。つまり姫の方も第二王子のことを少なからず想ってこの国まで会いに来たのだ。国を越えた王族同士の恋。それは今から観る演劇よりも遥かにドラマチックな気がして、私は密かに興奮する。
私は気になって隣の席の方をチラリと覗き見る。どちらも物静かな雰囲気を持っていて、とても相性も良さそうに思えた。留学までするくらいなのだからソフィア姫も学ぶことに意欲的な方なのだろうか。
「とてもお似合いだと思います」
二人の仲に好感を覚えて私がそう告げると、パトリック様はそれに対して眉を寄せる。国家間も良好だし、国を上げて祝福すべきことのような気がしたのだが、どうしてか理解できずに私は困惑の表情になる。王族同士なのだから身分の問題もないはずなのに?
「知っているか? この国の王配は王国民に限定されることを」
「え、そうなのですか? でも、他国から王室へ嫁がれて来た方は何人もいらっしゃったような……」
「ああ、ただの王族なら問題はない。でも国王になる者の相手は国内出身でないとダメなんだ。国家間の干渉を避ける意味でそう定められている」
つまり王太子候補であるアロン様が想い人であるソフィア様と結ばれることはないということ。しかも、代わりに愛妾として迎え入れるには彼女は身分が高過ぎる。隣国にとってもその扱いは不名誉極まりないから認められるわけがない。
——あんなに仲が良さそうなお二人なのに……
互いに想い合っているのが傍から見てもよく分かる。ずっと笑顔で目を見つめ合っている二人は、第二王子が王太子となる未来では添い遂げることは不可能なのだ。
パトリック様の方を振り返り見ると、第三王子は何か言いたげに私のことを見ていた。その眼を見て、私は今日のこの場にあの二人を同席させたパトリック様の思惑を理解した。
「だから殿下は王太子になろうとしているのですね」
聖女である私を手中に収め、神殿の後ろ盾を得て王太子候補に名乗りを上げる。彼がそうしようと考えたのは全て兄王子を思ってのことだ。観劇でも同席するほど仲が良い兄弟がどうして王太子という立場を巡って争おうとしているのか不思議だった。でも、この場でようやく納得できる答えを得られた。
「ああ、俺が王位を継ぐことになれば、兄上は国籍関係なく妻を迎え入れることができるからな」
「王妃候補にそんな条件があったなんて知りませんでした」
「内々での決まり事で公にはされていないし、知らない者の方が多いだろう」
「だったら……」
第一王子殿下のジョセフ様と同じように継承権を放棄するという選択肢もアロン王子にはあるはずだ。けれど彼にはそれをする気はなく、ソフィア姫との未来の方を手放そうとしている。
「兄上は自分を推してくれている臣下を裏切れないと言い張っている。特に宰相には逆らえない。サーパスは近い内に娘を王子妃候補に挙げてくるだろう」
私と同じ歳だという娘にはまだ婚約者はいないと言う話だ。アロン様が王太子に確定した暁に話を進めるつもりなのだろう。そうなれば何もかもが宰相であるサーパス卿の思いのままだ。
パトリック様は他にも何か私に言おうとしていたみたいだったが、開場を知らせる音楽が劇場内に流れ始め、私達の会話はそこで中断せざるを得なかった。他の観客に合わせて私達も黙って拍手で開幕を迎える。
偶然に騎士から助けられることで始まる貴族令嬢との恋。その甘すぎる演目にナナが感涙して鼻をすする音が背後の席から聞こえている。私は作り物の恋のお話よりもさっき聞いたばかりの王族同士の切ない実話の方が気になって全然感情移入できないでいた。折角の高いチケットが台無しだ。ま、私の代わりにナナが楽しんでいたのなら別にいいけど。
全ての演目が終わり、演者が舞台上に並んで観覧席へと手を振っているのを眺めていると、ソフィア姫が私達に会釈してから席を立った。いつの間にか彼女のお伴らしき騎士と侍女が特別室の後ろに控えていて、その人達と連れだって出ていってしまう。アロン様とは非公式な間柄だから帰りも別々なのだろうか。なんだか自分のことでもないのにちょっと切なくなってくる。
「それでは私達もお先に失礼させていただきます」
ソフィア姫が席を立ったのに長居するわけにもいかないと、私も侍女に目配せして王子達へと挨拶を口にする。するとパトリック様が私より前にさっと立ち上がり、目の前にエスコートの為の手を差し出してくれた。私がそれに自分の手を重ねてお礼を伝えながら立つと、パトリック様はそのまま私の手を離さずにきゅっと握ってから顔まで持ち上げ、自分の唇を触れさせた。
「ではまた、近い内に」
突然の手の甲へのキス。驚いてまともに返事もできず、私はその後どうやって神殿へと戻ってきたのか記憶があやふやだ。ただ馬車の中でナナから「顔が赤いですよ」と何度も突っ込まれていたのだけはかろうじて覚えている。




