第二十二話・王城でのお茶会2
黒い騎士服に金の髪の第三王子の姿はこのバラに囲まれた四阿の中でとても映え、まるで舞台の一幕を目にしているようなフワフワした気持ちになる。頃合いを見計らってお茶の代わりに果実ジュースが運ばれてくると、パトリック様はそれをゴクゴクと半分近く一気飲みしていた。
「今日のような日和には最初から冷たい物を出すべきだったな」
「甘味にはお茶の方が合いますし、私はどちらも美味しくいただいております」
クッキーを一つ頬張ってから、私がお茶を口にするのをパトリック様がじっと見てくる。令嬢らしくない食べっぷりを見せてしまったかと、その視線から逃れるために俯く。恥ずかしさのあまりに私の顔が自然と熱を帯びていた。
森の神殿で会った殿下と、城内で再会した殿下とでは印象がまるで違って、私は正直戸惑っていた。向こうではシャツの袖を捲ってラフに着崩していたりしていたし、とにかく身なりから大きく異なる。
——それに、単に神殿の後ろ盾が目的とおっしゃっていたくせに……
対外的にはまだ男爵令嬢でしかない私のことをこうして王城へ招いてお茶会を催してくれ、大事な石まで贈ってくれた。ユーベル様から聞いたように殿下の私費を使っても構わないというのが本当だとしたら、政略結婚の相手にどうしてそこまでという疑問すら湧いてくる。
「パトリック様は騎士でもおありなのに、なぜ王太子になろうとお考えなのでしょうか?」
私はずっと抱いていた疑問を遠慮がちに口にする。騎士服姿があまりにも眩しくて、まともに顔を合わせることができなかったが、私の問いかけにパトリック様が困惑されたのは分かった。
でも、騎士として独立できる道があるのにワザワザ争いの火種となる困難な道を選ぼうとしているのが不思議でしょうがなかった。いずれは国王として何か成し遂げたいことでもあるのだろうか?
パトリック様はしばらくバラ園の方へ視線を動かし、静かに言葉を選んでいるようだった。柔らかな風が第三王子の前髪をふんわりと揺らしていくのを、私も黙って見つめる。まだ出会って数回しか顔を合わせてはいないけれど、彼には何か心の内に秘めた想いがあるような気がしてならない。
「……ジョセフ兄上が王太子になるのなら、何も問題はなかった。けど、アロン兄上がなるというのなら、俺が代わりになろうと思った。ただそれだけだ」
「それほど、第二王子殿下とは仲が悪いのですか?」
「いや、兄達どちらとも別に悪くはないが」
殿下の答えに私は心の中で頭を抱える。さすがに淑女らしくはないから実際にはしないが、「ハァ? どういうこと⁉」と叫びたい気持ちをグッと堪えた。
国政に興味がある風でもなく、単にアロン王子よりは自分がという我が儘にしか聞こえてはこない。そのために私や神殿はこんなにも振り回されることになったんだろうか。
どう口を開いても不敬の言葉しか出て来ない気がして、私は何も言わずに目の前のクッキーに手を伸ばし黙々と口の中へ放り込む。少なくとも今の時点ではとても大切にしてもらっている実感はあるから文句を言うつもりはない。ただ、この王子がいずれ国の頂点に立つ可能性もあるのかと思うと、少しばかり不安を感じるのは本当だ。
私がこんなにも心の中で悶々としているのに、パトリック様はニコニコと笑みを漏らしながら私がお菓子を食べる姿を眺めている。
私が甘味を味わっているのを王子が笑いながら見ているだけという奇妙な時間を過ごしていた時、城内の方が少し騒がしくなってきた。四阿の席から首を伸ばして声がする方に目をやった私達は、中庭の遊歩道を従者に押されながらこちらへ向かってくる車椅子の男性に気付く。国王陛下とそっくりな栗色の髪に青い瞳に、私は確かめるようパトリック様の顔を伺う。
「ジョセフ兄上だ。城へ戻って来られたのか……」
別邸で療養中だったはずの第一王子殿下だと告げられて、私はご挨拶するためにと慌てて立ち上がろうとした。けれど、パトリック様がそんな私の動きを「そのままで」と片手で制してくる。椅子に腰を下ろしたままなんてと思いつつ、私は座りながら頭を下げてジョセフ殿下を迎えた。
「ああ、顔を上げてくれ、茶会中に邪魔をしてすまないね」
すぐ手前まで来ると、ジョセフ殿下は爽やかな王子スマイルで私達に声を掛けてきた。レンガ敷きの遊歩道から一段上がったところにある四阿には車椅子では上がれない。王子の後ろに付いていた侍従の一人が、その場で殿下の頭上に大きな日傘を広げる。
「兄上はいつお戻りに?」
「つい先程だ。そしたら、弟の婚約者が遊びに来てるって聞いたから、折角だし挨拶をと思ってね」
殿下の言葉に、やっぱりちゃんとご挨拶をと私が立ち上がり掛けると、第一王子もさっきのパトリック様のように片手で制してくる。
「いや、僕の場合は座ったままで構わないよ。上から見下ろすことになるし逆に気を使わせてしまうのが好きじゃないんだ」
「も、申し訳ございません……」
そうでなくても一段高い場所にいるのだから、私が立ち上がってしまうと殿下に大きく見上げてもらわなくてはならなくなる。それが分かっていたからさっきのパトリック様も座ったままでいいと教えてくれたのだ。




