第二十五話・サーパス宰相
司教様がそれっぽい理由を口にしても、宰相のサーパス様はいやいやと首を横に振って、私達へ諭すように言ってくる。
「聖女様の存在は国中が待ち望んでいたことですから、これは一日も早く公表すべきことです。しかも聞くところによれば、アイラ様は聖女認定後には第三王子殿下とご婚約されるとこのこと。こんなめでたいことを後回しにして良いはずがありません!」
「しかし、お披露目には準備というものがございまして……」
「それは存じ上げております。神殿だけでは時間を要するというのでしたら、ここは私も日頃の信仰心を発揮したいところ。我が家門からもいくらかの寄付と協力をと考えている次第です」
寄付という言葉に司教様の眼が少し光った気がするが、それは一瞬のこと。目先のお金に目が眩んで宰相様の企みに乗ってはダメだと、司教様は首を横に振っていた。第二王子派の筆頭でもあるサーパス様は、パトリック様と神殿を共倒れさせる気なのだから断る以外にない。
パトリック様が兄王子殺害計画の疑惑を抱えたままの今、私が聖女として彼との婚約を発表なんてすれば、神殿まであらぬ目で見られてしまうだろう。そして、第三王子殿下が本来期待していた後ろ盾の効力は当然ながらかなり弱いものになる。
王家が神殿との繋がりを持つために聖女を取り込むことに積極的なのを宰相様はきっとご存じなのだろう。だから、お披露目が終わればすぐに婚約を公表されると予測して、一日も早く聖女の存在を明らかにせよ、と。つまりは第三王子の悪評に便乗して神殿をも潰しにかかってきているのだ。
——信仰心だなって、嘘っぱちよね……
自分達の地位を強固にするためになら、寄付も協力も安いものなのだろう。第二王子が王太子となれば、彼の息子が時期宰相に任命されるのは約束されたも同然なのだから。
私は司教様と宰相様が笑顔を称えながら腹の探り合いをしている姿を、ただ黙って眺めていた。すると、司教様では話にならないと思われたのか、サーパス様が私の方へ向き合って、上辺だけの穏やかな笑みを浮かべて尋ねてきた。
「アイラ様もご自身のお立場を早くはっきりさせたいのではありませんか? 聖女となられたのに、現時点ではまだ男爵令嬢という扱いを受けていることへ納得されてはおられないのでは?」
小娘が相手なら言いくるめられるとでも思ったのか、やたら優しい声で確認されて、私は内心うんざりで大きな溜め息をつきたいところだった。
「いいえ。こちらではとてもよくしていただいておりますし、特に不満などございません」
「本当にそうでしょうか? 神殿ではそうでも、外へ出てもあなたが聖女であることを知っている人間はおりません。一日も早く周知させ、みなからの祝福を受けたいとは思いませんか?」
ようは聖女であると公言すれば、みんながチヤホヤしてくれるよ、と言いたいのだろうが、そこは少し言葉をオブラートに包んでくれたらしい。本当に信仰心が厚い方なら、そんなこと言うわけがない。宰相の下品過ぎる発想に私はすぐに言葉が出なかった。
その私が言葉を止めたのを宰相様は「いける」とでも勘違いしたらしく、私へと畳みかけてきた。
「聖女となれば、きっとたくさんの信者から祝福の言葉と一緒に贈り物も届くことでしょう。ああ、我が国だけでなく、交流ある他国からも届くやもしれませんねぇ」
隣を見ると、あまりの下俗的な言葉に司教様はぽかんと口を開けて呆気に取られているようだった。私はさすがにそんなものを期待していたわけじゃないから、宰相様に対して今本当に望んでいることを伝えることにした。
「森の神殿で聖女として認めていただいた後、そのまま王都へ来てしまいましたので、私は長らく家族の顔を見ておりません。叶うことなら一度ロックウェル領へと戻らせていただくことを望んでおります。聖女という立場についても、両親と話し合ってからでないと何ともお答えすることはできません」
なんせまだ親の許可なく行動できる歳ではありませんから、と私が言うとさすがに宰相様も口を噤まれた。
城のお茶会でジョセフ殿下とパトリック様の会話の中で、宰相様には私と同じ歳の娘がいるという話が出ていたのだ。とても溺愛されていて、宰相様が猛反対しているせいでまだ婚約者が決まっていないのだと。
「私は何事も尊敬している父の意見を参考に行動したいと考えております。婚約についても両親とは顔を合わせないまま決まってしまいましたけれど、できたら父がどのように考えているのか直接確かめられたらと思うのです」
ワザとらしいほど神妙な表情でそう言いながら、私は向かいに座る宰相様を覗き見る。娘命のサーパス卿は目尻を下げた感心したような顔で私のことを見ていた。視線を少しずらせば執務室の隅で待機しているナナが思い切り呆れ顔をこちらへ向けている。私と目が合うと「まったくもう……」と口パクで言って笑ってみせる。
年頃の娘が両親、特に父親のことを尊敬してるなんて口にするのは珍しいはずだ。逆に煙たがって顔を合わさないよう避けたりする方が多いだろう。でも何だかんだ言ってもちゃんと尊敬している、そう言った私のことを宰相様は自分の娘と重ねているようだった。
かくいうロックウェル領にいる父も私が慕っていることを伝えれば、顔をニヤケさせてある程度の我が儘は見逃してくれた。そう、父親というのは単純な生き物なのだ。
ナナは私のこの必殺技のことを知っているから、ずっと肩を震わせたままだ。
——田舎男爵の令嬢を舐めないで欲しいわ。こっちは強かな商人の卵達に囲まれて育ってきたのよ!
学園の大半を占めていた商家の子息女達。頭の回転が早い者も多く、気を抜くと足下を簡単に掬われてしまいそうになる。何も考えていなければセドリックのように彼らの口車に乗せられてしまい、いろんなものを失ってしまう。それに比べたら上位貴族の穏やかな腹の探り合いなんて上品なものだ。




