第二十三話・第一王子殿下
車椅子に座っておられる感じから、第一王子であるジョセフ様は随分と小柄な方のように感じた。騎士として常に身体を鍛えているパトリック様と比べるのは失礼かもしれないが、身体も男性にしてはかなり細身だ。膝に掛けられたブランケットの下の足も気にはなったが、ずっと膝の上に乗せたままの左腕ももしかしたら動かないのかもしれない。市井での噂では幼少期の大病が原因だと聞いたことはあるが、この場で気安く触れて良いことではない。
「兄弟の中で最初に婚約するのが一番下の弟だとはね。僕はてっきりアロンの方が先かと思っていたよ」
「ジョセフ兄上にも縁談の話が来ていたと思うのですが?」
「ああ、ルース侯爵のところの令嬢かぁ。何度か向こうでも会うことはあったんだけどね、あの子が来ると必ず夜に熱が出て大変なんだよ」
「え、それは何が原因ですか?」
「なんだろうね、僕自身はそこまでとは思ってなかったんだけど、医者が言うには精神的な疲れが原因なんだと。来る度によく分からない健康食材を持ち込まれるから、ちょっと怖いっていうのは確かにあったけど」
「だから縁談も断ってもらったよ」とあっさり言ってのけるジョセフ殿下。この短い時間でも彼の明るくて人懐っこい性格にはとても好感が持てた。事前に私のこともいろいろ調べたのか、ロックウェル領に関する質問も受けたりと、頭の回転の早い方なのか、次々にいろんな話題が出てきて横で聞いていてかなり圧倒されてしまった。
「ああ、二人の茶会はこれが初めてだって聞いてたのに、思ったより長く邪魔しちゃったね」
そう言って従者に指示して車椅子の向きを変えると、ジョセフ殿下は後ろ手を振りながら四阿から離れていった。私はその後ろ姿に向かって、座ったまま頭を下げて見送る。そして、車輪の音が聞こえなくなった後に、パトリック様へと微笑む。
「本当に、ご兄弟の仲は良さそうですね」
二人の会話の大半が兄弟の誰かの近況についてだった。離れて暮らしておられるはずのジョセフ様も弟君達のことをよく知っておられたから、常に連絡を取り合っているのが窺い知れた。この場にはいない第二王子のことも二人は楽しそうに話題に出していたし、この三兄弟は傍目にはとても上手くいっているようにしか見えない。
「ああ、ジョセフ兄上のことはとても尊敬している。だから兄上がああなってしまった時はショックだったな」
「幼い頃に大病されたんですよね?」
具体的な病名までは分からないが、国民はみんなそう聞かされている。王家からの発表を疑ったことはない。けれど、パトリック様は表情を曇らせてから、私にだけ聞こえる声で告げた。
「兄上は病気だったんじゃない。子供の頃に毒殺されかけたのが原因だ」
「えっ……」
「足や腕が動かなくなったのはその後遺症。かろうじて命は助かったものの、一日の半分は横になっている。少し疲れを感じただけで熱を出してしまうのもそのせいだ。だから王位を継げる体力がないからと、継承権を強制的に辞退させられたんだ……」
悔しそうに膝を拳で打つパトリック殿下に私はどう声を掛けていいか分からなかった。ただ、彼は一番上の兄が王太子になるのが順当だと考えていたのは理解できる。人当たりも良く頭の回転も早いジョセフ殿下。彼なら国民に好かれる立派な王になっただろうと思わせる人だ。
「その毒を盛った犯人は捕まっているのでしょうか?」
「兄上の飲み物に直接入れた使用人はすぐ拘束されたが、誰の指示かを吐かせる前に牢の中で自害してしまい分からずじまいだ。ま、第一王子が王太子になるのを望まない人間には違いない——だが、主犯が判明したところで兄上の復帰はもう可能性すらない……」
絶望的な言葉を口にして、パトリック様は顔を歪ませている。下手したら自分を支持してくれている側の人間の仕業だという可能性もあるからだろう。
王城で顔を合わせる第三王子は作り物の王子スマイルを張り付けていることが多かったせいで、私にはその表情がとても意外に感じた。これは、私の前で少しは素をさらけ出してくれるようになったと思っていいんだろうか?
「パトリック様……では、王太子に名乗りを上げられた場合、パトリック様も命を狙われる危険性があるということなのでは?」
彼の顔を覗き込んで私が訊ねると、殿下は驚いたように目を丸くして私のことを見てくる。
「もしかして、心配してくれているのか?」
「もちろんです。私のことを何だと思っていらっしゃるんですか!」
いろいろ振り回されては来たが、もう知らない間柄じゃない。今パトリック様が毒殺でもされたら、どう考えても目覚めが悪いではないか。さすがにそこまでぶっちゃけては言わなかったが、私は「当然です」と大きく頷いて返す。
それには「ははは」と声を出して笑いながら、パトリック様はなぜかとても嬉しそうにしていた。




