第二十話・教育係2
ユーベル様とティーテーブルを囲みながら、ソファーで毛繕いしている黒猫のことを眺め見る。初めて会った時よりも少し丸みを帯びてきた聖獣は、ここで出される食事は毎回ぺろりと完食する。なのにお茶会の作法を学ぶ為に用意してもらったミルクまで分けて欲しがり、それもたった今キレイに飲み切ったところだ。満腹になったからこれから昼寝でもするつもりなのか、ソファーのクッションの弾力を前脚でモミモミと確かめた後、ころりと身体を丸めた。
「殿下とお二人だけの時はそれほど気になさらなくて良いですが、王族や他の貴族のご令嬢からのお誘いがあった際は――」
ユーベル様から教えてもらった作法に注意しながら、私は背筋を伸ばしてティーカップに口を付ける。給仕役には少しでも緊張感が出るようにと神殿側の侍女に立ち会ってもらっていた。ナナが相手だとどうしても気が緩んでしまうから。そのお気楽な侍女はヴァルツの向かいで趣味の刺繍に興じている。
「パトリック様からお誘いいただいた会にはどういった装いで向かえば良いんでしょう?」
私は困惑した顔でユーベル様へ訊ねる。元々、森の神殿へ参拝に訪れるだけのつもりだったから家から持って来た荷物の中にそこまでちゃんとしたドレスは含まれていなかった。先日の国王との謁見時は神殿側が急遽用意してくれたドレスとローブがあったけれど、さすがにあれはそう気軽に袖を通せるものじゃないし、お茶会向きとは思えない。
だからと言って、ロックウェル領から送ってもらうには日数的に間に合いそうもなかった。
「でしたら、仕立て屋を呼んで新しく作っていただきましょう。当面のことを考えて、何着かは用意しておいた方が良さそうですね」
ユーベル様は気軽にそうおっしゃったが、私は慌てる。家からの荷物が届くまでの少しの間の分だけでいいんですと訴える私をユーベル様は不思議そうに見ていた。新しいドレスを作るのを嫌がる貴族令嬢なんて王都では珍しいのだろうか。
「これ以上、神殿にご負担をおかけしたくはなくって……」
善意の寄付から成り立っている神殿の財政を、私個人が使い潰したくはない。私がそう説明すると、教育係は意図を理解してくれたようで頷き返してから微笑んで見せる。
「王子妃候補には国から予算が出ておりますので、そのご心配にはおよびません。もし足りないようであればパトリック殿下の私費も回していただけるそうですし」
「殿下の私費、ですか……?」
「ええ、第三王子は王族費だけでなく騎士団からの給金も受け取っておられますので、必要な物は遠慮なく買い揃えるようにと賜わっております」
にこりというユーベル様の余裕の微笑みから、かなりの額が用意されていると推測できる。だからと言って、別に宝石やドレスには興味がないし「とりあえずは必要なドレスだけで」と私は小声で自信なく返事する。無闇に着飾るのはそこまで好きじゃない。
——それに、次に会う時はあのブローチを付けるようにって……
青と金のアヴェン石のブローチ。殿下とのお茶会のドレスはあれに合う物を仕立てて貰おうなどと考えてから、私は自分が意外と楽しみにしていることに気付いて驚いていた。
「ユーベル様から見て、パトリック様はどういった方なんでしょうか? 私はそれほど存じ上げなかったのに、急にこんなことになってしまって戸惑うことばかりで」
私からの問いかけに、ユーベル様は飲みかけていたカップをテーブルに置き直し、少し首を傾げていた。子爵令嬢でもあるという彼女なら王都の社交界からの視点と、騎士団での上官としての彼のことを聞き出せるかと期待する。政略的とはいえ、婚約するかもしれない相手のことはよく知っておきたい。でないとまた最後には婚約破棄などという最悪の結末を迎えてしまいかねない。さすがに次は世界樹への参拝くらいでは済まされず、領境の別邸から出してもらえなくなるのだろうか。いやいや、婚約が無くなったとしても私には聖女という立場はあるから、やっぱり森の神殿送りは確定だ。
悶々とパトリック様とのことに頭を悩ませる私を見て、ユーベル様は言葉を選びつつ殿下の印象を口にする。立場的に悪口なんて言えないだろうから、答えにくい質問だったかもしれないが。
「そうですね、パトリック殿下は何て言いましょうか、勢いだけで行動されているように見える時もあれば、緻密に計画を練って動かれる時もあり――とても読めない方だと思います」
「ええ、それは私も思います。本当に突然現れることの多い方で、お会いする度に驚かされてばかりです」
長い付き合いがありそうなユーベル様でさえ、読めない方だというのだからよっぽどだ。まだ数回しか顔を合わせたことのない私があの第三王子が何を考えてるかなんて分かるわけがない。そう思ったら、少し気が楽になった。少なくともパトリック様はセドリックとは違ってノリで婚約破棄なんかできる立場の人ではない。こうして教育係としてユーベル様を送り込んでくれたくらいには今後の私のことも考えてくれているのだから。




