第三十四話・パトリック様からの贈り物
予定通りに五日かけて王都へと帰って来た私達は、中央神殿では一度も見かけたことが無かった神官の姿を何人も目撃し首を傾げた。ここで従事する神官の全てを把握しているわけではないが、さすがに初めて見る顔ばかりとすれ違えばおかしいと気付く。
「王国内の各神殿から神事の手伝いの為に駆け付けてきた者達でございます」
「神事というのは、私の……?」
「ええ、聖女様のお披露目の儀のことです」
入り口まで迎えに出てくれたケイネル神官に促され、私は部屋に戻る前に礼拝堂へと向かっていた。見慣れたはずの神官服も地方によって素材が違うようで、よく見れば中央神殿の神官とそうでない人との区別がつくことに気付く。礼拝堂内では他所の神殿に属する神官達が黙々と長椅子や床板を布で磨き上げていた。
ケイネル神官の後に付いて歩く私のことを、その神官達が「おお、あの方が……」「あの腕の中にいるのが、聖獣か? 何と艶めかしい毛並み……」と感嘆の声を漏らしているのが聞こえてきて、私はあまりにも恥ずかしくて俯くしかできない。目を合わさないよう視線を外してはいたが、こちらへ向けて彼らが祈りを捧げるポーズを取っているのは丸分かりだ。この反応にはいつまで経っても慣れる気がしない。
ヴァルツの入った篭を床へ下ろしてから、私はケイネル神官が見守る中、世界樹の葉が詰められた箱の前に膝を付く。目を閉じて祈りを捧げていると、ヴァルツが篭を抜け出して私に甘えるように擦り寄ってくる。黒猫にとって世界樹は自分の源でもあるから、この子なりに何か感じることがあるんだろうか? いまだに聖獣という存在のことはよく分からない。
これからの段取りの説明を受けてから、ようやく部屋へ戻って来た私のことを、先に荷解き作業をしていたナナがニヤニヤと含み笑いを浮かべながら見てくる。「何なの?」と聞いても何も言ってくれない代わりに、侍女は視線を動かしてソファーテーブルの上に置かれた荷物を指し示す。
布に大事に包まれたそれには淡いピンクのリボンが架けられていて、一目で実家から運んで来たものでないことが分かった。お披露目の儀で着る衣装はとっくに届いてクローゼットの中に保管してある。神殿側が用意した物ではなさそうで、私はわけが分からず再びナナに問いかける。
「昨日、届いたそうですよ」
「だから、何なの?」
「第三王子殿下からの贈り物みたいです。いいから早く開けてみて下さいよー」
好奇心からワクワクしているのが丸分かりな表情で、ナナが駆け寄ってきて私がリボンを解くのを覗き込んでくる。手で抱えた感じではあまり重さもなく、柔らかな部分と堅い部分があり何か別の種類のものが一緒に包まれているようだった。
リボンを解き、布を捲ってみると中から現れたのはリボンと同じ色のストールと細長い小箱。堅く感じたのは箱の方らしい。その蓋を開けてみると、ナナが先に黄色い歓声を上げる。
「ちょっ、これって今一番人気の観劇のチケットじゃないですかっ⁉ ウソっ、ニールさんが最終日までのチケットはすでに完売してて手に入らないっておっしゃってたんですよ⁉」
興奮気味にそう言われて、私は箱から横長の紙を取り出し、そこに印字された文字を確かめる。『真実の愛を求めて』といういかにもベタな恋愛物語のタイトルと劇場名。ナナがニールという情報ツウな護衛騎士から聞いたところによれば、騎士と貴族令嬢を題材にした恋物語らしい。
「婚約破棄物ではないのね?」
「王都ではもう婚約破棄はあまり流行ってないみたいですよ。やっぱり地方とは時差がありますよね」
「そうなのね、もう流行ってはないんだ……」
だったら、卒業パーティーの時期がもう数か月遅ければ、私はこの場には居なかったかもしれない。そう考えたらちょっと可笑しくなってくる。全ての偶然が繋がった上で私がここにいるのだと考えたら、気持ちがとても軽い。
チケットに記載された日時は明後日の午後。神殿内は神事の用意で慌ただしいけれど、さすがに王子殿下からの贈り物を無下にすることはできないし、外出の許可は出して貰えるはずだ。しかも、二枚あるということは仲良しの侍女と一緒に観に行って良いということだろうか。
——でも、いくら流行っているとはいっても、どうしてこの観劇なのかしら……?
私は柔らかな上質の絹で織られたストールを抱き締めながら、パトリック様からの贈り物の真意を探る。
「忙しい合間に息抜きでもっていう計らいなんじゃないでしょうか?」
ナナはそう言っていたけれど、王都に到着してすぐに外出するのは正直言って気が引ける。私自身はお披露目の儀の当日まで何度か打ち合わせをこなす程度で忙しくも何ともないみたいだけれど、慌ただしく動き回る神官達を横目に遊び回るのもどうかと……
「ほら、そういう風に思い詰めないようにアイラ様が外へ出るキッカケを作って下さったんですよ、きっと」
「そうかしら……?」
確かにナナの言葉通り、儀式の為に忙しくする神官達を目にしていると落ちつかない。




